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大失敗から始まった企業文化の"自律機能"が出来上がるまで|企業文化をデザインする人たち #02 [前編]

2023年6月1日に出版される「企業文化をデザインする」を執筆する過程であらためて実感した「企業文化」の底知れぬ奥深さと影響力。

そんな「企業文化」をさらに深め、多くのビジネスリーダーにとって「デザインする価値があるもの」にすべく、「企業文化」と常に向き合ってきたIT業界・スタートアップのトップランナーにインタビューする短期連載企画。

ーー「企業文化をデザインする人たち」

第2弾となる今回は、株式会社マネーフォワードで10年近く同社の企業文化デザインの中心人物として活躍する「VP of Culture」の金井さんです。

前後編2回にわたって公開する前編です。後編はこちら。

話し手|株式会社マネーフォワード People Forward 本部 VP of Culture 金井恵子

2014年にマネーフォワードに入社。UIデザイン、デザイン組織立ち上げ、ミッションビジョンバリュー策定などを経て、現在はVP of Cultureとして企業文化デザインを担当。インナーコミュニケーション、オフィスデザイン、サッカーパートナーシップなどを通じて、文化醸成と浸透を行っている。

聞き手|株式会社ラントリップ 取締役 冨田憲二

2006年、東京農工大学大学院(ビークルダイナミクス)卒、株式会社USENに入社。その後ECナビ(後のVOYAGE GROUP、現CARTA HOLDINGS)に入社し複数の新規事業を担当後、子会社として株式会社genesixを創業、スマートフォンアプリの制作とプロデュースを行う。2013年に創業期のSmartNewsに参画し、グロース・マーケティング・セールス事業立ち上げを経て当社初の専任人事となり50名から200名への組織成長と企業文化形成を担当。現職は株式会社ラントリップで事業・組織推進に従事しつつ、複数社のスタートアップで企業文化・人事組織アドバイザリーを担当。2023年6月1日に初の著書「企業文化をデザインする」を出版。

ただ「デザイン」の力を発揮したかった、そしたら「カルチャー」に出会った


冨田憲二(以下、冨田)|金井さんは、私が今まで「企業文化」観点で対話してきた方々の中で圧倒的な「実践者」でありながら、圧倒的「思想家」であるとも思っています。

そんな形の無い「企業文化」の思想と実践を繋ぎ続けているトップランナーに、あらためて話をお伺いできることを楽しみにしてきました。宜しくお願いします。

金井恵子(以下、金井)|ありがとうございます。いつも通り、今日も凄くワクワクしています。宜しくお願いします。

冨田|まず金井さんが「企業文化」に関わるようになった背景から教えて頂けますか?

金井|もともとは「企業文化に関わるぞ!」という意識はなくて、デザイナーとしてかなり初期のマネーフォワードに入社したんですけど、当時組織の中で「デザインのプレゼンス」をどうしたら上げられるかという課題感があり、様々な角度で取っかかりを模索していたんです。

その中で、複雑だったり、曖昧だったりする概念の可視化という形で「共通認識を作る」みたいアプローチが結構有効そうだなと。

冨田|今のITベンチャーやスタートアップではだいぶ景色が違うと思いますけど、当時の「デザイン」や「デザイナー」のポジションって、社内下請けというか、本当はものづくりの上流工程にあるべきなのに、そこに食い込めないという組織がほとんどでしたよね。

金井|そうなんです。それで当時のデザインチームとして、結構色々なことをやってました。例えばプロダクトのコンセプトを作るというのをやったり。その延長で、事業や会社のビジョンとかもデザインできるんじゃないかと。

その中で、ちょうど会社の「行動指針カード」を作りたいという話が私に来たんですね。

それを見て「これそのまま作っても浸透しなそうだな」って。

冨田|御社の何かの記事で見ました。凄く男性的で強めな奴ですよね。

当時の行動指針

最初はあまり「企業文化」という意識はなくて、多分「ブランド」的な観点だと思ってました。私たち「らしく」ないなって。この流れでミッション・ビジョン・バリュー・カルチャーの策定を行っていったというのが最初のキッカケでしたね。

冨田|ちょうど「らしさ」ってキーワード出てきましたけど、金井さんとのカルチャーデザインの話をすると、かなり随所で「らしさ」というものにこだわってきたことを感じがするんです。その感度が凄いなと。カルチャーデザインに関わる、もう最初の時点で「らしくない」って感じたんですね。

端的に、当時は何が「らしさ」のギャップだったんですか?

