[読書メモ] アーキテクチャの生態系 情報環境はいかに設計されてきたか / 濱野智史
アーキテクチャの生態系 情報環境はいかに設計されてきたか
一般的なアーキテクチャ(設計思想)の文脈ではなく、環境管理型権力としてのアーキテクチャが持つ特性について論じた書籍。若手の論客らしい視点で、SNSなどのコミュニケーションツールを中心に、アーキテクチャがもたらす社会的な効果について様々な考察がされており参考になる。
ローレンツ・レッシグによるアーキテクチャの概念定義を参考に筆者が要約したもの。
①から②へ段階的に適応していく。①の段階では、被規制者は物理的な障害を認識するが、②の段階ではその物理的障害に慣れたり、物理的障害に気付かなくなったりして認識しなくなる。この見えない強制力を働かせることが、本書の文脈におけるアーキテクチャの概念。
公園のベンチで寝る人を規制する手段として、ベンチに一人分のスペース毎に障害物(手すり)を設けるのは、このアーキテクチャによる規制方法の一例。この概念から、さらに強制力を排除した形でより良い選択に誘導するのが行動経済学のナッジ理論。
【参考情報】
ローレンス・レッシグ(Lawrence Lessig)
アメリカの憲法学者。インターネットと法における権利活動家。クリエイティブ・コモンズ(Creative Commons)と呼ばれるオープン・ライセンスの制定に尽力した。
【参考資料】
・総務省 地方分権の進展に対応した行政の実効性確保のあり方に関する検討会 (第4回)
・金沢大学 柴垣亮太「アーキテクチャから考える」(2012年 卒論)
・市ヶ谷法務店 行為の4つの制約原理について(note)
インターネット黎明期のウェブサイトには、リンク集が存在していた。
自分も音楽の自作ウェブサイトでは音楽仲間やアーティスト公式サイトのリンクを掲載していた。
オライリーの言う「協力の倫理が織り込まれて」いるアルゴリズムが、グーグルの検索エンジン。この検索エンジンは、リンクを貼るユーザーの行動を「協力」「貢献」として利用して検索精度を高めている。
検索サイトが公開された当初から、グーグルの検索結果は体感的にかなり優れていた。
【参考情報】
ティム・オライリー(Tim O'Reilly)
アメリカの起業家、技術者。O'Reilly Mediaと呼ばれる技術関連書籍やイベントを影響する会社の創業者。
・集合行動:人間が社会において集合して行動する社会現象の全般。群衆行動や大衆運動も含まれる概念
ブログのフォーマットによって、正しいHTMLに統一化する規制が働く。これも、アーキテクチャ/環境管理型権力の概念によって実現した例。
・ソーシャルウェア:ソーシャル(社会的)とソフトウェアを組み合わせた言葉。社会的な相互作用やコラボレーションを促進するためにデザインされたソフトウェア。例として、FacebookやX(旧Twitter)など
これらの最適化は日々サービス提供されるスピードが上がってきており、主にアジャイルなソフトウェア開発によって実現されてきた。
何かを検索したい(調べたい)ユーザは、Web以外のメディア・媒体からも情報を収集したいという心理が働いているのかもしれない。
・西村博之:日本の実業家。通称「ひろゆき」。日本最大級の匿名掲示板である2ちゃんねるの解説者として有名
匿名化することで、「常連」を作らないという発想がすごい。
「常連優遇」が新参者の障壁を上げてしまいユーザが増えない構造は、リアルな店舗営業では表面化しづらいがインターネットの世界では表面化しやすい。
後者(安心)は、日本的な関係性。相手の実力を見極めて信頼するよりも、ムラ社会的な同族の安心感を重視する傾向がある。
モジュール度の低い部品同士の組み合わせのための調整(すり合わせ)は難易度が高いが、責任範囲の境界が曖昧な日本人にとってはむしろ得意な領域。
単純なローカライズの問題点。海外で流行した商品をそのまま日本語訳して輸入しても使われないことが多い。
日本文化に合わせたローカライズが必要だと言われる一方で、グローバルでユニバーサルな商品を作るためには、特定の国の慣習や文化に合わせて都度カスタマイズすることにも限界がある。
【参考情報】
アーヴィング・ゴフマン(Erving Goffman)
カナダの社会学者。「フロントステージ」と「バックステージ」の概念や「印象管理」に関する理論で知られる
公共空間における他者に対しては、無関心であることが礼儀だということ。
