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これこそ菌語。クオラムセンシングってなんだ?(菌と通信2)
前回の記事では、細菌たちがいかに簡単にゲノム(DNAの集まり)を交換し合うかを見てきた。
彼らは私たちのように、オスとメスで子をつくってゲノムを手渡す必要はなく、ただふたつに分かれることでゲノムを次世代につなぐ。(ゲノムの垂直伝播)
さらに、接合、形質転換、形質導入などの方法を使って、お隣さんの細菌やそのへんにただようDNAをひょいっとつまみぐいして自分のゲノムにすることもできる。(ゲノムの水平伝播)
細菌たちがやり取りするのは、ゲノムだけなのだろうか?
彼らは原始的な生きものだから、ただ子孫を増やすために有利なゲノム獲得に勤しんでいるだけなのだろうか?
実のところ細菌たちがもっと複雑に「コミュニケーション」をしていることがわかったのは、半世紀ほど前だ。
彼らは「クオラムセンシング」と呼ばれる仕組みを使って、仲間たちの存在を感じ取り、自分の行動を決めている。
今回は、細菌のコミュニケーションを探るシリーズ2回目として「クオラムセンシング」を取り上げてみたい。
※本記事は「菌と通信」と題した、細菌のコミュニケーション方法を解説した連続記事の一部です。続けて読むと理解が深まります。
・細菌は遺伝子をこんなふうに獲得する(菌と通信1)
・これこそ菌語。クオラムセンシングってなんだ?(菌と通信2)←本記事
・細菌たちの手紙とSNS 〜メンブレンベクシルと電気信号〜(菌と通信3)←来週更新
・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
・用語解説はこちら(随時更新)
・主要記事マップはこちら(随時更新)
クオラムセンシングって何?
クオラムセンシング(1-5)とは、細菌たちが自分と同じ種、または種を超えて特定の化学物質をやり取りすることで、自分たちの行動を変化させる「会話方法」のことを呼ぶ。
その具体的な仕組みはとても複雑で、精巧だ。
私たちが社会を形成しているように、細菌たちなりの社会のあり方がそこに見える。
個体ひとつでは目に見えないほど小さく、たいした働きもできない細菌たちが、私たちヒトやその他大きな生物の生活に影響するほどの力を持つために、彼らは何を話しているのだろう。
クオラムセンシングの仕組みを知ると、まるでスイミーと仲間の魚たちが大きな魚を追い払ったように、あるいはニモと魚たちが漁師の網を破ったように、集団としての意志を感じるようになる。
この先の記事を読むのが面倒だなと思う場合、この分野の偉大な研究者たちが若者向けに書いたこちらのページか、このTED Talkを見てほしい。
知識の少ない人向けにわかりやすく説明されているし、菌たちのかしこさがよくわかるから。
ハワイのイカの例
ハワイヒカリダンゴイカ、あるいはハワイミミイカという光るイカがいることをご存知だろうか。これらのイカは、実は自分で光っているわけではない。共生細菌であるビブリオ・フィシェリ(Vibrio fischeri)が光っているのだ(6-P181)。
ビブリオ・フィシェリは、イカたちが活動する夜にだけ発光する。
この細菌たちが光ってくれるおかげで、イカは大きなメリットを享受している。
暗い夜の海で光る必要性を想像してみると、漁師たちが光で魚をおびき寄せる漁法が思い浮かぶかもしれない。そう、イカたちは狩りをする際に、エサをおびき寄せるために光るのだろうというということがまず推測できる。
それだけではない。光は、イカを捕食者から守りもする。
夜の海は、ただの闇ではない。そこには月光が差し込む。海の底にいる捕食者からは、イカが水面を泳ぐ影が丸見えになってしまうのだ。
そこでビブリオ・フィシェリは、月とそっくりの光を放つことで宿主の影を隠す。そうして、安全にイカの体内でエサをいただくのだ。
さて、細菌たちはイカの体内で増え続けるのだろうか? イカはそれで爆発しないのだろうか? 面白いことに、まるで私たちが排便するのと同じように、朝が来るとイカたちはお腹の扉を開いて細菌たちの大半を外に放出してしまう。
すると、細菌たちは光を発しなくなる。
でも夜になるまでには、またイカの体内で増殖して、光りはじめる。
このようにして、イカとビブリオ・フィシェリは共進化してきたのでした。めでたしめでたし。
と、ここで終わらないのが科学者たちだ。
なぜ細菌は、自分たちが光るべきタイミングがわかるのだろうか?
