腸内細菌が乱れる日。いい方向へは変わりづらく、悪い方向へは変わりやすい。
腸のマイクロバイオームが乱れる。
腸内細菌叢(腸内環境)が乱れる。
論文や一般書、さらには健康ブログ記事に至るまで、かなり頻繁にこういった言い方を耳にする。
これは、どういう意味なのだろう?
自律神経が乱れるとか、髪の毛が乱れるといったのと同じような意味合いだろうか?
多くの場合は、平均的な一般の人と比べて自分の便に含まれる細菌種類の存在比率がどうであるかという意味で使われる。(国、年齢、性別などで比較対象が絞り込まれる場合もある)
あるいは、自分が健康だった以前の状態と比べて、腸内細菌が大きく変化したことを含むこともある。
※本記事は「腸内細菌の驚くべき変動と回復力:わたしのマイクロバイオームは変わるの?」の続き記事です。
最初から順番に読んでいくと、腸内細菌がどの程度柔軟に変わりうるのか、より理解が深まります。
※この記事では、腸内細菌と腸マイクロバイオームを同義語として扱います。
・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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マイクロバイオーム(細菌)が「乱れる」とは?
ここで、完膚なきまでに乱されたマイクロバイオームというものを想定してみよう。
たとえば、度重なる抗生物質の使用で腸内細菌の大半が死滅してしまい、抗生物質に耐性を持つ単一種のみが異常に増殖してしまうクロストリジオイデス・ディフィシル(Clostridioides difficile[C. difficile])感染症がその代表例だ。
患者はひどい下痢を経験し、最悪の場合には死に至る。
決して珍しい病気ではなく、アメリカでは毎年50人が罹患し、3万人もの人が亡くなっている。
マイクロバイオーム、特に腸内細菌の生態系が損なわれるということは、宿主であるヒトにとって致命的なのだ。
逆の考え方をしてみよう。
まったく乱れていない、完全に秩序だった美しいマイクロバイオームの生態系は存在するのだろうか?
生態系というものの性質のひとつが動的であることや、マイクロバイオームの個人差の大きさを考えると、ただひとつの完全なマイクロバイオーム生態系は存在しない。
これは、健康な(あるいは正常な)マイクロバイオームの定義が難しいという話と同じことだ。
ただし、健康で長生きする人がちゃんと一定数存在するように、乱れていないバランスの取れたマイクロバイオームを持つ人も存在するはずだ。
現時点ではまだ、その定義が難しいだけで。
これら、焼け野原のようになった腸内環境と、バランスの取れたマイクロバイオームのあいだに「乱れ」があると考えるのが妥当だろう。
ある場合には、マイクロバイオームの乱れは心身の不調や疾患として顕在化するかもしれない。
本人の自覚がなくとも、細菌たちには大きなストレスがかかっている場合もある。
環境の変化(内外部からのストレス)に対する細菌の対応は柔軟なので、そのときの状況に応じて機能を分担したり、種ごとの個体数を適当に増減させたりする。
本来であれば、マイクロバイオームは起き上がり小法師のように、ちゃんともとの場所に戻ってくる力を備えている。(レジリエンス)
それが、外部からの力が強すぎて別の場所に起き上がってしまったり、ぬかるみにはまり込んで起き上がれなくなってしまう場合もある。
そういった場合にマイクロバイオームは乱れている状態となり、本来のあるべき姿とは少々違う働きをしたり、あるいは宿主にとって害をなす働きをするようになる。
やっかいなことに、宿主にとってどう作用しようと、マイクロバイオームは生態系としての平衡点を見つける。つまり、一旦乱れてしまったマイクロバイオーム生態系は、なかなか元に戻らないということなのだ。
多様性の低い「病的な」平衡状態がなぜレジリエントなのか、まだ未解明な点が多い。
どういう状態なら乱れていると言えるのか、厳密な定義は存在しない。
多様性の低下、日和見病原菌の増加、代謝機能などの機能の不在などが挙げられるかもしれない。
けれど、マイクロバイオームに影響を与える内外部からのストレス要因については、いくつか明らかになっているものがある。
マイクロバイオーム(特に腸内細菌)が変わる原因
私たちのマイクロバイオーム(特に腸内細菌)に大きな影響を与える因子については、いくつもの研究結果によって明らかになりつつある。
