仲間無視で傲慢プレイしてたら転落死寸前。旅の民に拾われて仕切り直します
第1章 傲慢なる才覚の光と影
濃紺の空を裂くように稲光が走る。
その瞬間、ジュリウス・ラインフォードは剣を握る手に力を込めた。
傲慢な自信は胸の奥でさらに燃え上がり、周囲を睥睨する空気を醸し出す。
あらゆるものが自分の下にあるべきだ――そんな奢りすら感じさせるほど、彼の視線には揺るぎがなかった。
「首席合格だと聞いたが、さほど驚きはないな」
ギルド本部の広間で、灰色の髪を短く刈った男が書類を確認しながら言った。
背筋を伸ばしたまま立つ青年は、当然すぎるという顔つきでわずかに笑う。
「他の受験者があまりに凡庸だっただけでしょう。
俺が少し本気を出せば、誰も歯が立ちませんからね」
ジュリウスの口ぶりには、他人を小馬鹿にする傲慢さが凝縮されている。
横にいた女騎士が小さく息を吐く。
アストリッド・ロウレンス。
長い金髪を編み込み、洗練された鎧を身につけている姿は気品を感じさせるが、その銀色の瞳はジュリウスの態度にわずかな苛立ちを含んでいた。
「才能を鼻にかけ、周囲を軽んじる人が首席とは、評判通りね」
鋭い声に、ジュリウスは薄笑いを浮かべる。
「お前には理解しがたいだろうが、俺は名家で特別に育てられてきた。
その価値がわからないなら黙っていろ」
まるで主人と家来のような物言いだった。
穏やかな青年が、居心地悪そうに二人の間に立った。
「ええと、試験の合格おめでとうございます。
僕はノア・ディアスといいます」
ローブの胸元をつまんで軽くお辞儀する仕草も、ジュリウスの傲慢な雰囲気の前では霞んでしまうようだった。
「治癒魔法の実技試験でご一緒でしたよね。
あまりにも早い詠唱だったので、驚かされました」
その言葉に、ジュリウスは「当然だ」とばかりに鼻を鳴らす。
「実技試験なら百人いたって敵じゃない。
だいたい、どいつもこいつも呪文が長すぎる。
俺から見れば怠慢にしか思えないね」
さらに奥で退屈そうに待っていた少女がツインテールを揺らして近づく。
エヴリン・ローズウッド。
ぱっちりした瞳でジュリウスを上から下まで値踏みするように眺めた。
「首席さんってどんな化け物かと思えば、意外と普通の体格ね。
本当に剣も魔法もできるの?」
挑発めいた問いかけにもジュリウスはすぐに応じる。
「疑うなら好きにすればいい。
今に証明してやるさ。
俺の力を目にすれば、ひれ伏すしかなくなるだろうが」
わざと大きくマントを翻す姿には、自信過剰という言葉では足りないほどの気迫が宿っていた。
そのやり取りを見届けた支部長、ガーランド・ヴァンスは静かに書類を机に置く。
「確かに、お前の腕は申し分ない。
だが性格には問題があるぞ」
重みのある声にも、ジュリウスはあからさまに退屈そうな目を向ける。
「あいにく俺の性格を変える必要なんて感じませんね。
名家ラインフォードのやり方を押し通せば、すべてうまくいくので」
その自信満々な物言いに、ガーランドは視線を鋭くさせた。
「仲間と連携してこそ成り立つのがギルドの仕事だ。
お前の態度では軋轢が生まれかねん」
「結果を出せば文句はないはずでしょう。
実力の劣る者が足手まといにならないよう管理するのも、俺の才能のうちです」
周囲の視線には戸惑いや反発が混じるが、ジュリウスは意に介さない。
エヴリンが投げやりに言った。
「まあ本人が強いならいいわ。
私には関係ないけど」
アストリッドがそれにかぶせる。
「関係ない、と目をそむけてはいけない。
ギルドに所属すれば互いに支え合わなければならない時が来る」
ノアは二人の間でおろおろと首を振る。
「ま、まあ落ち着いて。
ほら、せっかく試験に合格したばかりなんだし…」
そんなやり取りをどこ吹く風と眺めながら、ジュリウスはまるで自分が既に頂点に立ったかのような立ち居振る舞いを続ける。
首席合格者にはギルド側からも優先して仕事を選ぶ権限がある。
それを知っているからこそ、彼はさらに鼻が高い。
「早速だが、俺に相応しい依頼を出してくれないか。
雑魚相手の仕事などやりたくないが、まあ肩慣らしにはなるかもしれない」
彼の一言にガーランドは苦い顔をして、いくつかの依頼書を取り出した。
「近隣の村で魔物が暴れている。
すでに他の冒険者が派遣されたが、まだ解決していない案件だ。
ここに行ってみるといい」
ジュリウスは書類をちらりと見て鼻を鳴らす。
「村の魔物だろうと何だろうと同じことだ。
俺が動けば一掃できる。
それで周りも黙るだろうさ」
その横でエヴリンは「あーあ」と呆れたように眉を下げる。
「逆に私たちが黙らされる展開にならなきゃいいけど」
ジュリウスは彼女を見向きもせず、判を押し終えた用紙を乱雑に机に置いた。
「俺の強さが理解できないなら、それはお前の不勉強というだけだ」
ノアが横から慌てて声をかける。
「ぼ、僕も一緒に行きます。
回復役がいないと危険かもしれないし…」