中枢神経を持つ多くの大型生物のように、概日リズムを刻むための仕組みがあるのだろうか?
実は、ビブリオ・フィシェリは常に「ある成分」を出しており、同時にそのある成分を「感知する」仕組みを細胞膜上に持っている。
それで何ができるのか?
個体数の少ないうちは、「ある成分」はただイカの体内に放出されてただよっているだけだ。
けれども個体数が増えてくるとどうだろう。その成分は「感知装置」にひっかかってくる確率がぐんと上がってくる。
そうして菌たちはまわりの個体数を感知して、ある一定数を超えると光りはじめるのだ。まるで会話をしているように。
これが「クオラムセンシング」の最初の発見となった。
クオラムセンシング発見の歴史
クオラムセンシングの仕組みは、1970年に海洋性発光細菌であるVibrio fischeriの研究(7)でNealsonとHastingsによって初めて明らかにされた。
彼らは発光細菌が光るかどうかを決めるオートインデューサー(AI)である「ある成分」を同定し、それは後にAHLと呼ばれることになった。
この分野の研究はしばらくあまり注目を集めなかったけれど、分子生物学の発展とともに1990年頃から急速に進んだ。
1994年に正式に「クオラムセンシング」という名前がつき(8)、
Bonnie L. Bassler氏、E. Peter Greenberg氏、Michael R. Silverman氏らを中心に研究者たちがつぎつぎにその仕組みを発見した。
冒頭で紹介した若者向けの記事は、この3人によるものだ。
特にBonnie L. Bassler氏は、クオラムセンシングの仕組みそのものの解明に大きく貢献し、現在Googleで調べることのできる主だった論文には、かなりの確率で彼女がラストネームに入っている。
クオラムセンシングの種類
続く研究で、クオラムセンシングは細菌が光るためだけに存在していたのではなかったことがわかった。
同じような方法を使って仲間の個体数を感知する細菌たちは、他にもたくさんいた。
まず、その会話方法は細菌の種類によって2つのパターンに分けられる。
ここでちょっとした問題。
細菌を2つに分けるとしたら、どんな分け方が思い浮かぶだろう?
善玉と悪玉?
嫌気性菌と好気性菌?
グラム陰性細菌とグラム陽性細菌
今回の答えは、こういう分け方だ。
クオラムセンシングの場合は、グラム陰性細菌とグラム陽性細菌という種類ごとに、会話方法が異なっていた。
どちらの会話にも前述の「ある成分」(オートインデューサー、AIと呼ばれる)の分泌が必要なのだけれど、その種類がグラム陰性か陽性かで違っているのだ。
さらに、同じグループの細菌であっても、種が違えば少しづつ成分の構成が違っている。
例えるなら、グラム陰性細菌とグラム陽性細菌の使う言葉は英語と日本語くらい違っていて、グラム陰性の中で異なる種同士は英語とドイツ語とスウェーデン語とデンマーク語くらいの違いと言えるかもしれない。
え、例えがわかりにくい?
