栄養失調だから腸内細菌が乱れるのか、その逆なのか。バングラディシュとアフリカの子どもたちの腸から学ぶ。
前回の記事では、抗生物質などによって子どもたちの腸内細菌(マイクロバイオーム)が乱れることで、肥満につながるという話をした。
今回は、抗生物質や栄養失調などが腸内細菌に影響を与えることで、子どもが低体重になってしまう可能性について見ていきたい。
腸内細菌の乱れが、肥満と低体重という正反対の結果になるのは、どうしてなのだろう?
※本記事は「腸内細菌は何歳までに決まる? 赤ちゃんから子どもへの成長とともに歩む菌たちのこと」シリーズの一部です。
別のシリーズ「全プレママ&パパに届けたい、妊娠・出産とマイクロバイオーム全まとめ(腸内細菌、膣細菌を中心に)」と併せて読むことを推奨します。
抗生物質と低体重
抗生物質を使用すると肥満になると述べたばかりだが、実は抗生物質を使用しすぎると子どもが低体重になるという報告もある。
マイクロバイオームの撹乱が度を越してしまうと、代謝系だけではなく免疫系にも影響がおよび、さらには腸内細菌たちによる栄養吸収が十分にできなくなるからだと考えられている。
【抗生物質が肥満にも低体重にも帰結しうる予測】(1)
・軽度の撹乱
→全体の細菌数は変わらず、構成比が変わる →微生物が作り出すカロリーの増加、肝機能の変化、代謝シグナルの変化、腸バリアが弱くなる →肥満
・重度の撹乱
→細菌数そのものの減少 →細菌による消化吸収からの摂取カロリー減少、免疫シグナルの変化 →低体重
抗生物質そのものが細胞を傷つけたりして栄養吸収を妨げている可能性はないだろうか?
それはなさそうだ。無菌状態の動物に抗生物質を投与しても体重の増減は見られなかったからだ。
そもそも、抗生物質は細菌のタンパク質を特異的に攻撃し、ヒトの組織には無害だというのが特徴だ。
つまり、やはり抗生物質によって常在細菌が直接攻撃を受けることで、体重の増減が起こっているのだ。
栄養失調はマイクロバイオームの形成を未熟にする
他にも、マイクロバイオームの形成過程に影響を与える出生後の外部要因はあるだろうか。
たとえば、栄養失調状態が続くことでマイクロバイオームが適切な形成ステップを踏めないということは、ありえるシナリオである。
既述のMartin J.Blaser氏と並んで、代謝とマイクロバイオームの関係における研究で世界をリードしているのがJeffrey I. Gordon氏(ワシントン大学)だ。
彼は肥満マウスと痩せマウスの糞便をそれぞれ無菌マウスに移植した。
すると、肥満マウス由来の糞便を移植されたマウスは脂肪の蓄積が早かった。彼が発表したこの論文は、世界じゅうを驚かせた。
彼の研究室はまた、栄養失調状態の低体重・低身長の子どもたちのマイクロバイオームについても研究している。
2014年と2016年に発表された論文(2,3)ではマラウイやバングラデシュの子どもたちのマイクロバイオームを調べ、中程度の急性栄養失調(MAM)または重度の急性栄養失調(SAM)のいずれの場合でも、マイクロバイオームの適切な形成が妨げられていることが示されている。
簡単に言うと、栄養失調の子どもたちのマイクロバイオームは「より未熟」だった。
実際の年齢よりも低い年齢で獲得しているはずのマイクロバイオームしか形成されていなかったのだ。
特に重度の栄養失調の子どもたちは、そのあとで栄養療法を施されたあともマイクロバイオームの未熟さが持続したままだった。
未熟マイクロバイオームはさらなる栄養失調を招く可能性がある
さらに、彼らのマイクロバイオームを無菌マウスに移植したところ、体重が減ってしまった。未熟なマイクロバイオームは、食べ物から十分に栄養を取り出すことができないらしい。
他にも、2019年にイギリスやカナダの研究者がまとめたレビュー論文(4)では、低体重のマラウイの子どもたちを育てる母親の母乳には、ヒト由来のオリゴ糖(HMO)が著しく少なかったという報告がある。
以前述べたように、赤ちゃんの適切なマイクロバイオーム形成には母乳のオリゴ糖が欠かせない。
マイクロバイオームそのものの獲得が先か、マイクロバイオームの栄養源の確保が先か。
どちらが原因でどちらが結果というものでもなく、相互に影響しあって育ってゆくものらしい。
多様な食品に満ちた健やかな食生活は健やかなマイクロバイオームを育み、免疫系や代謝系を適切に動かしてくれる。
一方で食事が十分でないと、マイクロバイオームによる消化吸収プロセスに障害が生じたり、マイクロバイオームが未熟であることにより病原体が入り込みやすくなる。
腸壁付近のムチン層や上皮細胞によるバリアは弱く、免疫系は適切に働かず、常に炎症が起こっているような状態になりやすい。
免疫系と代謝系は密接にかかわっているのだ。
ということで、次回は子どもたちのマイクロバイオームと免疫系、さらには神経系の発達を見ていきたい。
1. Cox LM, Blaser MJ. Antibiotics in early life and obesity. Nat Rev Endocrinol. 2015;11(3):182-190. doi:10.1038/nrendo.2014.210
2. Subramanian S, Huq S, Yatsunenko T, et al. Persistent Gut Microbiota Immaturity in Malnourished Bangladeshi Children. Nature. 2014;510(7505):417-421. doi:10.1038/nature13421
3. Blanton LV, Charbonneau MR, Salih T, et al. Gut bacteria that rescue growth impairments transmitted by immature microbiota from undernourished children. Science. 2016;351(6275):10.1126/science.aad3311 aad3311. doi:10.1126/science.aad3311
4. Robertson RC, Manges AR, Finlay BB, Prendergast AJ. The Human Microbiome and Child Growth – First 1000 Days and Beyond. Trends Microbiol. 2019;27(2):131-147. doi:10.1016/j.tim.2018.09.008
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