金井|ユーザーへの価値を大切にする会社なのに、行動指針のメッセージはだいぶ内向きだったんですよね。そもそも行動指針は内向きのものではあると思うんですけど、新しいものや新しい世界を作っていきたい会社なのに、内向きの言葉に古さを感じた。もちろん創業時に自分たちを鼓舞するためには必要な言葉だったと思います。でもこれからのフェーズにおいては、ユーザーや社会に何を届けたいのか、そのために必要な価値観は何なのかということが大事なんじゃないかなって思っていました。

冨田|ちなみに当時は全社で何名ぐらいだったんですか?

金井|策定自体は2015年からスタートしていて、だいたい50〜100名の間ぐらいでした。

冨田|そんな当時からカルチャーのギャップに対する金井さんのセンサーが発揮されていたわけですね。

カルチャーデザインが大失敗してしまった真の原因


金井|
それが「形骸化」してたことも作り直したかった要因のひとつですね。

冨田|「形骸化」の放置は、カルチャーデザイン上見過ごせない課題ですね。

その後のデザイン過程は、順風満帆でなかった印象ですが如何でしたか?

金井|一度大失敗しています。

最初はボトムアップで作ったんです。マネーフォワードは金融業界出身の創業メンバーたちが作った会社で、そこからやはり自分たちは「ものづくりのテック」な会社にならなければならないという転換を強く意識していたんですね。エンジニア顧問の方なども入って、カルチャーをしっかりオープンな世界に寄せていこうと、開かれたところで会話しようと。そこで、みんなで作ろうという流れになりました。

そして出来上がったものを、いざ発表という場で事件が起きたというか。

当時の社員全員を集めた総会で新しいバリューを代表の辻から発表してもらいました。ただ、肝心の辻さんが熱を込めて語れなかった、自分の言葉で語れなかったんです。

冨田|まずそうな話ですね。それは具体的にどんな感じだったんですか?金井さんから見て。

金井|オープンにボトムアップで作ろう!と任せてくれたがゆえに、「辻さんの言葉」になってないっていう感じでした。

内容について大きく変えたわけじゃないし、元々の行動指針のメッセージの仕方や言葉尻を整えた感じではあったものの、やはり辻さん自身の言葉になっていなかった。

それが社員にも伝わってしまって、場が完全に白けてしまったんですよね。

冨田|それは、その場にいた当事者として、さぞかし胃が痛かったでしょう。。

金井|その後も含めて、何ならちょっとした「社内炎上」みたいな感じでした。実は当時は、今ほど社内の空気も良くなかったんですよね。

このプロジェクト自体にも若干風当たりも強くて、懐疑的な目を向けられていたと思います。プロダクトを前に前に進めている時に、カルチャーのデザインとか意味あるの?みたいな。

冨田|なるほど。。プロダクト、エンジニアリングカルチャーが強くなって、プロダクトドリブンでより前に進めていこうという会社が、何カルチャーやっとんねんって感じですよね。

金井|私自身、カルチャーデザインに強い確信や経験が薄い中で手探りだったんで、すみませんすみませんという感じでした(泣)

経営者のすぐ側で、文化を育んでいく人材の価値


金井|そこであらためて、辻さん・経営陣ともう一回やり直そうという話になりました。

自分自身もすごい反省したのが、やはり「私たちがこうありたい」だけじゃなくて、会社として目指すありたい姿だからこそ、ちゃんと「経営の思い」で作らないと、使われるものにならないんだということ。今思うと凄く当たり前のことなんですけど。

冨田|そこで経営陣が一気にカルチャーにコミットしていくわけですね。

たまに辻さんのブログ等を拝見すると、もう息を吐くように「バリュー」が文章にサラッと出てくる印象があります。

この失敗体験が、良いキッカケになったのでしょうか?

