野営にて
「クラトスのコーヒーって美味いよなぁ」
とある野営。
焚き火の前で寝ずの番をしていたロイドにクラトスが差し出してきた鉄製のカップには芳ばしい香りのコーヒーが注がれている。
旅の途中、何度も差し出されたそれは感嘆してしまう程に美味しい。
あのリフィルでさえ唸るくらいである。
今夜は特に冷え込みが厳しい。
鉄製のカップもすぐに冷めないように、彼なりの気配りなのだろう。
普段は木製カップだからこれには驚いた。
「うーん…淹れ方なのか?でも特に変わった淹れ方には見えねぇしな」
ロイドはコーヒーを啜りながら、クラトスをちらりとみる。
明らかに疑問系を投げ掛けてるのに拾おうとしない彼の態度にもいい加減慣れたもので。
片膝を立てるように座り、コーヒー片手に空を見上げる姿は妙に様になっているが背を向けているため表情は伺い知れ無い。
この場で聞こえるのは仲間の寝息と火が爆ぜる音とコーヒーを啜る音だけ。
何も語らない背中を見つめながらコーヒーが半分ほどになった頃。不意にクラトスが立ち上がり、こちらに戻ってきた。
「まだ飲むのなら、用意するが」
「え?あ、あぁ…頼むよ」
慌てて一気に飲み干しカップを手渡す。
クラトスは受け取ったカップを傍らに置くと小さな鉄網を取り出し焚き火の上に器用に乗せて、その上に鉄製ポットを載せた。
「それ、あんたの私物だよな」
「そうだが?」
「珍しい形だよなーこれってもしかしてコーヒー専用のポットなのか?」
ポットの底は少し焦げ付いているものの錆びついてる様子もなく丁寧に手入れされているのが見て取れる。
ポットの注ぎ口は細長く曲がっていて、余り見かけない形だ。
「これでなくては上手く淹れられないのでな」
「へぇ…!」
珍しくロイドの問いに答えてくれたことが何となく嬉しかったのとクラトスの淹れるコーヒーの秘密が分かるかも、と思わず身を乗り出す。
「これで沸かすと水が美味くなる、とかか!?」
「いや、注ぎ口に秘密がある」
「?」
シュンシュン音がしてきたと同時に湯気が細い注ぎ口からとめどなく生まれてきた。
立ち上る湯気を物ともせずクラトスはそれを手に取ると、いつの間にか先ほどまで使っていたカップに用意してあったコーヒーフィルターにゆっくりと湯を注ぎ始めた。
「…これが秘密か?確かにドバッて湯は出てないけど」
「そうだ。コーヒーは湯を一気に注ぎすぎると味に深みが出ない。フィルターごと蒸らすようにゆっくり注いでやるには注ぎ口が細くないといけないのだ」
「成る程、だからクラトスが淹れるコーヒーは美味いんだな」
本当に分かったのか?と言わんばかりにクラトスは眉根を寄せるが、ロイドは嬉々しながら続けた。
「俺なんて自分でコーヒー淹れるときはただ飲めればいい程度しか考えてなかったけど、クラトスは手間暇かけてみんなに美味いコーヒー振る舞ってくれてる。それってすげーことだよな!」
「……凄い、のか?」
「ああ!」
二カッと爽やかすぎる笑顔を向けられ流石のクラトスも困惑した。
淹れ方に拘っているわけではないが適当に淹れたコーヒーは飲めるものではないと思っているだけだ。
寝ずの番をしている彼等に眠気覚ましをと思って始めたコーヒーの振る舞いはいつしか好評を得て定番と化している。
だが、それを単に凄いと賞賛されるとは思わなかったのだ。
「お前は時々分からんな」
「そうか?」
「いや、何でもない。…出来たぞ。熱いから気をつけろ」
湯気立つコーヒーを差し出すとロイドは嬉しそうに受け取り、必死に冷ましながら啜る。
うん、やっぱり美味しい。
「いつもサンキューな、クラトス。お陰で眠気も吹き飛んだ」
「……そうか」
夜はまだ長い。
寝ずの番もそろそろ交代時間だ、なんて多少の言い訳も交えながらクラトスは自分のカップにコーヒーを淹れ始めた。