特に、胎児期〜乳幼児期における分娩方法、母乳の有無などが大きな影響を与えることはすでに述べた。(全プレママ&パパに届けたい、妊娠・出産とマイクロバイオーム全まとめ(腸内細菌、膣細菌を中心に))
ここからは、私たち宿主の内なる環境(腸内環境)と、その他の外部ストレスに分けて見ていきたい。
残念なことに、腸内細菌叢は私たちの思い通りに秩序ある方向へ変化させるのは難しく、良くない方向へ乱れるのは比較的簡単らしい。
まるでエントロピー増大の法則に従っているみたいだ。
腸内環境
私たちの腸は、マイクロバイオームを選り好みしている。
病原菌は排除しつつも、有益な細菌たちにとって住み心地の良い環境を提供するための仕組みがいくつかある。
マイクロバイオームを選抜するための主要な仕組みはまだわかりはじめたばかりだが、IgAという抗体、腸粘液層、抗菌ペプチド(AMPs)、短いRNA(MiRNA)などがその登場人物だ(1)。
小腸では、自身が吸収する糖やアミノ酸を奪わないようなメンバーに細菌を限定しているし、大腸に嫌気性菌が棲みつけるように酸素を消費する細菌たちを選んでいるらしい(2)。
pHも細菌にとって重要な要素だ。胃酸や胆汁酸は、マイクロバイオームが腸に届く前の関門として機能している。
さらに、腸はぜん動運動といって、おしりの方へ向けて運動をしている。これがあるから、私たちは排便できるし、病原菌を外に追い出すこともできる。
つまり、細菌たちは常に腸から追い出されるプレッシャーを感じながら暮らしているということになる。
ここから言えることは、細菌たちが腸に定着するためには、腸の上皮細胞付近にしっかり付着している必要があるということ。
そのために、私たち宿主の免疫機構やマイクロバイオームのあいだでは、信じられないくらい複雑なやり取りがある。
さらに興味深いのは、こういった腸内環境の住み心地をつくるのは、マイクロバイオーム自身でもあるということだ。
私たちが家を自分の心地よい状態にアレンジしていくように、マイクロバイオームも自らの足場を築いていく。
続いて、宿主の体以外の環境変化を見ていこう。
抗生物質の使用
腸マイクロバイオームの主要構成員である細菌にとってもっとも脅威的な撹乱は、抗生物質だ。
抗生物質の使用は、前述したC. difficile感染症のように、ときに撹乱にとどまらず大破壊(カタストロフィ)をもたらす可能性がある。
細菌と抗生物質の関係については、歴史的な背景もありとても記事ひとつにはおさまらないので、後日詳しく書くことにすることにして、
ここでは、簡単に抗生物質による腸内細菌叢の乱れについて要約する。
抗生物質が腸内細菌叢にどの程度影響を与えるかは、いくつかの要素が大きく関係している。
まず、抗生物質を投与される前の細菌叢の状態だ。
その人のもともとの細菌生態系の種の多様性や機能の多様性、機能の冗長性が大きいほど、影響は少ない。
(↑このあたりの言い回し、慣れるとわかりやすいのだけれど、初見だとすごく分かりづらいと思います。
要は、クラスにいろんな顔ぶれがいて、図書係も飼育係も体育係も給食係も保健係も、ついでに慰め係やあいさつ係なんかもいて、そうすると欠けた役割ってなくなっていくし、さらにそれぞれの係を複数人で担当することで誰かが欠席しても大丈夫な体制が整っている、というイメージ)
ここでいう「影響」とは、細菌叢の乱れ度合いや回復の早さ、程度を指す。
もともとの細菌生態系がまだ未発達な赤ちゃんや幼児が抗生物質を投与されると、その影響がどんなに大きいかが想像できるだろう。
残念なことに、乳幼児期は免疫系も未発達なため、抗生物質の登場率が高い。スウェーデンでは、24.5%の乳児が生後一年以内に抗生剤を投与されるというデータ(3)がある。
そしてもちろん、投与される抗生物質の種類や服薬期間、投薬ルート(ほとんどが経口だけれど)も重要(4)だ。
特に、特定の細菌だけではなく多くの細菌をターゲットにする抗生物質(広域スペクトラム)は、影響が大きい。12人の男性に4日間抗生物質を服用してもらっただけでも、腸内細菌叢は半年経っても回復しなかった(5)。
抗生物質が細菌そのものの構成や機能に与える以外の影響もある。
内粘液が薄くなり、抗菌ペプチドが減少し、免疫寛容性が下がる。
これらは細菌たちに影響を与える宿主側の要因でもあるが、逆に細菌叢の変化で宿主が影響を受けてしまうのだ。
抗生物質の影響を受けたマイクロバイオームの回復について、数理モデルで予測しようという試み(6)もある。
長期間の、大幅な食事内容の変化
あなたの食生活はどんなふうだろう?
