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作者が俺たちの恋を邪魔してくる件
放課後の教室は夕日で染まっていた。
俺、佐伯ユウタは窓辺の席でプリントをまとめていた。
ついさっきまでクラスメイトと話してたんだけど、みんなバイトや部活で先に帰ってしまった。
気づけば、この教室には俺と――
「ユウタくん、終わった? もしよければ一緒に帰らない?」
同じクラスの風間ミオが俺に声をかけてきた。
クラスの人気者で可愛いと評判の彼女が、なぜか俺と仲良くしてくれている。
「いいよ。 でも、まだちょっと先生に提出するプリントがあるんだ。 先に職員室に寄ってからでいい?」
「もちろん大丈夫だよ。 急がなくていいから、ゆっくりでいいからね」
<< おいおい、なんだよそのラブコメ的な台詞。 お前ら二人とも、ずいぶんよろしくやりやがって >>
突然、誰の声かわからない不機嫌そうな声が響いた。
俺はあたりを見回したが、誰もいない。
すると、天井の照明あたりからまるで幽霊のようにドス黒い気配がにじみ出てくるのが見えた。
「誰……? って、あれ? まさかこれ、作者の声なのか?」
<< その通りだよ。 俺はこの物語を書いてる作者だ。 お前らがイチャイチャしてるのを見て、ちょっと嫉妬しちまってな。 いいよなあ、若いって >>
「いや、なに言ってんのさ……ていうか、作者がこんなふうに直接登場するラノベってどうなの?」
<< うるせえ。 お前たちの甘酸っぱい青春なんか見てられっか。 俺なんか独り身で日々ハムスター愛でてるだけの生活だぞ >>
妙に生々しい嘆き節に、ミオがくすりと笑いをこぼす。
「そんなこと言わないでくださいよ。 作者さんにもいいところ、きっとありますよ」
<< ないない、真面目に言うけど、彼女いない歴=年齢だ。 お前らが並んでるだけでこの有様だぞ。 もうちょっと俺への配慮をだな…… >>
「いや、その話を聞くとこっちが気まずいよ……」
そう言うしかない俺の横で、ミオは苦笑いを続けている。
そのまま、俺たちは職員室へ向かった。
時間が少しかかってしまい、昇降口に出ると校舎がほぼ無人になっていた。
屋上や廊下で雑談する生徒の姿もなく、静かに夕闇が訪れつつある。
「今日もけっこう遅くなっちゃったね。 もう暗くなりそう」
「うん。 ミオの家ってどっちだったっけ? 俺とは逆方向だったよな」
「ううん、実は引っ越ししてユウタくんちの方向と同じになったの。 言ってなかったかな」
「マジか。 じゃあ一緒に帰ろう……って、作者さん、また割り込んできそうだな」
<< お前らまたよろしくやりやがって。 いいよなあ、高校生で好きな子と一緒に下校とか。 俺のときなんて男友達とゲーセン寄って、家に帰ってからは一人寂しくスーパーで買ったお惣菜かじって終わりだったぞ >>
「だからさあ、ちょっとは素直に祝福してくれませんかね」
<< できるかよ。 お前ら羨ましすぎるんだっての。 若いって、それだけでご馳走だぞ。 くそ、独り身に戻りたいのはいつも俺だってそうだよ……あ、いやもう独り身だったわ >>
そんな醜いぼやき声を背中に聞きながら、俺とミオは並んで昇降口を出た。
空にはうっすら星も見え始めている。
翌日、昼休み。
ミオが珍しく大きなお弁当箱を持ってきた。
いつもはコンビニのサンドイッチですませているのに、今日はわざわざ早起きして作ってくれたらしい。
「ユウタくん、はい。 お昼一緒に食べよ」
「え、手作りなの? わあ、すごく美味しそう。 ミオ、ありがとう」
<< 俺なんか近所のスーパーで買ったたこ焼きと紫野菜が入った八品目サラダと柿の種減塩を昼飯がわりにしてるってのによ。 お前らイチャつきすぎだろ、リア充爆発しろってやつだ >>
「作者さん、もういい加減にしてよ。 せっかくのミオの心づくしを、台無しにしないでくれ」
<< だってよ。 なんかムカつくだろ。 お弁当の蓋開けるだけでキラキラ青春ラブ光線が飛び散ってんぞ。 ほら、その卵焼きとかハート型だったりするんだろ? うわ、もう見るだけで胸焼けしそうだ >>
「えっと……そんなに嫉妬されるとは思わなかったんだけど……」
ミオは困ったように微笑むが、さすがに申し訳なさそうだ。
「ごめんね、作者さんもお弁当食べる? ちょっと量は少ないけど分けてあげようか?」
<< いらん! 俺はハムスターと同じものを食べてもいいから、お前らの愛情料理なんか味わってたまるか。 嫉妬が加速するだけだし >>
「なんだそれ……わかったよ。 ミオ、気にしないで一緒に食べよう。 美味しそうだなあ……いただきまーす」
「はーい、召し上がれ。 いろいろ工夫してみたんだ」