・ソーシャルグラフ:人々や組織、コンピュータ上のエンティティなどが相互に関連付けられたネットワークの概念
社会ネットワークの分析やデータマイニングなどの分野で利活用されている。
一定の条件はあるが、OSS(オープンソースソフトウェア)の普及や、標準仕様に基づくシステム開発など、実例を挙げやすい法則。
・送信可能化権:著作権法92条の2。インターネット等に実演を送信する権利
著作物を無許可でアップロードして、不特定多数の視聴者に送信できる状態に置かれていれば(直接送信されていなくても)送信可能化権の侵害となる。
ウィニーは、利用者の意識が及ばない形でファイル共有(送信可能化権の侵害)してしまうアーキテクチャを有していた。これはアーキテクチャの悪用に他ならない。
・IM(Instant Messenger):テキストやメディアを使って即時にメッセージを送受信するコミュニケーションツール
②の読み書きの即時性は最も一般に認知されているX(旧Twitter)の特徴。不特定多数にブロードキャストされた即時性を持つメッセージは、即時性・反射性を伴って、『選択同期』的に双方向のコミュニケーションが発生する。
Twitterのサービスが始まった当時においては、これはかなり新しい種類のコミュニケーション生起パターンだった。
一般大衆の印象としても、2ちゃんねるよりもニコニコ動画の方が健全なWebサイトという感覚がある。
以前のニコニコ動画はユーザ登録しなければ視聴できない仕様であったことも、コンテンツの拡散・暴走をニコニコ動画ドメイン内からドメイン外に波及しなかったことに寄与していたと推測される。
オープンソースで沢山の開発者に利用してもらうことで、開発者の人数分だけ精度検証者を確保できるという考え方。ソフトウェア開発において外部リソースを活用する好例。
・番通選択:音声通話を着信した際、端末画面の表示される発信番号通知を見てから通話を開始するかどうか決めること
携帯電話の番通選択と、X(旧Twitter)のつぶやきを見てコミュニケーションを開始するか否かを判断する行為が共通しているということ。
【参考資料】
・東京大学 吉田茂行 携帯電話の通話利用が対人コミュニケーションに及ぼす影響
・オプティミスティック(optimistic):楽観的。物事を明るい側面から見る態度や、未来に対して期待や自信を持つこと
ウェブが有機的な繋がりを持つことによって、自律的な成長に期待が持てる一方で、誤った方向へ成長しそうなときに歯止めが効かなくなる可能性も孕んでいるということ。
・プラグマティック(pragmatic):実用的な、実際的な。理論や理想よりも実際の効果や結果を重視するアプローチ
ウェブという生態系を正しくコントロールするために、実際の効果や結果等から傾向やパターンを掴むなどの知見の蓄積が重要ということ。
・コモンズ(commons):複数の人が利用可能な共有資源や共同体のこと
インターネット上のリソースを共有資材と捉えている。特にデータは21世紀の石油と例えられるように、新たな共有資材として利活用が期待される資源。
【参考情報】
フリードリッヒ・ハイエク(Friedrich Hayek)
オーストリア出身の経済学者・政治哲学者。1974年にはノーベル経済学賞を受賞
市場は一か所に集中することなく、自律・分散・協調して存在している。また、市場価格というパラメータが、自律・分散・協調された状態を維持することに寄与しているということ。これは現代のデジタル・ネットワークが普及する以前から仕組みとして機能していた。
インターネットを中心としたデジタルインフラは中央集権的な情報システムでは実現せず、自律・分散・協調型のシステムとして実現される。後者のシステムにおいては、様々な種類のデジタルインフラ市場が形成されるが、これを野放図に運用するのではなく、一定のルールによるコントロールが必要ということ。
これは、デジタルライフラインの整備計画において、ハードインフラとソフトインフラに加えてルール整備までを含んでいる点にも通じる。
【参考資料】
・経済産業省 デジタルライフライン全国総合整備計画
技術が先でも、社会が先でもない。ニーズが先か、シーズが先かという議論に答えが無い事と同じ。
技術と社会は、相互に影響し合って存在し作り上げられていくもの。技術と社会の両方を理解しなければアーキテクチャを設計することはできない。