ジュリウスは鼻で笑うように言う。
「当然だ。
俺が傷を負う場面など想像できないが、一応備えはしておいたほうがいいだろうからな」
ノアは困惑気味に笑うしかなかった。
アストリッドは腕を組んでジュリウスをじっと見据える。
「私も行く。
行かずに放っておけない」
ジュリウスはわざとらしくため息をつきながら、その金髪の女騎士を一瞥した。
「まあいい。
誰がいようと、俺の足を引っ張らなければ構わない」
「お前も同行だ」
ガーランドがエヴリンを呼び止める。
「弓の腕は相当だと聞く。
後衛が多いほうがいいだろう」
エヴリンは肩をすくめて渋々頷いた。
「仕方ないわね。
この鼻持ちならない首席様に付き合うとしますか」
こうして、ジュリウスを中心とした妙に温度差のあるパーティが結成された。
だが本人は他人の不満や懸念をまるで聞いていない。
「明朝出発だ。
村に着いたら住民の話をちゃんと――」
ガーランドの言葉を最後まで聞かずに、ジュリウスは踵を返す。
「俺がどう動こうと勝手だろう。
明日には村の魔物も片付いているさ」
その勝手極まりない発言にアストリッドが一瞬眉をひそめるが、無視して出ていくジュリウスを止められなかった。
翌朝の馬車の中でも、ジュリウスの独壇場は続く。
ノアが「村に着いたらまず状況を…」と提案しようとすると、
「魔物など叩き潰せば済む話だ。
弱い連中は黙ってついてこい」
と言い放ち、再び会話を強制的に打ち切った。
アストリッドは険しい顔で前を向き、「思い上がりが過ぎる」と低く言う。
だがジュリウスは満足げにマントを揺らし、「お前らが凡人なのは仕方ない」とまで口走った。
エヴリンは荷台で弓を抱えながら「やれやれ…」とため息をつく。
「少しは聞く耳を持てないのかしら。
もし本気で困る状況になったら知らないわよ」
ジュリウスは鼻で笑う。
「俺が困る状況などあり得ない。
せいぜい後ろで見てろ」
やがて村に着くと、荒れた畑や崩れた柵が散乱していた。
住民たちは厳しい表情でパーティを迎えるが、ジュリウスは「時間の無駄だ」と言わんばかりに挨拶すら省略する。
アストリッドは住民から詳しい被害を聞こうとするが、ジュリウスはまるで耳を貸さない。
「森に巣食っている連中を全部引きずり出し、一網打尽にするだけだ。
ほら、行くぞ」
ノアが慌てて杖を握り、エヴリンが「勝手すぎるわね」と漏らしながら後を追う。
鬱蒼と茂る森の入り口付近で風が不穏にざわめき、鳥の鳴き声が途切れた。
遠くで重苦しい咆哮がこだますると、アストリッドは険しい顔になる。
「ただの魔物ではなさそうだ」
ジュリウスは逆に笑みを深める。
「好都合だ。
さらに俺の名が轟くというものだろう」
森の暗い樹間から再び響く轟音は、獣の威圧感を肌で感じさせる。
ノアとエヴリンの視線に不安が広がるが、ジュリウスは落ち着き払った足取りで先へ進む。
どんな魔物であれ、自分が最強であることに変わりはない――という確信が、彼の瞳に燃え盛っていた。
地面を揺らす新たな震動が走る。
「ここまでくれば、奴らも逃げ道はないだろう」
ジュリウスは剣を握り締め、どこか獰猛な笑みを浮かべる。
周囲に漂う殺気をむしろ歓喜に変えるように、金の装飾が施されたマントを誇示するように翻した。
自分こそが絶対、まるでそう言わんばかりの王者の姿で――彼は森の奥へと歩みを進めていく。
第2章 力への過信〜破綻の序曲
森の薄暗い小道を抜けると、視界が急に開けた。
地面はひび割れ、枯れかけた草がまばらに生い茂っている。
獰猛そうな魔物の唸り声が遠くから響き、血の臭いまで漂うようだった。
それでもジュリウス・ラインフォードは少しも臆することなく、むしろその荒涼とした光景に愉悦を感じていた。
「ここなら思う存分、暴れられそうだ。
あの村人たちも腰を抜かすだろうな」
深い青色の瞳には自信の色が濃く映っている。
アストリッド・ロウレンスが鋭い銀色の瞳で周囲を警戒しながら、低い声を投げかけた。
「一度は下見をすべきだ。
魔物の数も状況も把握しないまま突っ込むのは危険だぞ」
しかしジュリウスは眉一つ動かさず、短く鼻を鳴らした。
「俺の実力をもってすれば、どれだけ集まろうが関係ない。
敵が多いほどやりがいがあるというものだ」
その傲慢さは聞く者の心を逆撫でするほどで、アストリッドは密かに歯を食いしばる。
ノア・ディアスは杖を握りしめ、気まずそうに目を伏せた。
「魔物が群れを成しているなら、回復魔法だけじゃ追いつかないかもしれない。
少なくとも陣形を考えないと、僕たちも危ないよ」
「大袈裟だな。
俺が前に立って斬り伏せれば済む話だ。
お前は後ろで取りこぼしでも片付けておけ」
ジュリウスの一方的な指示に、ノアは言いたいことを飲み込むしかなかった。
エヴリン・ローズウッドはツインテールを揺らしながら、やや呆れた調子で舌打ちする。
「魔物の習性くらい調べてもいいのに。
この森、いろんな情報が出回ってたでしょ?