論文で「ある成分」の化学式を見てもらえば、このあたりがわかってもらえると思う。でも私は化学アレルギーなので、ここには化学式は載せません。
要するに、同じ種同士の菌たちは「自分たちにしか通じない」言葉で話しているということだ。
細菌という比較的シンプルな生命が、これほど多くの種を持ち、それぞれの言葉を持つというのは、控えめに言ってかなりすごいことだと思う。
クオラムセンシングの研究をかなり発展させた研究者のひとりであるBonnie Bassler氏も、TED Talkでかなり興奮気味に語っている。
わかりやすいので、興味のある方はぜひ見てみてほしい。
インターナショナルな細菌たち
研究が進むうちに、細菌たちはどうも他の種の細菌の存在も感じ取っているらしいということがわかってきた。
そのようにして、細菌たちの国際共通語である成分も発見されることになった。
たしかに、自分と同じ種がまわりにどれほどいるかだけではなく、異なる種がどれほどいるかという相対的な数の情報もあれば、生き残りに有利に働くだろう。
このように、菌たちは仲間や敵、そして無害な他者たちの行動をうかがいながら、自分たちの次の行動を決めていく。
彼らの中には、バイリンガルやトリリンガルのように巧みに言語を操って生存戦略を図る者もいる。
エビやカンパチにとって病原性を発揮するVibrio harveyiという細菌は、多くのグラム陰性細菌に特徴的なクオラムセンシングの仕組みを使う代わりに、共通言語をもとにした種内会話と種間会話の両方の仕組みを持つ(2)。
この細菌は一見して同じ目的を持つ2つのクオラムセンシングの仕組みを持っているように見え、無駄が多そうだと私たちヒトには感じられるかもしれない。けれどもし本当に無駄なら、ただでさえ遺伝子の少ない細菌が、そんな無駄な機能を持っておくメリットはないだろう。
細菌の研究分野では’functional redundancy’(機能の冗長性)という言葉によく出会う。機能が重複していると、それだけ生き残る可能性も高くなる。
また、一見して同じ目的を持っているように思えても、細菌間のコミュニケーションの中ではそれぞれ違った役割を持っているのかもしれない(3)。
光る以外にどんな行動をしているのか?
細菌たちがコミュニケーションを取るのは、何も光ることだけが目的ではない。
むしろ、私たちにとってはもっと別の「菌たちによる行動」が重要だ。
2003年にBonnie Bassler氏らの研究室から出た論文(2)で、細菌たちの「クオラムセンシングによる行動」の一部がまとめられている。
病原性の発現
毒素の分泌
運動性
細胞分裂
代謝
抗菌物質の分泌
バイオフィルムの形成
他にもまだまだある。クオラムセンシングが、細菌たちにとって言葉であることが、この行動の多様性によってよくわかる。
ヒトにとって恐れるべきコレラ感染症やウエルシュ菌感染症、大腸菌感染症、肺炎連鎖球菌などが「なぜ」ヒトにとって怖い病気になるか、考えたことはあるだろうか。
目に見えないほどの細菌が、1〜2mも身長のある私たちにいったい何ができるというのだろう。
私たちの免疫細胞は、何をしているのだ?
実は、病原菌たちは数の少ないうちは「黙って静かにしている」のだ。
だから、免疫細胞もなかなか見つけられない。
そして十分に数が増えてから(それをクオラムセンシングで感知してから)、ドーンと病原性を発揮する。
なんとかしこいのだろう。
細菌たちは、もはや単細胞でぶらぶらしている生物ではない。集団で行動する社会的な生きものなのだ。
クオラムセンシングは建設的な会話ばかりではない
クオラムセンシングは言葉をやり取りするほかの細菌たちと協力して事を起こすために、友好的に会話をしているだけなのだろうか?
実は多くの細菌にとって、そうではないのかもしれない。
クオラムセンシングを生態学的かつ進化学的な観点で検討している論文(9)では、協力的なコミュニケーションが進化の自然選択で残るためにはとても限られた条件下でしかありえないという考え方を提示している。
つまり、クオラムセンシングはなんでもかんでも「友好的で建設的な会話」というわけではなくて、単にBの会話をAが盗み聞きして合図として利用するだけの場合(合図, cue)や、化学物質を出して相手の細菌の行動を操作する場合(化学操作, chemical manipulation)もあるのではないかということだ。
「種のために個体が行動することはありえない。すべての個体はその個体の利益のために行動する」
これは進化生物学の鉄則だ。
生きものが他の個体と競合するだけではなく協力する場合があるのは、そうしたほうがお互いにメリットがあるからだ。
例えば、私たちヒトは同じ種同士であっても、血縁の近い者を優先しようとするし、違う種と協力する場合は(例えばヒトと腸内細菌)、お互いにメリットがある。
協力という行動は、ヒトをはじめとした社会性の高い生きものや、相利共生状態にある生きもの同士に特徴的に見られるものらしい。
細菌たち同士は、どの程度「協力」しているのだろう?
