乱れたマイクロバイオーム(腸内細菌)を回復させるにはどうしたらいいのか?
前回まで、腸内細菌などはじめとするマイクロバイオームは、乱れやすく戻りにくいという話をしてきた。
長い歴史の中で共進化してきた菌たちと、再び良好な関係を築くにはどうしたらいいのだろう?
※本記事は「腸内細菌の驚くべき変動と回復力:わたしのマイクロバイオームは変わるの?」の続き記事です。
最初から順番に読んでいくと、腸内細菌がどの程度柔軟に変わりうるのか、より理解が深まります。
※この記事では、腸内細菌と腸マイクロバイオームを同義語として扱います。
・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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現代人の乱れやすい菌の生態系
個人のマイクロバイオーム、特に腸内細菌の構成は、幼少期と70代以降のタイミングを除けば、それほど大きく変化しない。
ただしそれは、先に述べた「乱れ」の幅が一定以内に収まっているあいだであり、その場合はマイクロバイオームは安定した平衡状態を中心にわずかに振れるだけだ。
けれど21世紀の人類社会には、マイクロバイオームを乱す機会があふれている。
経膣分娩で生まれ、母乳で育ち、抗生物質を使わず、健康で大きなストレスもなく暮らしている幸福な大杉健くん(仮名)や木下幸子さん(仮名)も、食品に残留する抗生物質(※)や飲料水に含まれる薬剤耐性遺伝子にさらされている。
(※)畜水産食品の残留物質対策について
ヒトがマイクロバイオームと知り合い、友好関係を築く機会も減っている。
そしてこれまで見てきたように、ヒトに有益であろうと害をなそうと、いったん平衡状態に落ち着いたマイクロバイオームはそう簡単には変わらない。
マイクロバイオーム(特に細菌)がヒトの健康に寄与していることがわかってから、自分の腸に有益な細菌を獲得しようと多くの試みがなされてきた(1,2)。
食生活の改善
私たちは食べたものでできている。
それは、私たちの中で暮らす細菌たちも同じだ。
ヨーロッパとアフリカの奥地の子どもたちの腸内細菌を比較した研究(3)によると、アフリカの子どもたちには食物繊維を分解する細菌が多く、その代謝物としての短鎖脂肪酸(SCFA)も多く見つかった。
この違いは、アフリカで主食とされる繊維質の多い炭水化物から多くのカロリーを摂取できるよう、アフリカの人々と細菌が共進化した結果だと言えるだろう。
ヨーロッパの子どもたちがアフリカの子どもと同じ食生活をしたら、しばらくはカロリー不足で体重が減ってしまうかもしれない。
同じ食べ物を食べても、共生している細菌の違いで利用できるカロリーが変わるという事実は、現代の栄養学を根本的に変えるだろう。
長年、牛はあんな枯れ草だけでどうやってあの巨体を維持しているのか疑問だったけれど、牛の胃に棲む細菌に答えがあったのだ。
逆に、食生活を変えることで腸に棲む細菌が変わり、肥満やその他の病気が治る可能性もあるのだろうか?