強い個体がリーダーになってる可能性だってある」
それでもジュリウスは片手で剣の柄を叩き、取り合おうとしない。
「強いリーダーがいるなら、それこそ格好の獲物だ。
俺の名をさらに高める好機じゃないか」
挑発というよりは純粋な自信に浸るような声音で、まるで危機感は感じられない。
アストリッドがかすかに息を吐いた。
「いつまで自分だけの力を信じて突っ走る気だ。
被害が増えれば、守るべきものも失われる」
「知ったことか。
守る守らないはお前の得意分野だろう。
俺は俺で、自分が勝利を掴むために動くだけだ」
彼女が鋭く目を光らせても、ジュリウスは悠然と歩き出す。
周囲には奇妙なほどの静寂が広がり、幾つかの影が茂みの奥で動いているのが見えた。
「来るぞ」
ノアが警戒の声を上げた瞬間、黒い獣の群れが土埃を舞い上げながら飛び出してくる。
それは大型犬に似た獣の魔物で、牙が異様に長く、目は血走っていた。
アストリッドが剣を構え、素早く防御態勢を取ろうとする。
エヴリンも矢をつがえて狙いを定める。
だがジュリウスは彼女らより早く、二刀流の構えを見せる。
「こんな雑魚をいちいち警戒する必要はない。
俺が一瞬で潰してやる」
彼は片方の剣に魔力を帯びさせ、高速詠唱で火の魔法を付与する。
瞬く間に赤い光が剣先を覆い、獣の魔物が一斉に唸り声を上げて突進してきた。
アストリッドが「囲まれないように動け」と指示を飛ばすが、ジュリウスは耳を貸さない。
むしろ一直線に敵のど真ん中へ飛び込み、火の刃を振るい始めた。
「これで終わりだ!」
自信満々の声とともに獣たちの前衛を切り裂く。
立て続けに数体が地面に倒れ込み、魔物の群れがひとまず後退する。
周囲に焦げ臭い臭いが立ち込め、ノアは杖を握る手に冷や汗を浮かべながら呟いた。
「さすがにあの剣技はすごいけど、今ので刺激したんじゃ…」
エヴリンも視線を遠くに走らせる。
「群れの奥に、もっと大きなのがいるみたいよ。
見たこともない獣…」
アストリッドが舌打ちし、急いでノアに声をかける。
「私が前に立つ。
あなたはジュリウスが危険に巻き込まれる前に回復の準備を」
しかし、当のジュリウスは「危険に巻き込まれる」という台詞を聞き咎めたかのように振り返る。
「余計なお世話だ。
どうせあの奥にいるのも同程度の獣だろう。
まとめて灰にしてやるさ」
その傲岸不遜な態度に、エヴリンがついに苛立ちを口にする。
「いい加減にしてよ。
あんたが暴走したせいで、こっちも危ない目に遭いかけてるのに」
ジュリウスは肩をすくめ、火の魔力をさらに剣に帯びさせて笑う。
「危ない目なんて大袈裟だ。
俺がいるのに被害を受けるとしたら、お前らの動きが遅いだけだろう」
きつい物言いにエヴリンのツインテールが揺れ、彼女は怒りを飲み込めず矢を番えたまま睨む。
「そんな口を利くなら、一度痛い目を見ればいいのに」
その直後、森の奥から異形の魔物が姿を現した。
先ほどの黒い獣よりも一回り大きく、縦に裂けたような口を持つ異様な存在だった。
ノアが顔色を変え、すぐに回復魔法の詠唱に入る。
「これまでの相手とは格が違いそうだ。
ジュリウス、本当に慎重に…」
「いいや、ここで引くわけがない。
俺が首席合格者だということを、その化け物に叩き込んでやる」
彼はアストリッドの制止を無視し、派手に跳躍して魔物の横腹に斬りかかった。
すると獣の魔物とは比べ物にならない硬い鱗が剣を弾き、逆に強烈な爪がジュリウスを襲う。
鋭い衝撃音とともに地面が抉れ、アストリッドが駆け寄ろうとするが、複数の小型魔物が邪魔をする。
エヴリンが次々と矢を放ってフォローしようとするも、ジュリウスは一瞬の硬直を見せたあと反撃に転じた。
「俺が、こんなところでやられるはずがあるか!」
歯を食いしばりながら魔力を込め、火の爆発で魔物の横腹を吹き飛ばす。
轟音と煙が辺りを覆い、ノアが息を呑む。
「すごい威力だ…でも危なすぎる」
アストリッドが剣を握りしめ、煙の中に突っ込もうとする。
その時、ジュリウスの声が響いた。
「お前らの手出しは要らない!