金井|当然それもあるんですけど、辻自身も過去のキャリアで「企業文化」の大切さを良くも悪くも経験してきているんです。だから最初から「企業文化」が大事であるというのは、意識としてはあったと思います。

冨田|にも関わらず、最初のプロセスがボトムアップ中心で、大事な発表の場で自分の言葉で語りかけられなかったのは何故なんでしょうか?

金井|ボトムアップの取り組みだったので、その思いを大事にして任せてくれていたからというのはありますね。漠然とした「企業文化」の大切さに対して、それを誰がどう伝えるべきなのかという、具体的な手触りやハウツーも今ほど解像度が高くなかったと思いますし。

冨田|それがリアルのスタートアップですね。だから金井さんみたいに、経営者のすぐ傍で経営者の代わりにカルチャーを発信したり、デザインしていく人が重要なんだと思います。

金井|この失敗体験は今となっては良いキッカケになったなと思っています。辻に比べて経営陣全体でいうと、当時カルチャーへのコミットは今より遥かに弱かったと思うのですが、経営として取り組むものなんだなという共通認識になったのかなと。

企業文化はなぜ「デザイン」なのか


冨田
|今回の書籍も「企業文化をデザインする」という「デザイン」アプローチなんですが、金井さんが「デザイン」バックグラウンドで企業文化と対峙する上で、プラスになっている部分を教えて欲しいです。

金井|色々あるんです。例えばそもそもデザイナーが「バックキャスト思考」であるとか、「ありたい姿」をまず描いてそこに対して物ごとを進めていくのが得意とか、曖昧なものを「抽象化」するというのを日常的にやってるとか。

ただ、その中でも最も重要なのが「ユーザー視点」で浸透の体験を考えたっていうことなんじゃないかと。

冨田|なるほど、ただプロダクトをデザインするだけでなく、常にその先を見据えていると。

金井|はい。「作る」ところより、やはりその先に「じゃあどうみんなが共感してくれるか」を考えますね。

みんながカルチャーを体現してくれるか、というのが最も大事。だからそのカルチャーに対する「体験」とか「共感」をデザインするというアプローチなんです。

冨田|どこまで言っても「ユーザー体験」なんですね。そのゴールを描いて、ゴールから逆算してトータルで文化をデザインする。

多くの会社って、いざビジョン・ミッション・バリューを可視化しようみたいになると、この「可視化」と「浸透」をセパレートで考えがちじゃないですか。まず作って、その後いかに浸透させるかみたいな。それを初めから一貫性を持ってデザインしていたということですよね。

金井|今この地点で振り返って、後付けでそう解釈してしまっている自分もいますが(笑)

冨田|いや、きっとナチュラルにやっていたんじゃないですか。だからデザインの力、デザイナーなんだと思います。

カルチャーは誰のもの?「共感」と「共鳴」で社内に広がる文化のエネルギー


冨田
|金井さん「共感」ってワードを結構使うじゃないですか。この感覚がカルチャーをデザインし続ける上で、本質を理解する上で凄い大事だと思っているんです。

私なりに咀嚼すると「共感」もそうだし「共鳴」っていう視点もあるなと。

「共鳴」って、まず物理的な話なんですが、その物体が持ってる固有の振動数と同じ振動数が外部からガンってくると思いっきりエネルギーが増幅するみたいな話で。

だから人や組織における「共鳴」って、要はその人や組織の「固有の振動数」、つまりカルチャーや価値観とか。同じものが共鳴し合うと、もの凄いエネルギーが出るものだと思っているんですよね。

金井|これから「共感」ではなく「共鳴」って使わせて頂きますね(笑)

結構ナラティブみたいな要素があるんだと思ってて、それが共鳴する、自分の価値観と会社の価値観に共鳴するっていうところ、つなぎ方がカルチャーデザインの本質なんでしょうね。

冨田|人と人、会社と人、個々で成り立つものじゃなくて、何かと何かが共感・共鳴するっていうところに本当の価値があって。カルチャーって合う合わないの話ですもんね。良い悪いではなくて。

マネーフォワードさんはもう2000名規模の会社で、このカルチャーの共感・共鳴を実現し続けているというのが本当に凄いなと思っています。

金井|今強く思うのは、マネーフォワードのカルチャーが「会社のものじゃなくて自分たちのものだ」っていう感覚がみんなにあるどうかが凄く重要だなと思うんです。

カルチャー自体を、みんなで作るっていうこと自体が自分たちの「らしさ」というか。当然会社として経営としてカルチャーを大事にしてきているし、巻き込みとか共感体験含めて、意図的に協調を仕掛けてきてもいるんですけど。