残念ながら、すでに見たように食生活をちょっと変えたくらいでは腸内細菌は大幅には変わらない。
それでも、増えてほしい細菌そのものや、そういった細菌を応援するための物質を摂り続けることは意味がありそうだ。
食事による細菌への影響を見るための研究では、多くの場合が食物繊維などの難消化性の炭水化物を介入対象としている。
今のところ、短期間の食事介入では効果が少なく、効果があったとしても食事を変えているあいだしか変わらないという見方が強い(8, P38)。
これは、食事によってすぐに変わるのは「通過菌」だけだということを意味しているのかもしれない。
腸内細菌には、腸の粘液層にしっかり定着して恒常的に増殖を続けるものと、宿主の腸管をただ通り過ぎていくだけのものがいる。
通り過ぎていくだけの菌に意味がないわけではない。彼らは通過のあいだに様々な物質を代謝し、宿主の腸に残して出ていく。
つまり、これらの細菌の恩恵を受けるためには、食事をずっと変え続ける必要があるということになる。
ただし、宿主の食事は細菌たちの食事でもある。
生態学的な観点からは、長期間にわたって宿主が食生活を変えれば、腸に定着する細菌の顔ぶれも変わる可能性がある。
プロバイオティクス
増えてほしい細菌は、納豆や味噌などの発酵食品で摂ることもできるが、プロバイオティクスサプリメントという形で摂ることもできる。
プロバイオティクスとは、人体に有益な働きをする細菌たちだ。
特に乳酸菌、ビフィズス菌、納豆菌、酪酸菌などのサプリメントが多く流通しているが、効果はまちまちだ。
臨床研究でも、プロバイオティクスは効果の有無についての議論が割れたままだ。
中には、抗生物質投与後のマイクロバイオームの回復を、プロバイオティクスが妨げたという研究もある。
細菌たちは、相互に連携しながら生態系をかたち作っている。注意しないと、彼らの生態系構築を邪魔してしまうかもしれないのだ。
もしあなたがプロバイオティクスを摂りたいなら、まずは食品から摂ることをおすすめしたい。
それが難しければ、よく研究論文を読んで、しっかり効果が確認されている菌株を購入してほしい。
同じ「乳酸菌」でも、種類は山ほどある。
◯◯属■■種△△株まで一致していないと、機能が違ってくるのだ。すごくややこしいし、この市場は既得権益のかたまりだから、平気な顔をして大した効果のないサプリメントが売られている。
プレバイオティクス
プレバイオティクスは、細菌のエサになる難消化性の炭水化物などを指す。
野菜をたくさん摂ればまあそれでいいわけだけれど、外食が多い人は食物繊維が不足する。
そういうところには、ビジネスチャンスがある。筆者の卒業した経営学部では、そう習った。
特にここ数年で「難消化性オリゴ糖配合」という表記をよく見かけるようになった。これは、腸内細菌を育てるための材料(基質)を含んでいるということになる。
カレーパンとクリームパンの昼食では腸内細菌が飢えてしまうから、難消化性のオリゴ糖の入ったドリンクを飲んで彼らにも昼食を与えようということだ。
普通に野菜食べたらエエやん…そのほうが安いで…と思わなくもないけれど、菌たちのことを思いやってそのドリンクを飲んでくれているのだとしたら、その人と握手したい。
ありがとう! 菌も君も、みんなで楽しく生きよう!(急にどうした)
ちなみに、プレバイオティクスとプロバイオティクスが合わさった食べ物をシンバイオティクスという。全粒粉ビスケットで、乳酸菌入りのクリームを挟んだビスコなどがそれにあたる。
ポストバイオティクス
この数年で急に出てきたコンセプトとして、ポストバイオティクス(4)がある。
これは、プレバイオティクス、プロバイオティクスに続く第三の腸活法などとも呼ばれ、市場を盛り上げている。
ポストバイオティクスとは簡単に言うと細菌の代謝産物のことで、代表的なものは短鎖脂肪酸だ。
腸にお目当ての細菌がいても、その細菌が活動してくれないとヒトには利益がないが、代謝産物を摂れば直接利益になるというわけだ。
なんとも自分本位な考え方ではあるが、そもそも生きものというものはそういうものだから仕方ない。
それに、この考え方はある意味で理にかなっている。
先に述べたように、腸に定着する腸内細菌はなかなか変えられない。多くは死滅した状態で腸に届き、生きたまま腸にたどり着いた菌たちも、通過菌としてうんちになる運命だ。
代謝産物だけを摂るという考え方は、けっこうエコな考え方なのかもしれない。
ただし、その代謝産物は他の細菌の栄養源になっている可能性もある。
実験室で栄養をたくさん与えられた細菌が本来とは別の働きをするように、代謝産物のアンバランスな摂取は、逆にマイクロバイオームの生態系を乱してしまう可能性があることにも注意したい。
FMT(糞便微生物移植)
乱れたマイクロバイオームの生態系を回復させる方法として一番ドラスティックなのは、おそらくFMT(Fecal Microbiota Transplantation, 糞便微生物移植)だろう。
この方法については別の機会に詳しく紹介したいのだけれど、簡単に言うと「健康な(疾患のない)」人のうんちから食べもののカスなどの大きな物質を取り除き、患者の腸へ送り届ける治療法だ。
「健康な」というのは他人でもいいし、健康だった頃の自分でもいい。ただ、健康なうちから自分の便を保管しておく人はまだかなり少ないだろうから、FMTというとほとんどが他人由来の微生物を使うことになる。