<< そこの二人。 お前らの甘い雰囲気、マジでムカつくからな……まあいい。 俺は休憩室から見守るとするか。 ふん >>
作者は捨て台詞を吐くと、教室の天井からすーっと黒いもやとなって消えていった。
正直、やかましい存在だけど、いなくなるとそれはそれで静かになった気がする。
放課後。
今日はミオも部活が休みだと言うので、一緒に街まで遊びに行くことになった。
俺たちは最寄りの駅へ向かって歩く。
「久しぶりにカラオケでも行こうか。 ミオ、歌うの好きだろ?」
「うん、好きだよ。 でもなんだか、また作者さんが出てきそうで怖いかも……」
「俺も少し予感してるよ」
<< おい、俺を忘れるな。 っていうか、ラブコメ展開をどんどん進めやがって、俺の活躍シーンがぜんぜんないじゃねえか >>
またしても背後から声が響いたかと思うと、作者が視界の端にゆらゆらと浮かんでいる。
「活躍シーンって何ですか……俺たちは主人公とヒロインなんですよ。 作者が出しゃばる場面なんて、そもそもないはずでしょ」
<< くっそ、俺だってラブコメしたいよ。 いっそ登場人物としてどこかに美女を出してくれたりしないのかよ >>
「そんなの自分で書いてくださいよ……」
<< しかしだな。 俺がこんなにも嫉妬してるというのに、お前ら一切お構いなしでイチャついてんだ。 俺が拗ねて当然だろ。 こんちくしょう >>
作者は肩を震わせながら、どこかの道端でうずくまるように見えた。
けれど俺もミオも、正直もうこの茶々には慣れてきた。
「ねえユウタくん、あまりに邪魔するなら……そろそろ言っちゃえば?」
「だよな。 俺だって我慢の限界だ」
俺はうんざりした表情で作者に向き直る。
「おい作者さん、悪いけどそろそろ黙ってくれ。 俺たちの仲を邪魔するのはやめろ。 自分が羨ましいからって、嫉妬すんな!」
「そうだよ。 うるさい、この昭和臭い老害作者! くやしかったら自分で彼女作ればいいじゃない!」
ミオまでとうとうぶち切れる。
作者は口をパクパクさせて何か言おうとしているようだけど、言葉にならないみたいだ。
<< な、なんだよお前ら……急にそんな本気で怒んなくてもいいじゃんか…… >>
「本気になるよ。 だってプライベートに土足で踏み込まれてさ、揶揄ばっかりされたら腹立つだろ」
<< うう……わかったよ。 そんなに怒るなら、俺はもう帰ってハムスターの毛並みをブラッシングしてくるよ…… >>
暗いオーラをまとったまま、作者はふわりと浮き上がって、夜の闇に溶けるように消えていった。
「やっと静かになった……」
「うん。 なんだか悪い気もするけど、あれくらい言わなきゃ終わりがなかったよね」
「だよな。 さ、気を取り直してカラオケ行こうか。 ミオの歌を楽しみにしてるよ」
「うん。 ユウタくんもいっぱい歌ってね」
俺たちは作者の小言も忘れる勢いで、駅前のカラオケ店へ向かった。
そして帰り道、何事もなく家の近くまで辿り着く。
このまま別れ際に、少しだけいい雰囲気になりそうな瞬間――
<< おい、ちょっと待てって! ラストくらい俺にも出番をくれ! >>
「また出てきた!」
突然、街灯の下に作者がぬらりと姿を現す。
俺とミオはあきれ顔で見つめた。
<< 俺にも締めの言葉を言わせろ。 いくら邪魔者扱いされたって、物語を書くのは俺なんだからな。 最後くらいまとめさせてくれたっていいだろ? >>
「じゃあ、どうぞ。 早く締めてください」
<< くそ、なんだそのぞんざいな態度……まあいい。 えー、さてこの物語も無事にラブコメらしく幕が下りるわけだが、俺は結局彼女ができず、ハムスターだけが友だちだった。 そんな俺が一番羨ましいのは、お前らがまっすぐに想い合い、青春を謳歌してることだ。 それを邪魔したくなるほど悔しかったんだよ……でも今はもうお前らを応援してやってもいいと思ってる。 それぐらい、俺も大人だからな >>
「そ、そうなんだ。 それならよかったよ。 うん、ありがとう、作者さん」
<< ふん。 結局俺はこれからも独り身だけどな……ああ、そうだ、明日スーパーでハムスター用ペレット買わなきゃ。 じゃあな >>
そう呟いて、作者は最後にため息をつくように姿を消した。
「去り際までなんか寂しそうだったね……」
「そうだな。 だけど、きっと彼もそのうち頑張れば……って思うことにするよ」
「うん。 それじゃ、また明日学校でね」
「おう。 じゃあな。 気をつけて帰れよ」
ミオを見送った後、俺は家に向かって歩き出す。
作者に翻弄された数日だったけど、こういうドタバタも悪くはない……のかな。
いや、もうちょっと普通にラブコメしたい気もするが。
何にせよ、俺たちの青春は続いていく。
――なんだかんだ言っても、作者がうまくまとめてくれるだろう。
俺はそう信じつつ、次の日の学校でもミオと一緒に笑い合うつもりだ。