ただ結局「そもそもカルチャーってみんなで作るものだよね」みたいなことが、自分たちの「らしさ」としてずっとある気がしています。

冨田|なるほど、巻き込みとかじゃなくて、一緒にカルチャーを作る。それこそが文化であると。

カルチャーと対比して、ずっと分かりやすい組織作りのアクションとして「採用」があると思います。

割と最近のテックスタートアップだと、その採用の重要性から、採用を一部コーポレートとか人事の仕事じゃなくて、いかに全員のプレーにできるかみたいな話があると思っています。

ただ、採用だけじゃなくて「文化」もまさにですよね。

やはり誰か上の人間や、一部の担当者だけが必死にやっていくものではなくて、みんなで作っていくんだと。

でもこれ、頭で分かって言葉で言うのは簡単ですけど、これを今の規模の会社でできているのが本当に凄いと思います。あらためて、その秘訣って何なんでしょう?

金井|私がカルチャーのデザインに関わった当初からそうなんですけど、これを「御上」が言っているものではなく、最初から「自分たちで作っていく」ものだと言い続けていたということが、まずベースラインとしてあると思っています。

初期の頃からみんながそいう意識でいたこと、「共感」をベースにみんなが常にカルチャーを気にしていて、自分がそこに関わって作ろうっていう意識を醸成できたこと。

これによって、セントラルに経営や人事が積極的に推進するだけではなくて、色々なところでマネーフォワードの文化をより良くしていこうっていう草の根的なコミュニティが勝手に立ち上がるようになったんです。それによって、維持できている部分は大きいんじゃないかと思っています。

冨田|素晴らしいですね。この規模になると、そういった組織自体の「カルチャー自律機能」が無いと、健全なカルチャーは中央コントロールだけでは無理ですよね。

ただ、最初の火付けは金井さんたちだったとしても、その後の火をつけやお膳立てをするわけでもない中で、そういった自律的に、草の根的な活動にたいしてどういうスタンスでいるのでしょうか?

金井|もちろん相談されたらアドバイスしたりしますけど、逆に「カルチャー警察」みたいなことはしないようにしています(笑)

何か逸脱するような動きに対しては敏感に、優しく介入するかもしれませんが、基本的には温かく見守る、このカルチャーの自律機能が常にワークするように仕組みも整えておくというのが基本姿勢ですね。

編集後記|独り立ちしたカルチャーの自律機能を育む。


金井さんから語られるマネーフォワードのカルチャーストーリーは、ゼロイチに近い創業フェーズから、2000人規模の組織における文化の醸成と維持という視点で稀有で生々しい事例だと感じます。

幼いころから自らの「らしさ」を正しく観察して理解すること。そしてそれが中長期的な会社の競争の源泉となるよう、人々の「共感」を中心とした内部エネルギーへと育むこと。それらを「親からの押し付け」ではなく「自らら育むもの」として一緒に育み、良い意味で手放していくこと。そうやって拡大する組織自体が、基礎体力として身につけた「カルチャーの自律機能」こそ、マネーフォワードさんの真の強みであると理解できます。

デザイン視点で、ユーザーフォーカスで「カルチャー」というものをデザインし続けたからこそ、火種として最初から"そこにあった"自社の良いカルチャーが、自然と組織を構成する一人一人の手に着実に渡っていく。デザインされるべくしてデザインされた文化の底力こそ、苦しい時に助けとなる会社組織の土台であると確信しています。

本書の「はじめに」と「序章」を無料公開しています。

バックナンバー|企業文化をデザインする人たち

#01|CARTA HOLDINGS 取締役会長兼CEO 宇佐美進典

#02 株式会社マネーフォワード People Forward 本部 VP of Culture 金井恵子

#03  ex-SmartNews, Inc. Head of Culture Vincent Chang

#04 株式会社グッドパッチ People Empowerment室 人事 高野葉子


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Kenji Tomita / 冨田憲二
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