これは俺が勝たなきゃ意味がないんだ」
煙の隙間から、深手を負った魔物が吠える。
ジュリウスも軽い裂傷を負っているが、まったく意に介さない表情で魔力を再び練り上げた。
ただ、その呼吸が微妙に乱れているのをアストリッドは見逃さなかった。
「ここまで傷を負いながら……」
彼女が食い止めに入ろうとするも、ジュリウスは最終打撃を放ちにかかる。
ノアは慌てて「頼むから少し下がって」と叫ぶが、ジュリウスは聞こえないふりをして二刀を振り下ろす。
渾身の火の魔力を帯びた刃が魔物の皮膚を抉り、凄まじい衝撃波が周囲の樹木をなぎ倒した。
魔物は絶叫のような咆哮を上げ、ついに力尽きる。
凶暴な存在を打ち破った達成感からか、ジュリウスは荒い呼吸を整えつつ満足げに笑う。
「見たか。
お前たちが苦戦すると決めつけていた相手を、俺はこれほど容易く倒せる」
彼の胸は血に濡れているが、本人はまるで勝利の勲章でもあるかのように誇示する。
ただノアの回復魔法がなければ、彼は確実にもっと深刻な傷を負っていただろう。
エヴリンが呆れたように舌打ちしながら言葉を吐き出す。
「勝ったのは認める。
でも無茶苦茶よ。
あんたが一人で暴れたせいで、私たちも巻き込まれかけたんだから」
ジュリウスは薄い笑みを浮かべたまま、刃についた魔物の血を振り落とす。
「俺が確実に勝つとわかっていたからこそ、あの程度で終わったんだ。
弱い者ほど口出しが多いな」
エヴリンの眉が跳ね上がり、アストリッドも唇を噛む。
ノアは回復呪文でジュリウスの裂傷を塞ぎながら、小さく溜め息をつく。
「どうにか大きなケガは避けられたけど、もう少し協力できなかったの?」
ジュリウスは鼻で笑い、剣を鞘に収める。
「余計な連携なんか必要ない。
むしろ俺の邪魔をしないように動けばいいんだ」
やがて森の魔物が落ち着いたと判断し、パーティは一旦村へ戻ることになった。
農道を進む途中で、エヴリンが苛立ちを隠せないまま声を張り上げる。
「これ以上、一緒にやってられないわ。
あんたのせいで次に何が起きるかわかったもんじゃない」
ジュリウスは軽く眉をひそめ、「好きにすればいい」と返す。
彼女は「本当にそうするからね」と啖呵を切って先に歩き出し、ノアが慌てて後を追いかけた。
アストリッドは複雑な表情で二人を見送り、肩の力を抜くように深呼吸する。
ジュリウスはどこ吹く風だ。
村に戻ると、討伐を終えたという報告を聞いたガーランドから次なる依頼の情報が伝えられる。
「かなり手こずる難度の高いクエストが舞い込んでな。
本来なら経験豊富な者たちを派遣するべきだが、適任者が足りない」
ガーランドの声には苦渋が混ざっていたが、ジュリウスはすぐに応じる。
「まさに俺にぴったりじゃないか。
大物ほど俺の力量を示す好機になる」
支部長の表情には疑問が滲むが、ジュリウスの決心は揺るがない。
アストリッドが険しい面持ちで「お前はどう考えている」と問いかけると、ジュリウスは悠然と笑みを浮かべる。
「俺の評価を高めるには絶好の依頼だろう。
嫌なら降りてもらって構わない。
俺一人でもどうにかなるさ」
その姿はますます傲慢に映り、周囲から不安の囁きが増していく。
村人たちもあまりの独善ぶりにやや引き気味だ。
だがジュリウスは満足げにマントを揺らし、視線を遠くに向けたまま準備を進めようとしていた。
アストリッドはわずかに目を伏せ、言葉を飲み込む。
ノアとエヴリンは、もう彼のそばを離れたいという思いを持ち始めている。
それでもジュリウスは、自分だけを信じていれば勝利は揺るがないと確信しているようだった。
森の消え残った瘴気が肌に張り付き、あちこちに焦げた跡や破損した場所が散見される。
それはまるで、ジュリウスの戦い方そのものを象徴しているように見えた。
パーティは分裂寸前のまま、次なる戦いに向かって進まざるを得ない。
第3章 転落への序章〜傲慢の代償
冷たい風が吹き荒れる雪山への道は、まさに白銀の世界だった。
吹雪にかき消されそうな視界の中、ジュリウス・ラインフォードは先頭を歩くことを頑として譲らない。
「こんな風雪、俺の進軍を阻むには足りない。
ついて来られないなら置いていくまでだ」
高い場所から見下すような態度に、アストリッド・ロウレンスの銀色の瞳がわずかに光を増す。
彼女はこれまで何度となく苦言を呈してきたが、ジュリウスに聞く耳はない。
「ここは気温も低く、魔力の制御が難しくなる。
雪崩の危険だってある」
アストリッドが淡々と助言しても、ジュリウスは口角を上げただけだった。
「気温と魔力の話か。
くだらないな。
俺ならどんな地形でも、ひと振りで切り開いてみせる」
ノア・ディアスは吹雪に飛ばされそうなローブを押さえ込み、消え入りそうな声で言葉を継ぐ。
「雪山での魔物は特別な耐性を持つことが多い。
回復魔法だって瞬時に凍りつく恐れがあるんだ。
だから一度、拠点を整えるべきじゃ…」
ジュリウスは苛立ちを隠さず、雪を蹴散らすように進んでいく。
「俺がここで立ち止まるなんて笑い話だ。
強者にとって環境など言い訳にしかならない」
エヴリン・ローズウッドはツインテールを凍てつかせる冷気に頬を赤くしながらも、矢筒をしっかり抱えている。
「言い訳でも何でもいいから、ちょっとは私たちの都合も考えてよ。
