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AV男優の悲哀
俺の名前はシュウジ。いわゆるAV男優だ。
ここまで来る道のりは、正直いって自分でも想像以上に険しいものだった。
「そんなに女が好きなら、やってみればいいじゃない」
ある日、飲みの席で先輩に言われたひと言がきっかけだった。
俺は軽い気持ちでオーディションを受け、合格してしまった。
最初は浮かれた。
男として女優さんと親密になれる仕事なんて、夢みたいだと本気で思った。
それからいくつもの撮影現場を回る日々が始まった。
中でも最も苛酷だったのが、熱々の鉄板の上で正座して女優とプレーをするという「焼き土下座S○X お熱いのがお好き!?」だった。
朝早くからスタジオ入りし、熱せられた鉄板を見るなり、思わず目が泳いだ。だけど監督はすでに準備万端、逃げ道なんてない。
終わってみれば、俺の足は膝から下が酷い状態になっていて、皮膚の移植手術まで必要になった。
撮影が終わった翌日には包帯ぐるぐる巻きの足で寝込んでいた。
好きだけではやっていけない、とそのとき初めて実感した。
「お前、ホントにこれで続けていくつもりなのか」
見舞いに来た同期の男優が、呆れ半分、同情半分の声で言う。
「続けるさ。俺には夢があるから」
そう言いながら、うまく笑えなかった。
次の作品は怪しげなタイトルの「黄泉路に通じる霊界痴漢列車、逝く時はいっしょ」。
内容は不気味さを売りにしていた。
撮影後、やたら肩が重くてたまらない。
さらに、一緒に撮影した男優が消息を絶ったという噂まで聞こえてくる。
どうやら、霊界に連れていかれたんじゃないか、と冗談めかして囁かれたが、同じ現場にいた身としては洒落にならない。
「俺、最近肩が重いんだよな」
友人にそう漏らしたら、素人にはわからない背筋の凍るような顔をされた。
高所恐怖症なのに、スカイダイビングしながら絡むという「フライハイ、高度3000mのエクスタシー」は命の危険を感じるほどだった。
落下の恐怖と撮影のプレッシャーで、半ば意識が飛びかけた。
パラシュートを開くタイミングすら危うかった自分を見て、監督は笑っていた。
「面白い画が撮れた。いいリアクションだったぞ」
そんな言葉をかけられたが、怖すぎて震えるしかなかった。
さらに「AIロボ2体との痺れる3P」という妙ちきりんな企画にも参加させられた。
ロボットとの絡みなど前代未聞だ。
電気的にビリビリくるアクシデントが絶えず、
体はつねに緊張状態。終わったときには疲労感よりも虚無感が勝っていた。
それだけ凄まじい体験をしても、ギャラは安い。
交通費や事前の性病検査代を引けば、コンビニ弁当で暮らしていくのが精一杯だ。
俺には付き合っている彼女がいたけれど、当初はこの仕事を隠していた。
やがて、どうしても耐えきれなくなって正直に打ち明けたとき、彼女は泣きながら言った。
「お願いだから、もうやめて。そんな体を壊すようなこと」
俺は黙り込んだが、心の中では答えが出ていた。
やめない。続けたい。
そこにあるのは、女優と仲良くなりたいという下心だけじゃない。
俺にはある夢があった。
結局、俺は彼女と別れることになった。
声を荒げたわけでもなく、ただ静かに「別れよう」と言われてしまった。
両親にはいまだ仕事のことを言えずにいる。
電話をかけても、「そっちは元気なのか」と聞かれて曖昧に答えるだけだ。きっと心配しているのだろう。
ある日、撮影を一日に何本もこなし、最後の現場ではまったく体が動かなくなったことがある。
監督が苛立った様子で低く囁く。
「ほら、栄養ドリンクとサプリを飲め。無理なら例のやつに頼るんだ」
仕方なくドリンクを一気に飲み干してもまるで効かない。
そんなときは疑似の液体を使って何とか誤魔化した。
ふと、俺は自分が何のためにここまでやっているのか、わからなくなる。
新人が入ってきても、みんな現実を見てすぐに辞めていく。
想像以上に過酷な世界だ。
人気男優のしめけんみたいなトップのポジションを目指していても、あれほどの体力と精神力と人気を持つ人間はほんの一握りだ。
俺は焦るように日々をこなすしかない。
「今の現場で力をつけておかないと、夢をかなえるのは無理だろうな」
薄暗いスタジオでつぶやいた俺を見て、共演の男優仲間が首をすくめる。
「お前の夢って一体何なんだよ」
俺は答えず、適当にお茶を濁した。
実は俺はAV監督になりたかった。
トップ単体女優たちと出会いたいという気持ちもあるが、それよりも
「倒れるまで腰を振り続けろ! 24時間Tik○kバズりダンスSEX」とか「有刺鉄線電流爆破乱交」とか「湯けむり硫酸温泉、とろける体験」とか「世界最長寿729歳熟女との濃厚なひととき」とか「雪山遭難! イエティとの熱い一夜」とか俺がやらされてきたような、むちゃくちゃな企画を今度は俺が作り上げ、新人男優たちを同じ目に遭わせたい。
そして俺の嗜虐心を満たしたい。
言葉にしてみると、なんて馬鹿げた夢なのだろうとも思う。
けれど、この世界に入った以上、俺の心はいつの間にかそういう方面で膨らんでしまったのだ。
どんなに悲惨な撮影でも、生きている実感を得ようとしている自分がいる。
俺はもう後には引けない。やり切るしかない。
たとえ家族にも言えず、恋人にも見放されても、俺は俺の道を行くのだ。
そしていつか、ステージの裏側から「カット!」と高らかに声を上げ男優たちが苦悶の表情をしている姿を、夢見ている。