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口の中にはどんな細菌がいるのか 〜むし歯菌だけじゃない〜
自分の口の中のことを、どれくらい意識したことがあるだろう?
奥歯にえのきがはさまったとき、歯医者さんで親知らずを抜いたばかりのとき、右頬の内側に口内炎ができたとき。
鏡で見てもなかなかその全貌を把握することのできない口の中は、普段あまり私たちの意識にのぼることはない。けれど、口の中はけっこう大事な役割を担ってくれている。
生きていくためには何かを食べなくてはいけない。
口はその入口でもあり、舌で苦みや酸味を感じることで毒を避け、甘みや塩味、うまみを感じることで私たちの体が効率よくエネルギーを得られる食べ物を選んでいる。
そして歯で噛んで食べ物を小さくすることはそのあとの消化プロセスを助けてくれるし、一緒に飲み込む唾液だってあなどれない。
私たちが口のためにできることはなんだろう?
歯科矯正? 入念な歯磨き? よく噛んで食べること?
その問いへの答えを考える前に、今回は口の中の細菌たちのことをお伝えしようと思う。
いつも腸のマイクロバイオーム、特に腸内細菌にフォーカスしてお伝えしているし、研究の数も圧倒的に腸内細菌が多いのだけれど、口と腸はいわば、入口と出口なのだ。
そこには何かしら、重要な関連があるに違いない。
口腔内細菌は私たちの「健康」と「病気」にどんなふうに関わっているのだろう?
そしてありがたいことに、近年になって腸マイクロバイオームを追いかける形で、口腔内のマイクロバイオームに関する研究も進んできている。
※本記事は続き記事です。最初から通して読むと理解が深まります。(毎週火曜日更新)
1, 口の中にはどんな細菌がいるのか ←本記事
2, 口腔内細菌の「タイプ」とは
3, 赤ちゃんの口腔内細菌 〜口腔内細菌の成長と加齢〜
4, 口腔内細菌が乱れると病気になる?
5, 腸内細菌と口腔内細菌は深く関係している
・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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口腔内マイクロバイオームを可視化する
まず、口の中のことを「口腔」と呼ぶのでそれを知っておいていただきたい。
口の中でいいじゃないかと言われればその通りなのだけれど、論文を読んでいると「口腔」という言葉ばかりなのでいちいち変換するのが大変なのと、まあ文字数も節約できるからいいじゃないですか。
ヒトマイクロバイオームは腸にかなりの数が集まっているため、腸に関心が集まりやすい。(腸の表面積は一般的なマイホーム敷地面積の数倍あり、そこにびっしり微生物がいる)
腸マイクロバイオームの基本的な調べ方はうんちの検査だけれど、この研究をすすめるうちに「どうも口腔内細菌が腸まで届いているようだぞ」ということがわかってきた。
口の中の細菌(そして他の微生物)の大半は胃酸で死んで腸まで届かないと思われていたし、実際それは半分正しいのだけれど、口腔内マイクロバイオームのことももう少し調べたほうがよさそうだということになった。(のかどうかは知らないが、口腔内のマイクロバイオームの研究者が出てきはじめた)
まず、口腔内マイクロバイオームも腸マイクロバイオームと同じように細菌が含まれる。そのほか、古細菌やウイルス、真菌や原生生物が含まれる(1)。
腸マイクロバイオームと同様、口腔内の分野でも細菌がもっとも研究されている(2)ので、ここでは口腔内細菌に限って話をしたい。
腸内細菌との比較、関連にも触れていく。
口腔内に微生物がいることは、17世紀にレーウェンフック氏が自作の顕微鏡と自分の歯垢、そして歯を磨いたことのないそのへんのオジサンの歯垢で確かめているが(うげー)、現代では遺伝子解析などでその有り様を「可視化」することができる。
虫眼鏡よりも顕微鏡よりも、もっと高解像度な技術を使って口の中にズームインしてみよう。
口腔内にいる細菌はどんな菌たち?
まず、地球上に数百万種というおびただしい種類がいる細菌たちのうち、口の中で見つかるのはどれくらいなのだろう?
この答えは、現時点で700種ほど(3)というのが定説になっている。
アメリカ国立衛生研究所(NIH)のヒトマイクロバイオームプロジェクト(The Human Microbiome Project)では、200名以上の被験者の口腔内からそれぞれ9箇所のサンプリングをしている。
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もし、アフリカの奥地で今も木の皮で歯磨きをしているような人たちを加えれば、もっと多いかもしれない。
さて、700種という数は多いのだろうか?
腸内細菌の種類が4000種類くらいだということを考えると、少ないのかもしれない。
けれど表面積比でみると口腔内細菌の種数は多いと言えるだろうし、生物学的階級でみるとまた見方は変わってくる。生物学的階級というのはつまり、ざっくり分類するか細かく分類するかの違いだ。
腸内細菌の場合は、ざっくり分類した場合(門レベル)の種類は少ない。9割の細菌がバクテロイデス門かファーミキュテス門のいずれかに属する。これには、嫌気性であることやpHがほぼ一定であることなど、腸内環境の特殊性による選択圧の高さがものを言っている。
一方、口腔内細菌の場合はサンプリングする場所によって門レベルでいくつも種類が異なり、α多様性指数という多様性の度合いも腸より大きかった(4)。
また、口腔内細菌の顔ぶれも人によって個人差があるものの、腸(や皮膚)ほどAさんとBさんでまったく違うわけではなく、ある程度共通している。10%以上の割合を占める最優先属はStreptococcus属で、いわゆる連鎖球菌というやつの多くがこの属にあたる。
遺伝子から代謝機能を推測する方法を用いると、この個人差はもっと縮まる。この点は腸内細菌と同じだ。つまり、口腔内でも細菌たちは特定の機能を担うことを期待されている。
口は様々な外部の環境にさらされ、しかもそれが食事や歯磨きなどで一日のうちで劇的に変化する過酷な環境であり、ある意味で口腔内でも選択圧が働いているのだろう。
ここまでをまとめてみよう。
・口腔内細菌は、腸と比べると種類が少ないが、幅広い「門レベル」の細菌が住み着いている。
・多様性が高いが、個人差は腸や皮膚ほど大きくない。
・口の中は過酷な環境であり、特定の細菌たちだけが住みやすい環境である。
では次週は、より細かい口腔内細菌のタイプや、生まれたばかりの赤ちゃんが口腔内細菌を獲得していく様子を眺めてみたい。
1. Wade WG. The oral microbiome in health and disease. Pharmacol Res. 2013;69(1):137-143. doi:10.1016/j.phrs.2012.11.006
2. Sedghi L, DiMassa V, Harrington A, Lynch SV, Kapila YL. The oral microbiome: Role of key organisms and complex networks in oral health and disease. Periodontol 2000. 2021;87(1):107-131. doi:10.1111/prd.12393
3. Deo PN, Deshmukh R. Oral microbiome: Unveiling the fundamentals. J Oral Maxillofac Pathol JOMFP. 2019;23(1):122-128. doi:10.4103/jomfp.JOMFP_304_18
4. Maki KA, Kazmi N, Barb JJ, Ames N. The Oral and Gut Bacterial Microbiomes: Similarities, Differences, and Connections. Biol Res Nurs. 2021;23(1):7-20. doi:10.1177/1099800420941606