このまま進むなら、それなりの覚悟が要るわ」
彼女の警告は真っ当なものだが、ジュリウスは鼻を鳴らす。
「覚悟ならとっくにできている。
俺を見くびるからお前たちは不安になるんだ」
足場の悪い斜面を乗り越えると、遠くの崖下から巨大な咆哮が聞こえた。
荒れ狂う雪煙の中、怪しげな影がうごめいているのが見える。
アストリッドが剣を握り、ノアが杖を構え、エヴリンは険しい表情で弓を持ち替えた。
だがジュリウスはその警戒態勢を嘲笑うように、いつもの強気な調子を崩さない。
「一匹や二匹、どんな化け物が潜んでいようと同じことだ。
この白銀の山道も、俺が通るための踏み台にすぎない」
彼は視線の先に巨大な魔物のシルエットを捉えた。
毛並みは白く、鋭利な角を持つ雪獣の群れが吠え声を上げている。
特に一際大きな個体が斜面を踏みしめ、こちらに狙いを定めたようだった。
ノアがすぐさま呪文を詠唱しようとするが、ジュリウスが手で制止する。
「余計な援護を出すな。
俺が先陣を切って蹴散らす」
エヴリンは青ざめた顔で口を開く。
「相手は雪山に適応した厄介な魔物よ。
下手に火の魔法を使えば、吹雪でうまく広がらないかもしれない」
ジュリウスは自信たっぷりにマントをはためかせた。
「一度や二度、火の魔力が届きにくいからといって俺が退くと思うか。
魔力の使い方など、頭の良い奴ならいくらでも工夫できる」
アストリッドが斜面の上で冷たい風に長い金髪を揺らしながら、険しい声を上げる。
「さっきから周囲が崩れやすい。
何度も警告しているはずだ」
しかし、ジュリウスは聞こうとしない。
「崩れる前に魔物を倒せば済む話だ。
お前はそのへんで震えていればいい」
その瞬間、雪を踏みしめていた一際大きな雪獣が低く身構え、突進を開始した。
ジュリウスは「いいだろう、受けてやる」とばかりに剣を抜き、真っ正面から迎え撃つ構えを取る。
ノアは必死に回復魔法の詠唱を始め、エヴリンが矢を番えて援護射撃の態勢を取った。
ところがジュリウスは「俺の邪魔をするな」と、わざと射線に割り込んでしまう。
エヴリンは弓を引くタイミングを逃し、苛立ちをあらわにする。
雪獣が凶暴な唸り声をあげ、その衝撃で足元の雪が舞い上がる。
白い視界の中でジュリウスは火の魔力を帯びさせた二刀を振りかざし、一気に斬り込もうとする。
しかし足場が突然崩れ、彼の体が不自然にバランスを失った。
吹雪が強まり、炎の威力も半減する。
加えて雪獣の剛腕が横から叩きつけられ、ジュリウスは反応が遅れた。
アストリッドが「やはり!」と叫んで駆け寄ろうとするが、突進してくる別の雪獣が行く手を塞ぐ。
ノアも回復魔法を間に合わせようとするが、ジュリウスの位置が大きく斜面側にずれてしまい、狙いを定めにくい。
エヴリンが必死に矢を放ち、雪獣の動きを止めようとするが、多勢に無勢。
慣れない雪山の地形と猛吹雪が重なり、パーティ全体が思うように動けない状況に陥った。
「ちっ、こんなところで!」
ジュリウスは唇を噛み、必死に体勢を立て直そうとする。
だが雪獣の乱打を受けた衝撃で崖際まで吹き飛ばされ、足元の氷が一気に崩れ落ちる。
彼は片手だけで剣を支点にしがみつくが、下には深い渓谷が口を開けていた。
耳をつんざくような吹雪と魔物の吠え声が入り混じり、エヴリンの声もかき消される。
ノアが慌てて杖をこちらに向け、治癒魔法の準備をするが、雪獣が迫ってくる圧力に耐えきれず、位置を変えざるを得ない。
「どうしてこんな危険な態勢になったのか…」
ノアは顔を歪めるが、アストリッドが剣を抜き直す。
「何とかジュリウスを救わないと…」
そう言いかけた瞬間、雪獣が豪快な一撃を放ち、ジュリウスが剣を刺していた氷面が完全に割れた。
「くっ…俺がこんな…」
彼は唇を強く噛み、視界が急に上下逆転する感覚に襲われる。
崖際で支えを失い、白い嵐の中へ滑り落ちていく。
アストリッドは必死に手を伸ばし、エヴリンも悲鳴を上げながら矢を無意味に放つ。
ノアは治癒魔法の詠唱を叫び続けるが、届かない。
吹雪の轟音とともにジュリウスの身体が崖下へ転がり落ち、やがて姿が見えなくなる。
雪獣の唸り声を背に、アストリッドたちは撤退を余儀なくされた。
彼らはここで戦い続ければ同じように崖下へ落とされる。
そう判断せざるを得なかったからだ。
「ジュリウスが、あんな形で…」
エヴリンの声は震えている。
ノアは答えを出せないまま、降りしきる雪と怒号のような風を睨んでいた。
アストリッドはこみ上げる苛立ちを抑えきれず、剣の柄を強く握りしめる。
そこには傲岸不遜だったはずの男の姿など、もはや見当たらない。
彼が深い谷底でどうなったのかはわからない。
パーティは魔物の追撃を振り切るだけで精一杯だった。
崖上に吹き荒れる吹雪は容赦なく、足元を狂わせていく。
視界の端に、不吉な影が揺れる。
白銀の山道は静かではない。
雪獣たちの咆哮が、とどめを刺すように轟いた。
第4章 自分ざまぁの底から〜悔恨と贖罪
荒涼とした崖下の吹雪は、容赦なく積もり続けていた。
ジュリウス・ラインフォードは深い雪の中で意識を失っていたが、偶然通りかかった旅の民に救われ、近くの集落へと運ばれた。
そこは山間にひっそりと建つ小さな村で、吹雪の被害が少ない地形を頼りに生計を立てる者たちが暮らしている。
