腸活の意味論 〜私たちの腸内細菌は変わるか〜
前回の記事で、私たちの腸内細菌を含めたマイクロバイオームたちが「一日のうちで」変動していることを学んだ。
腸内細菌をはじめとした腸のマイクロバイオームは、まわりの環境に応じて「動的」に変化する。
構成員そのものの入れ替わり、構成員比の変化、代謝機能の変化など、その動きは柔軟でスムーズだ。
では、もう少し長い目で見た場合、腸マイクロバイオーム、もっというと腸内細菌はどれくらい安定し、変動しているのだろうか?
※本記事は「腸内細菌の驚くべき変動と回復力:わたしのマイクロバイオームは変わるの?」の続き記事です。
最初から順番に読んでいくと、腸内細菌がどの程度柔軟に変わりうるのか、より理解が深まります。
・本文中のカッコ付き番号は、記事下部の参考文献の番号を表しています。
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子どものマイクロバイオームの安定性
以前の記事で見たように、赤ちゃんのマイクロバイオームは安定していない。
3〜5歳くらいまでの子どもは、まっさらな腸にどんな微生物を迎え入れるか、検討段階にある。
まさにそこでは、新たな生態系がつくられつつある。
四角、円柱、三角のさまざまなパーツが動員され、家具や人形を置いては取り替えられを繰り返しながら、独自のドールハウスを形作っていくように。
大人のマイクロバイオームの安定性
一方、大人の腸マイクロバイオーム生態系は比較的安定している(1)。
そのドールハウスはパーツをひとつ取り去ったくらいでは崩れないし、震度1の地震にも耐えられるだろう。
それでも動的ではある。
日々新しい家具や新しい壁のパーツが加わり、古くなった家具は取り去られる。
もしドールハウスが生命だったなら、そこでは食事や洗濯、掃除や喧嘩、眠りや起床が行なわれるだろう。
子どもの頃に柔らかかった頭が大人になればかたくなるように、マイクロバイオームは安定し、変わりづらくなる。
それは世の中を渡る上で有利にも働くし、別の方向へ舵を切りにくくなるということでもある。
大人の腸のマイクロバイオームの安定性についてはいくつかの異なった見方が存在するが、その構成はそんなに変わらないという意見でおおむね一致している。
ただし、これは外からの撹乱がない場合だ。これについてはあとの記事で話すことにしよう。
マイクロバイオーム初期の研究(2)では、数ヶ月、数週間でもその構成に変動があることが観察されている。
一方で、より新しい研究(3)では、少なくとも半年間くらいの期間ではマイクロバイオームの分類上の顔ぶれは変わらず、またそこから推測される潜在的な機能も大きく変わらないことが報告された。
また同じ研究では、ゲノムではなくRNAの働きを解析するメタトランスクリプトームが大きく変動していた。
これは、そのときそのときによってマイクロバイオームたちが「何をしているか」は大きく違うということだ。
私たちが、そのときどきによって食事をしたり、眠ったり、仕事をしたりするのと似たようなものと思ってもらえたらいいと思う。
私たちが年を重ねるのと同じようにマイクロバイオームも加齢するのだが、少なくとも一年や二年ではそんなに大幅に変わらない。
それはおそらく、私たちの腸内環境がさほど変わらないからなのだろう。
腸活と菌たちの変化
たとえば、腸内細菌叢を好ましい状態にするために、食事介入や栄養補助食品の利用が候補として挙がるだろう。
この場合、たしかに腸内細菌の組成は変化し、代謝物質も変わる。
けれど、その効果は一時的だ(4)。
食事の変更をやめたとたん、すぐにもとに戻ってしまうのだ。
ヨーグルトを食べても、新しい乳酸菌は腸に棲み着けない。だから、毎日食べ続けないと意味がない。
これは、腸活に意味がないと言っているわけではない。
食事の種類や量を変えているあいだは、ちゃんとウンチに出てくる腸内細菌の顔ぶれや有用な代謝産物の量も変わっているのだ。
腸に永住する菌たちの顔ぶれを変えるのは難しいが、そこで活躍してほしい細菌や細菌の好物を送り込み続けることはできる。
あなたがワイン醸造所を経営しようとしていて、ブドウという原料からワインという製品を作る場合を想定してみよう。
先代から受け継いだ特級のワイン畑が手元にある場合は、そのブドウからワインを作ることができる。
けれど、ワイン畑がなくても、どこかの畑から毎年ブドウを買い付けてきて、ワインを作ることだってできるのだ。
だから、腸活をしても腸内細菌を変えられないと嘆くのはもったいない。これから一生、腸活をし続ければいいだけのことなのだから。
はじめは馴染まない食生活も、習慣になればそれが心地よくなってくる。
そして、腸内細菌自体も、少しづつ変わってくるだろう。
大切なのは、急に食生活や生活習慣を変えすぎないこと。
どれだけいい食事でも、あなたの体や腸内細菌に準備する時間を与えよう。
マイクロバイオームに劇的な変化が起こるとき
乳幼児期を除いて、腸内細菌をはじめとしたマイクロバイオームの大幅な変化は起こりにくい。
それは、生態系というものの特徴のひとつなのだ。
今から1時間後にいきなりダンゴムシが絶滅したり、日本で象やライオンが暮らし始めることはない。
劇的な変化は、生きものやそれを取り巻く環境にとっては大きなストレスになる。
次回の記事ではもう少し生態学的な視点からマイクロバイオームの安定性を眺め、さらにその次の回で、マイクロバイオームが乱れる(生態系が崩れる)ということを詳しく見ていきたい。
1. Faith JJ, Guruge JL, Charbonneau M, et al. The Long-Term Stability of the Human Gut Microbiota. Science. 2013;341(6141):1237439. doi:10.1126/science.1237439
2. Caporaso JG, Lauber CL, Costello EK, et al. Moving pictures of the human microbiome. Genome Biol. 2011;12(5):R50. doi:10.1186/gb-2011-12-5-r50
3. Mehta RS, Abu-Ali GS, Drew DA, et al. Stability of the human faecal microbiome in a cohort of adult men. Nat Microbiol. 2018;3(3):347-355. doi:10.1038/s41564-017-0096-0
4. Leeming ER, Johnson AJ, Spector TD, Le Roy CI. Effect of Diet on the Gut Microbiota: Rethinking Intervention Duration. Nutrients. 2019;11(12):2862. doi:10.3390/nu11122862