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薄闇の不協和音 ~ 殺意に込められた総コスト
現場となった小さなアパートの一室には、血痕の残る床と不自然に散らばったタロットカードがあった。
その部屋に足を踏み入れた途端、鼻を突く鉄の匂いと妙に埃っぽい空気に、探偵の木下はわずかに眉をひそめた。
同時に、置かれている品々の安っぽさがかえって異様な雰囲気を際立たせているようにも感じた。
床に落ちていたナイフを拾い上げ、木下はそっと刃先を指先でなぞる。
「これは、いわゆる百円ショップで売っている簡易的な包丁かナイフだな。まったく、こんなものでも人は殺せてしまうのか」
かすれた声でつぶやきながら、彼はキッチンに目をやった。
わずかな水滴が残るシンクの脇には、トランプや奇術道具らしき小箱が乱雑に置かれている。
それを見つめた木下は「密室を偽装するために、手品用の仕掛けを使ったのか」と小さく息をつく。
タロットカードが撒かれていることから、どこか芝居がかった見立て殺人を狙った可能性も高い。
しかし、カードのメーカー名を確認すると、これもさほど高価なものではないようだ。
木下は吸い寄せられるようにテーブルへ近づき、手帳を取り出してペン先を立てる。
「ナイフは百円ショップのもの……仮に消費税を入れても百十円前後か。
密室トリックに使ったであろう奇術道具は等球ハンズのポップを見る限り、ざっと二千円ほど……いや、セール時期なら千五百円くらいの可能性もあるな。
そしてタロットカードは見たところ大衆向けの量産品だ……多分千円ちょっと、頑張っても千五百円くらいだろう」
そう言いながら木下はざらざらとした紙の手触りを確かめるようにカードをつまむ。
「この程度の品を買うのにかかった総額は……そうだな、最大で三千円ちょい。
下手をすれば二千円台に収まってしまうかもしれない」
計算を終えた木下は、散らばったカードをそろえながら静かに顔を上げる。
「まったく、殺人というリスクの高い行為にここまでコストをかけないとはね。一億総貧乏時代だな……」
その呟きは部屋全体の暗さと相まって、妙に乾いた響きを残した。