彼らの考えていることがわかればいいのになあ。
クオラムセンシングを妨げる戦略?
細菌たちが自分の生存を有利にするために発明したコミュニケーション方法は、舌を巻くほど合理的で美しい。
けれど、まわりの細菌たちや真核生物たち(ヒトを含む)は、細菌たちの華麗なコミュニケーションをただ見ているだけなのだろうか?
そんなことはない。
進化というものはいつも相互関係のもとに成り立っていて、だから細菌のまわりにいる生きものたちは、クオラムセンシングを「妨害する」方法を編み出した。
たとえば、ある細菌たちは国際共通語であるAI-2という成分を体の中に取り込んでしまう。それにより、AI-2を頼りに何らかの行動をしようとしていた細菌たちは、いつまでも自分の周りにAI-2が十分に満ちてこないことを不思議に思いながら(思わないかもしれないが)、行動に移せずにいるかもしれない。
この「対クオラムセンシング戦略」は、これからの研究で期待されている分野でもある。
これからの研究に期待できること
細菌たちがクオラムセンシングを通して会話していることがわかり、研究者たちはさぞ興奮しただろう。
日本人が英語やタイ語を話すよりも、人間が犬とコミュニケーションするよりも、細菌同士が会話しているのを発見するほうが、秘境の宝を見つけたような気になる。
けれど悲しいかな、研究者というのは究極のオタクだ。
多くの一般の人にこの成果を報告したところで、次のひとことは「で、それがなんの役に立つの?」だ。
多くの研究が税金を使った国費プロジェクトであり、そうではない企業の研究が少し先のビジネスのためにある以上、研究者たちはこのひとことにちゃんと応えなくてはならない場合が多い。
クオラムセンシングの研究をしている研究者たちも、ちゃんとその答えを用意していた。
前に紹介したBonnie Bassler氏の動画の最後では、クオラムセンシングを利用すれば、耐性菌問題を解決できるかもしれないと述べられている。(12:10あたり)
https://youtu.be/KXWurAmtf78?si=_EL4wBhDcD5HuK6m
抗生物質は感染症に有効な薬だけれど、耐性菌の問題がますます深刻になっている。
例えば、グラム陰性細菌が病原性を発揮するために十分な「ある成分」がまわりにあると感知させないよう、感知装置にぴったりはまる「阻害剤」ができればどうだろうか。
細菌を殺さずに、病原性を抑え込むことができるかもしれない。
2009年時点の上記の動画内で、Bonnie Bassler氏は自身の研究成果を述べている。
その内容は「種内、種間双方における抗クオラムセンシング分子をつくり、マウスの感染症を防いだ」というセンセーショナルなものだ。
さらに彼女らのチームは、私たちの体で有益な働きをしてくれている細菌たちのクオラムセンシングを促進する分子の作製にも成功したという。
細菌のクオラムセンシング関連の論文を見れば、実用化までにはまだまだ道のりは遠そうだけれど(10-12)、菌を殺さない抗生物質ができれば耐性菌の問題に大きな希望の光が見えるだろう。
ただし、細菌たちは私たちよりはるかに早く進化できるから、抗クオラムセンシング分子にもすぐに適応してしまう可能性はあるけれど。
2000年代に入ってシーケンサーを微生物相手に使うようになってから、ゲノムを中心とした研究が目立っているが、「誰がいるか」よりも「何をしているか」がより重要だとわかってきた。クオラムセンシングの研究も、また盛り返してくるかもしれない。
キリスト教では、バベルの塔を建てて天まで届かせようとした人間の傲慢さに怒った神様が、もともとひとつだった言語をばらばらにして、人々がコミュニケーションを取りづらくなるようにしたという聖書の記述がある。
私たちヒトは神様ではないから、本当の意味で細菌たちのコミュニケーションを妨害することはできないだろう。
けれど、細菌たちが私たちの祖先であり、共生生物であるということへのリスペクトさえ忘れなければ、殺し合わなくとも共生できる道を示してくれるのかもしれない。
1. Miller MB, Bassler BL. Quorum sensing in bacteria. Annu Rev Microbiol. 2001;55:165-199. doi:10.1146/annurev.micro.55.1.165
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