幼少期は、両親から与えられる食事を口にしてきただろう。
思春期を迎えると、友達と外食する機会も増えるかもしれない。
社会人になってからも実家で両親の作るお弁当や夕食を摂ることのできる恵まれた人もいるだろうし、自炊をする人もいる。
一人暮らしで料理が面倒だからと、毎日テイクアウトで済ませている人もいるかもしれない。
ダイエットを決意して、大幅な食事制限を始めた人もいるかもしれない。
健康のためにバランスのとれた食生活を心がけましょう。そんな標語は、小学生の時に給食室の貼り紙で見たきりかもしれない。
食生活がマイクロバイオームに与える影響はどんなものだろう(7, P601)?
幼少期に決まったマイクロバイオームは、その後の人生を通じて大幅に変わることはないと述べてきたけれど、食生活を長期間にわたって変えれば、その可能性はありそうだ。
私たちにとって残念なことに、一般に有用菌と言われている細菌たちは、乱されることに弱い。
あまり感心できない食生活が続くと、悪い方向へ腸内細菌叢が変化するのは比較的簡単なようなのだ。
心的ストレス
私たちのマイクロバイオームは、私たちの日々の心や体の変化にも敏感に反応する(9)。
例えば心理的なストレスを受けると、腸内細菌が変化する(10)。これは脳腸相関と呼ばれる現象で、脳と腸が相互に通信していることによる。
具体的には、脳がストレスを感じると、腸粘膜などの腸内環境が影響を受け、その影響を腸内細菌が受ける。
彼らは彼らで、さまざまなやり方でストレスに応答するが、これについては別の機会に詳しく見ていきたい。
気候の変化
たとえずっとお腹の中にいても、細菌たちは気候の変化にも気がついている。
コミュニティ内の多くの人々が同じような暮らし方をしているフッター派の人たちの腸内細菌叢を一年間にわたって観察した研究(11)では、個人の腸内細菌叢は期間を通じておおむね安定していたものの、コミュニティ全体として季節ごとの変化が見られた。
2023年には、気候変動が腸内細菌たちに大きな害を及ぼす可能性を検討する論文(12)がインドネシアの研究者らによって発表された。
菌たち自身はたくましく環境に適応していくが、彼らと宿主である私たちの関係は繊細なのだ。
原因? 結果? 関係の深いその他の因子
なにがマイクロバイオームを変えるのか。
そこには、因果関係と相関関係の問題がいつもつきまとう。
つまり「本当にそれが原因で変わったのか、たまたま同時に変化しただけなのか(因果関係がない)、あるいは原因ではなく結果なのか(矢印が逆になる)」ということだ。
顔にほくろがある人が、双子を妊娠する確率が高いとしよう。
これらのあいだには、ほぼ確実に因果関係がない。どちらが原因でも、どちらが結果でもない。
単に、たまたま関連性が高かっただけだ。
けれど、マイクロバイオームの世界ではこれを見極めるのが難しい。
特に、ヒトを対象としたコホート研究などでは、相関関係までしか明らかにならないことが多い。
マウス実験などで擬似的に原因を予測することはできるけれど、ヒトの場合には倫理的な問題が壁となって原因を突き止めることが難しくなる。
それでも、どんな因子がマイクロバイオームの変化に関連が深いのかを知っておくことは、その後の研究の方向性を決めるのにとても参考になるだろう。
約1,600人の日本人を対象としたコホート研究(13)では、7つの「共変量」があぶり出された。共変量とは、結果と共に変化するもので、因果関係がある可能性があるものたちだ。
このあたりは統計学の領域に入るのだけれど、観察研究から因果関係らしきものを導き出すための手法らしい。
詳しい記事を見つけたが(相関から一歩進んで因果を調べたい時の共変量の選択基準について|dmaruyama)、残念ながら私の力では、いまいちわからない。
とにかく、ただの相関関係から一歩進んだ関係のある因子が見つかったという理解で次に進もう。
その共変量たちとは、BSS(ブリストルスケール)、身長、体重、BMI、アルコール摂取(ビール、日本酒、低アルコール飲料)、年齢、性別の7つだ。
これらの共変量は、ベルギーやオランダ、中国のコホート研究とも矛盾しないので、日本独自のものではないらしい。
身長や年齢、性別は変えようがないが、その他の因子は生活習慣や病気などで変わる可能性がある。
人為的な介入(健康法や治療として)
この10年ほどで、乳酸菌を含む食品パッケージが変わった。
以前は「乳酸菌入り!」などと表記されるだけだったのが、「◯◯菌■■株△△個入り」などと細かくアピールされるようになった。
つまり、消費者の側に細菌の摂取が健康法として浸透するようになってきていることがうかがえる。
乳酸菌を含む食品や、特定の細菌を含むサプリメントを意識的に摂取することも、マイクロバイオームにとっては生態系の乱れの要因になりうる。
もっとも、ほとんどの細菌は胃酸で死滅したり、腸をただ通過していくだけの場合が多く、マイクロバイオームはもとの状態に戻る。
一方で、治療用に処方される細菌入りのサプリメントや、FMT(糞便微生物移植)などは、本人の腸マイクロバイオームを大きく変える可能性を持っている。
不健康な状態で安定してしまっている腸マイクロバイオームを外から撹乱することができれば、健康な平衡状態に戻すことができるのかもしれない。
ということで、次週の記事ではマイクロバイオームの構成を良い方向へ変化させる人為的な介入について、詳しく見ていきたい。
https://note.com/symbiosis17/n/n8059e8cc947a
今回は長文、お疲れさまでした。本当に全部最後まで読み通していただけるか不安だったので、読んでくださった方はぜひイイネを。
