モレスキンが手に入らなかった、未曾有の事態の記録
私は、モレスキンを愛用するようになって、今の年齢の半分以上の年数を重ねています。
もともとの製造会社が廃業したのだったか、一度はこの世から消えたものの…多くの愛用者からあまりにも惜しまれ、今の会社が復刻させたという話と共に「伝統ある、高級ノート」として、
ごく限られた大手の文具店や書店でしか、手には切らなかった頃。
まだ黒と、かろうじて赤しか見かけませんでしたが、ルールドと無地以外にも、画用やポケットのみ、アドレスインデックス等など、用途に合わせた種類が豊富で…そういえば最近は見かけませんが、まだあるのかな。
アドレスインデックスは、分類用に重宝していたのですが。
最近は、デザインコラボが増えて、別方向でにぎやかになり、
今や、比較的身近で手に入るようになりましたが…
ごく近年、突然、入手困難になったことがありました。
品薄という意味ではありません。
2020年春 当たり前が一変する
2年前の3月…予想もしなかった世界的疫禍が日本をも呑み込み、未知の脅威で世の中が閉ざされ、
特に、緊急事態宣言以降の数ヶ月は、
私用の外出がほぼできなくなった上に、東京及び関東では、公共施設、デパートや主要な店は、食料品を除き、全休業。
新宿なども人が途絶え、世紀末映画のゴーストタウンのようだったと聞きます。
当たり前だったことが、当たり前でなくなっていく。
世界中で、忍び来る死の恐怖に凍りついて、閉ざされている。
生産者さんたちや、工場その他、物流も、世界中で動けなくなっているのだから、そのうち生活に必須だったものや、食料さえ、手に入れるすべがなくなるのでは…
対象が国や人でなく、未知の生物に対しての、世界大戦みたいに思えました。
最前線では死闘の日々で、民衆は穴蔵に閉じこもって息を殺しているような。
私も、電車に乗っての外出はできなくなり、仕事も一時期は休業もしくは在宅に限っていました。
緊急事態の時こそ、書くことが命綱
そんな期間、私は書くこと、特に、日々の記録を書き留めることに重点を置いていました。
何となく、この先何が起こるか予測がつかず、良くも悪くも現状況が、自分にとっても非現実的で、あとあと貴重になるような気がされたので。
人と直接会えないために、パソコンやネットが重視されてもいたけれど、この事態は日本だけでなく、世界的なことなので、物流や製造部品などもストップしたと聞くし、
誰にも会わず話せない日々、下手をしてそのうちネットもなくなりOA系も閉ざされたり壊れたりしたら記録類も消滅すると思うと、
紙で書き残すことが、今こそ大切に思えて。
もともと世情に疎い上、悪い話しか聞こえてこないこの頃、一時はかなり閉塞的な意識になっていました。
もともとアナログ派だったけれど、閉塞の反動で、
いっきにモレスキンの消費が、それまで以上に倍増しました。
モレスキンが手に入らない!
それまで私は、今書いているモレスキンを使い切った、次の一冊までは常備していましたが、
買い置きはせず、そろそろ必要だなと思ったら適宜買いに行くようにしていました。
買い置きして溜めておくより、直近で次に使う一冊を買いに行くことにワクワクしていたので。
けれど、ほぼ家での作業になり、こういう非常時こそ「今」を、自分なりに感じてなんでも書いておきたい…と思ったこの頃は、
自分でも思いがけないスピードでページは埋めつくされていきます。
そしてほどなく、次の一冊がなくなりました。
さらに、万年筆のインクも、残り少なく、心細くなってきました。
日用品は近所で賄えますが、趣味嗜好品までは不要不急に反するようで、贅沢はいえませんし、
出かけられる範囲内で、モレスキンや愛用のインクなどを扱っていた店はなく、あっても休業しており、全滅でした。
こういう状況では、通販が頼り。
ところが、発注しようとしたタイミングで、管轄地域の郵便局や宅配便が、従業員の感染で全閉鎖となりました。
いつ再開できるかの見通しが立たないとのこと。
そのため、コンビニのネット通販でコンビニ受け取りを利用したら、
なんというタイミングか!!