この「菌液」には、細菌を含めた微生物が山ほど含まれる。
FMTは弊社の関連組織でも実施しているけれど、まだまだ模索が必要な方法だ。
他人由来の微生物でも自己由来の微生物でも、多様性の回復という意味では優れたものだ。
抗生物質を使用したあとなど、著しく多様性が低下した状態のマイクロバイオームにFMTが候補に上がるのは、考えてみれば自然な流れだろう。
多様性の回復は、病原菌や薬剤耐性菌を抑制することにも一役買う。
FMTは、薬剤耐性遺伝子や多剤耐性病原体がコロニーをつくるのを防ぐという研究はいくつもあり、それをまとめたレビュー(5)も出ている。
その他のマイクロバイオーム補正方法
他にも、マイクロバイオームの生態系を宿主であるヒトにより有益な状態に補正しようとする試みはいくつもある。
細胞外小胞、免疫調節、ファージウイルスなどの可能性を探る研究者もいる。
自分でできることのひとつとして、十分で質のいい睡眠を取ることでマイクロバイオームの多様性を高めることも期待できる(6,7)だろう。
ただ、カリフォルニア大学のRob Knight氏の言うように「マイクロバイオームを望ましい特性の方向に向かわせるのはすごく難しい」のだ。
繰り返すように、マイクロバイオームは生態系だ。そこにはたぶん、会社経営よりも複雑な相互関係が存在していて、そのどれを調節すれば結果がどうなるかを予測することはほとんど不可能に等しい。
だから、私たちにできるのは、生態系をまるごと移植するFMTや、そこにいる菌たちみんなの栄養源になるような食物繊維の摂取や、マイクロバイオームの結果としてヒトの体に足りなかった有用物質の補充になるのだろう。
マイクロバイオームはおそらく、厳密に補正されるたぐいのものではない。
外からヘルシーな介入をすることはあれ、それは曖昧だ。
でも、それでいいのだと思う。脱輪した車を道路に戻してやればまた動き出すように、マイクロバイオームもちょっとしたきっかけがあれば、また自分たちでいいように調節していくだろうから。
1. Bäckhed F, Fraser CM, Ringel Y, et al. Defining a Healthy Human Gut Microbiome: Current Concepts, Future Directions, and Clinical Applications. Cell Host Microbe. 2012;12(5):611-622. doi:10.1016/j.chom.2012.10.012
2. Dixit K, Chaudhari D, Dhotre D, Shouche Y, Saroj S. Restoration of dysbiotic human gut microbiome for homeostasis. Life Sci. 2021;278:119622. doi:10.1016/j.lfs.2021.119622
3. De Filippo C, Cavalieri D, Di Paola M, et al. Impact of diet in shaping gut microbiota revealed by a comparative study in children from Europe and rural Africa. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010;107(33):14691-14696. doi:10.1073/pnas.1005963107
4. 國澤純. 9000人を調べて分かった腸のすごい世界 強い体と菌をめぐる知的冒険. 日経BP; 2023.
5. Woodworth MH, Hayden MK, Young VB, Kwon JH. The Role of Fecal Microbiota Transplantation in Reducing Intestinal Colonization With Antibiotic-Resistant Organisms: The Current Landscape and Future Directions. Open Forum Infect Dis. 2019;6(7):ofz288. doi:10.1093/ofid/ofz288
6. Smith RP, Easson C, Lyle SM, et al. Gut microbiome diversity is associated with sleep physiology in humans. PLoS ONE. 2019;14(10):e0222394. doi:10.1371/journal.pone.0222394
7. Carpena MX, Barros AJ, Comelli EM, et al. Accelerometer-based sleep metrics and gut microbiota during adolescence: Association findings from a Brazilian population-based Birth cohort. Sleep Med. 2024;114:203-209. doi:10.1016/j.sleep.2023.12.028