1. Hasan N, Yang H. Factors affecting the composition of the gut microbiota, and its modulation. PeerJ. 2019;7:e7502. doi:10.7717/peerj.7502
2. Byndloss MX, Pernitzsch SR, Bäumler AJ. Healthy hosts rule within: ecological forces shaping the gut microbiota. Mucosal Immunol. 2018;11(5):1299-1305. doi:10.1038/s41385-018-0010-y
3. Bäckhed F, Roswall J, Peng Y, et al. Dynamics and Stabilization of the Human Gut Microbiome during the First Year of Life. Cell Host Microbe. 2015;17(5):690-703. doi:10.1016/j.chom.2015.04.004
4. Schwartz DJ, Langdon AE, Dantas G. Understanding the impact of antibiotic perturbation on the human microbiome. Genome Med. 2020;12(1):82. doi:10.1186/s13073-020-00782-x
5. Palleja A, Mikkelsen KH, Forslund SK, et al. Recovery of gut microbiota of healthy adults following antibiotic exposure. Nat Microbiol. 2018;3(11):1255-1265. doi:10.1038/s41564-018-0257-9
6. Shaw LP, Bassam H, Barnes CP, Walker AS, Klein N, Balloux F. Modelling microbiome recovery after antibiotics using a stability landscape framework. ISME J. 2019;13(7):1845-1856. doi:10.1038/s41396-019-0392-1
7. Fassarella M, Blaak EE, Penders J, Nauta A, Smidt H, Zoetendal EG. Gut microbiome stability and resilience: elucidating the response to perturbations in order to modulate gut health. Gut. 2021;70(3):595-605. doi:10.1136/gutjnl-2020-321747
8. マーティン・J・ブレイザー. 失われてゆく、我々の内なる細菌. みすず書房; 2015.
9. Bäckhed F, Fraser CM, Ringel Y, et al. Defining a Healthy Human Gut Microbiome: Current Concepts, Future Directions, and Clinical Applications. Cell Host Microbe. 2012;12(5):611-622. doi:10.1016/j.chom.2012.10.012
10. Konturek PC, Brzozowski T, Konturek SJ. Stress and the gut: pathophysiology, clinical consequences, diagnostic approach and treatment options. J Physiol Pharmacol Off J Pol Physiol Soc. 2011;62(6):591-599.
11. Davenport ER, Mizrahi-Man O, Michelini K, Barreiro LB, Ober C, Gilad Y. Seasonal Variation in Human Gut Microbiome Composition. PLoS ONE. 2014;9(3):e90731. doi:10.1371/journal.pone.0090731
12. Gunawan WB, Abadi MNP, Fadhillah FS, Nurkolis F, Pramono A. The interlink between climate changes, gut microbiota, and aging processes. Hum Nutr Metab. 2023;32:200193. doi:10.1016/j.hnm.2023.200193
13. Park J, Kato K, Murakami H, et al. Comprehensive analysis of gut microbiota of a healthy population and covariates affecting microbial variation in two large Japanese cohorts. BMC Microbiol. 2021;21(1):151. doi:10.1186/s12866-021-02215-0