村の長老の家とおぼしき木造の建物で、ジュリウスは粗末な寝台に横たわっていた。
周囲を取り囲むのは暖炉のかすかな火と、雑多な薬草の匂い。
頬にはまだ冷気の名残があり、胸や腕、足に痛みが走るたび、傷の深さを思い知らされる。
「生きているのが奇跡と言っていい」
そう呟いたのは、旅の民を名乗る男だった。
彼は褐色の肌に独特の布をまとい、慣れた手つきでジュリウスの包帯を取り替えている。
「崖下で見つけた時は、もう駄目かと思った」
男の穏やかな声には、不思議な温かみがあった。
ジュリウスは体を起こそうと試みたが、鋭い痛みに耐えきれず歯を食いしばる。
「おとなしくしていろ」
男はたしなめるように言い、薬草の湿布を軽く押さえた。
「少なくとも数日は安静にしていなきゃ動けない」
ジュリウスは鼻を鳴らそうとしたが、うまくいかない。
自分の体がこんなにも言うことを聞かないなんて屈辱的だった。
数時間ほど寝台で横たわっていると、村人らしき老女が薬湯を運んできた。
彼女は優しく微笑み、ジュリウスの唇に湯を含ませるように匙を運ぶ。
唇に触れる熱い薬湯は、体の芯を少しずつ温めるようだった。
しかし彼の内心は不快でしかない。
傲慢に振る舞っていた自分が、こんな見知らぬ者たちの世話になるなど。
翌日、外の吹雪がようやく収まった時分、旅の民の男がまたやってきた。
「村の者たちは、随分前からあんたの話をしている。
名家の出らしいが、何やら評判が芳しくないそうだ」
その一言に、ジュリウスは眉をひそめる。
「俺の名を知っているのか」
男は肩をすくめ、荒れた指で彼の髪をかき上げてやる。
「ラインフォードの家名は、あちこちで耳にするさ。
だが聞く話では、あまり好かれていないらしい」
ジュリウスは無言のまま天井を見つめた。
ここまで全身を痛めつけられ、崖から転落し、それでも生き延びた。
なのに仲間や周囲は誰一人として助けに来ない。
それがまるで当然だとでも言わんばかりに、この村の人々は淡々と彼を世話している。
やがて薄暗い記憶の底で、雪山の崖際でアストリッドやノア、エヴリンの姿が遠ざかっていく光景が蘇った。
「どうして、誰も俺を助けに来なかった」
ぼそりと呟くと、男はしばし黙った。
それから少し困ったように笑みを浮かべる。
「救おうにも、危険が大きすぎたんだろう。
あんたの仲間も無茶をすれば崖下に落ちかねない状況だったらしい」
ジュリウスは黙って受け流そうとしたが、胸の奥にかすかな痛みが宿る。
翌日から、彼は村人や旅の民から様々な噂を耳にした。
気位ばかり高く、仲間を顧みない冒険者がいるという話や、エイレア大陸でも独り善がりの者は恨みを買うという話。
彼らにはジュリウスを責め立てるような意図はないのだろう。
しかし、その何気ない言葉の全てが胸に突き刺さる。
「俺のせいで、周囲がどんな目にあっていたのか」
頑なに認めようとしなかった自分の過ちが、ここまでに膨れ上がっていたのかもしれない。
いつもなら「関係ない」と一蹴していただろうが、今の体では何もできない。
悔しさと自己嫌悪が入り混じり、静かに唇を噛んだ。
三日目の朝、やや身動きが取れるようになったジュリウスは、旅の民の男に自分で包帯を巻こうと申し出た。
男は少し驚いた顔をするが、やがて笑う。
「気力が戻ってきたようだな」
ジュリウスは「当たり前だ」と言いかけて、喉に言葉を詰まらせた。
どこか、今までのように大言壮語ができなくなっている自分に戸惑いを覚える。
夕方になると、村の老女がまた薬湯を運んできた。
ジュリウスは少し遠慮するように、静かに椀を受け取る。
その様子を見て老女は笑みをこぼす。
「少しは力が出たかい。
あんた、随分と頑固な目をしているが、人を寄せつけないほどではないね」
そう言われても彼は答えられず、両手で椀を包んだまま視線を落とす。
この小さな村の人々は、ジュリウスの素性を分かった上で世話をする。
名家であろうと、それがどうした、という表情ばかりだった。
ただ命を救うことを当然だと捉えているに過ぎない。
彼はその純粋さに、初めて罪悪感のようなものを感じ始めた。
四日目、ようやく上半身を起こして歩く練習を試みるが、足に激痛が走り思うように進めない。
壁につかまってよろめいたところを、旅の民の男が支えてくれた。
「人に頼るなんて癪かもしれないが、今は耐えろ。
自分を守る術がない時ほど、他者の手が必要になるものだ」
ジュリウスは思わず舌打ちしそうになったが、言い返す言葉が見つからない。
それからさらに数日が過ぎ、ジュリウスは立てる程度には回復した。
村人たちや旅の民が手を貸してくれたおかげで、傷もだいぶ癒えている。
だが、それ以上に変化したのは彼の心だった。
この村で聞かされた自分の評判や、誰も救助に来ない現実が、彼に小さな疑問と後悔をもたらしている。
「本当に、俺は仲間を見下してばかりだったのか。
そうかもしれないな…」
寝台の上で呟くと、冷たい床板の感触がやけに鮮明に伝わる。
過去の言動を思い返すたび、胸が重くなった。
数日後、歩けるようになったジュリウスは、旅の民の男に送られて村の外れへ出る。
そこから先は雪が解け始めた細道が続き、街道へと繋がっているらしい。
男は最後に言葉を掛ける。
「仲間がどう思っているかは知らないが、あんたが戻りたいなら、戻ればいい。