ちょうど受け取り予定日に、当該コンビニも長期閉業になり、受注はすべてキャンセルになったと連絡が来て…まさに未曾有の事態。
必要なものが、まったく手に入らない!
世の中がいかに大変なことになっているのか、その混乱でまざまざ実感するほどの、それは衝撃でした。
何もかもが、閉ざされていく。
ノートを変えるべきか
こうなると、「モレスキン」に限ることが、ハンディになってきます。
以前、編集者の知人や研究者仲間など、地方出張や出先仕事の多い、筆記具ヘビーユーザーのプロ達は、
いつどこでどんな状況でも、難なく手に入るメーカーの、メモ帳や大学ノートを、サイズのみ統一して利用していると言っていました。
確かに、スーパーやコンビニ、小さな雑貨店でも、学校があるような地域でさえあれば、どこでも安価に手に入る、普通のノートのほうが、
なくなって困ることもないし、あとで残して整理するにもコンパクトで軽くて便利なんだと、
こういう状況となって、改めて考えました。
実際モレスキンは、カバーがしっかりしているから、保管するにもかさばります。
でも、使っている時は、そのハードカバーとコンパクトサイズこそが重宝だし…
なにより、モレスキンには「書かずにいられない魔力」が存在しています。
そう感じるから、非常時ではあっても、まだ生活難とは言えないうちは、モレスキンで書き続けたい。
この非常事態が、一時的なものだと信じたい願いも、ここにこめられていました。
なんとか、モレスキンで書き続けられないか…
救いの手が
今の時代、ネットやSNSは、こういう時こそ有難いものです。
Facebookで折々参加していた、万年筆やノートの愛好者が集まるグループに、
モレスキンとインクが手に入らなくなった現状を書き込んだところ、
さすが同好の士!
地方都市で、東京ほど戒厳令状態ではない居住地のかたが、
「こんな時に、使い慣れた愛用のものがなくなるの、心細いですよね! こちらで買って送りますよ」
と申し出てくださり、
モレスキン数冊と、切れかけていたインク、ボールペンの替え芯など、お願いしたものを揃えて、
感染閉業していない宅配業者を調べた上で、送ってくださいました。
地獄に仏の心境です!!
こんな時だからこそのご厚意、嬉しくて、本当に涙が出ました。
ひとりじゃないんだ…と思わせてももらえて。
代金とお礼の品をすぐにお返ししましたが、
これほど人情を有難く思うことも、通常ではあり得ないかもしれません。
恐縮する私に、
「こういう時こそお互い様。こちらもいつか、そちらでしか手に入らないものをお願いするかもしれないんだから(ニコッ)」
また、そのかたが最初に申し出てくださったからと、黙ってらした他の方々も、
「誰も手を挙げなかったら、自分が助けるつもりでした」
と言ってくださり。
皆さん、なんて優しい人たちなんだ……なんて優しい世の中なんだ……
世界は大丈夫!
何があっても必ず克服できる!!
たとえば極限状態で、何日も空腹で、かろうじてひとりだけ、たった一個の小さいおにぎりを得られたとしたら、
周りの同じような人たちに、ひと口ずつでも、ひと粒ずつでも、分け合っていけるくらい、人には情という、大切な本能がある。
なんとなく、そんなふうにさえ信じられる思いがありました。
単純すぎるかな?
モレスキンならではの大切な恩恵
おかげさまで、その年の夏が終わる頃まで、補充できたモレスキンで書き続けることが叶いました。
使い切った頃には、また当たり前に買い入れることができるようになり、
半年分くらいは、予測して補充しました。
万年筆やノートは、高額だから素晴らしいというわけではなく、
そこに特有の思い出や思い入れ、なんらかの恩恵などが加わることが稀有なため、
それが最上の価値であるように思われます。
その大切さを抱きしめつつ、今後も大切に、
一文字1ページを、心と共に、埋め続けていきたい。