もう一度会いたい相手がいるなら、そうするべきだ」
ジュリウスは黙ったままうつむく。
顔を上げると、男は笑みを湛えて見送る。
そして村人たちが手を振る姿も見える。
彼は何とも言えない感情を抱えながら、ゆっくりと足を踏み出す。
かつてのような強気な姿勢はなかったが、少なくとも自分の過ちに目を背けない決意だけは感じられる。
村から離れる道すがら、心の中に「誰も助けに来なかった」という現実が渦巻いていた。
これが自業自得なのかもしれないと、ほんの少しだけ思い始める。
自分が積み上げてきた傲慢が、こんな形で返ってくるとは。
しかし、まだ終わりではない。
そして、逃げ出すわけにもいかない。
ジュリウスは独りきりの帰路を歩きながら、痛む足に耐えつつも前へ進んだ。
ここで立ち止まっていては何も変わらない。
ようやくそう思えるだけの力が、今の彼には残っていた。
第5章 再起の誓い〜仲間と掴む栄光
ギルドの奥まった部屋で、ガーランド・ヴァンスは大きな溜め息をつきながら書類を眺めていた。
その資料には“白銀の山道”を再度踏破するための作戦案が記されており、豪雪地帯に巣食う魔獣たちの危険度が徹底的に報告されている。
奥地に潜む最強の魔物、“氷狼王”の脅威を放置すれば被害は拡大する一方だ。
扉が開き、アストリッド・ロウレンスが無言で入ってきた。
鋭い銀色の瞳は緊張の色を宿し、背丈の低い体躯ながら凛とした雰囲気を醸す。
ノア・ディアスとエヴリン・ローズウッドも続いて姿を見せるが、どこか気まずそうに視線を交わし合う。
そして、その三人の後ろからジュリウス・ラインフォードが入ってきた。
先にガーランドが口を開く。
「お前たちが並んでここに来るとは思わなかった。
あの“白銀の山道”で、あれほどの惨事が起きたというのに」
ノアは杖を握りつつ視線を落とす。
「正直、まだ彼を許せていない部分もあります。
でも……」
と口ごもる彼の言葉を継ぐように、エヴリンがそっぽを向きながら続けた。
「でも、またあの雪山に行くなら、一人よりはマシかなってだけ。
勝手に突っ走られたら今度こそ取り返しがつかないし」
アストリッドは居心地悪そうに少し下を向く。
「私も、あなたには散々振り回された。
それでも戻ってきたのなら、話を聞かないわけにはいかない」
鋭い銀色の瞳が、まるで真意を探るようにジュリウスを射抜く。
一方でジュリウスは、マントを握る手にわずかな力を込めていた。
「……俺が崖から落ちてから、どれだけ探してくれたのかは知らない。
だが、結果的に誰も来なかったのは事実だ」
ノアが申し訳なさそうに「あれは……」と呟くと、ジュリウスはそれを遮るように声を続けた。
「いい。
俺の過去の振る舞いを考えれば当然とも言える。
だからこそ、今度の再攻略に俺を加えてくれ。
手前勝手なのはわかっている」
エヴリンが苛立ちを隠せない顔で矢筒を握りしめる。
「また『手柄は全部俺のものだ』なんて言い出すんじゃないでしょうね」
ジュリウスはわずかに唇を曲げるが、以前のように鼻で笑ったりはしなかった。
「そこまで愚かじゃない。
ただ、誤解しないでくれ。
俺は別人になったつもりはないし、他人を頼ることに慣れたわけでもない。
でも、崖下で死にかけて、少しは俺なりに考えたんだ」
ノアが困惑した表情で言葉を返す。
「どう変わったかなんて、すぐわかることじゃないよ。
けれど……戻ってきたのは事実だし、僕たちも氷狼王を放ってはおけない」
エヴリンは一度ツインテールを揺らし、ジュリウスの深い青色の瞳をにらむように見る。
「あなたには痛い目に遭わされたこと、忘れたわけじゃないから。
失敗したら、次は本当に縁を切るわよ」
それでも、三人がこうして顔を合わせているのは、ガーランドの後押しも大きかった。
支部長は書類を閉じ、じろりとジュリウスを見下ろす。
「お前には“最後通牒”を突きつけた覚えがある。
ここで結果を出さなければ追放だと。
……それでもやるのか」
ジュリウスは真っすぐガーランドを見返す。
「今回の作戦、成功のためには俺の力が必要になる。
だが今度こそ、仲間を見捨てない形でやってみせる」
アストリッドが小さく息を吐く。
「あなたの傲慢さが消えたわけじゃないのはわかる。
でも、せめて私たちの意見にも耳を貸してほしい。
雪山は想像以上に厄介だし、あの氷狼王は並の魔物とは桁が違う」
ジュリウスは頷く。
「自分のやり方を捨てるつもりはない。
だが、全員が協力することが必要だと認めるくらいの頭はある」
エヴリンが軽く舌打ちしながらも、「本当にそうならいいけど」と呟く。
ノアは複雑そうに眉を下げ、「少しでも守り合える形にしないと、また誰かが犠牲になる」と続ける。
そして、アストリッドが静かに決意を示した。
「わかった。
なら、今度は私たちもあなたを守るし、あなたも私たちを守って。
それが本当の意味での“パーティ”の形だから」
ジュリウスは軽く息を吐き、マントの襟を直す。
「誰に指図されるのも好きじゃないが、今回は頭ごなしに否定はしない。
それが俺なりの答えだ」
こうして、四人は再び“白銀の山道”へ向かう準備を始めた。
ギルドの倉庫で物資を確認する際、ノアが控えめにジュリウスへ話しかける。
「本当に、向こうでは冷静に動ける?
僕も回復に集中したいから、無理な攻撃はやめてほしいんだけど」
ジュリウスは明確な返事をせず、「状況を見て判断する」とだけ言い残す。
その曖昧さにノアは顔を曇らせるが、アストリッドが「あなたはあの時よりも落ち着いて」と声をかけ、場をやわらげた。
エヴリンは矢の点検をしながらも、ジュリウスの挙動を監視している。
「あなたがまた独断で突っ込んだら、今度は弓を射るのをためらわないかも」
ジュリウスはわずかに笑みを浮かべる。
「その時は、俺も振り返ってお前に狙いをつけるかもしれないぞ」
エヴリンは呆れたように「やっぱり性格は変わってないわね」と嘆息するが、その目にほんの少しだけ信頼の色が混じる。
そして、雪山の奥地へと足を進める日が来た。
アストリッドの陣形指揮、ノアの回復魔法、エヴリンの遠距離支援。
ジュリウスは以前なら一人で突き進むところを、今回は周囲の動きを注視しながら走る。
あくまで傲慢な口ぶりは捨てないが、魔物が襲いかかろうとすると「そっちに行ったぞ」と声をかけ、エヴリンの弓が通りやすい位置へ大ぶりの剣を振る。
ノアが回復魔法を詠唱しているときも、敵が近づけば素早く横から斬り捨てる。
アストリッドが小声で「少しは協調している」と驚いたように呟く。
ジュリウスは「あくまで効率を考えているだけだ」とそっけなく言うが、余計な独断は起こさない。
そこに、かつての彼にはなかった変化がある。
やがて、最大の敵である“氷狼王”が姿を現した。
鋭い爪と牙、冷気をまとった体毛からは圧倒的な威圧感がほとばしる。
ノアが唇を震わせる。
「間違いなく、前とは比べ物にならない強さだよ」
アストリッドが剣を構え、「私が防御を引き受ける。
ノアは後ろで回復準備を」と指示を出す。
エヴリンは矢を番えて一瞬の隙を狙う。
ジュリウスは二刀を握りしめ、冷たい光を帯びた氷狼王を睨んだ。
一斉に攻撃を仕掛けても、氷狼王は嘲笑うかのように軽やかに回避し、雪煙を舞い上げる。
分厚い氷の甲羅のような毛並みを持ち、通常の魔法攻撃では傷もつかない。
ノアの回復魔法とアストリッドの聖なる護りがあっても、このままでは圧されるかもしれない。
その時、ジュリウスが鋭く叫ぶ。
「エヴリン、右後方から牽制してろ。
ノアは後衛を固めろ。
アストリッドは俺と前に出る!」
エヴリンが「あんたに指示されるなんて嫌だけど」と言いながらも、それに従う。
ノアも「わかった。
回復のタイミングを合わせる」と集中する。
アストリッドは黙って頷き、ジュリウスと並び立つ。
氷狼王が吠えると、ジュリウスは軽く二刀を振りかざし、意外にも小さな声で言う。
「一度痛みを知ったからこそ、もう同じ失敗は繰り返さない。
そして……結果を出すのは俺たちだ」
アストリッドは鋭い銀色の瞳に微かな光を宿す。
「わかった。
私もあなたを信じる……今回はね」
二刀流と騎士の剣技が同時に襲いかかる。
氷狼王の冷気で刃が鈍るが、ノアが補助魔法をかけてサポートする。
エヴリンの矢が横合いから何本も射られ、氷狼王の動きを封じる。
アストリッドが前衛で防御陣形を展開し、ジュリウスがその隙に真正面へ飛び込む。
「行くぞ!」
彼は短く叫び、以前から得意としていた高速詠唱を使って、二刀それぞれに異なる魔力を込めた。
一本には烈火の魔法、もう一本には切り裂く風の魔法。
過去のように“火”だけに固執せず、場の状況に合わせて別の属性を組み合わせている。
氷狼王が鋭い牙を突き立てようとする瞬間、ジュリウスはその首元へ同時に剣を叩き込んだ。
烈火の熱と、切り裂く風が重なり合い、氷の甲羅が砕けて氷狼王の背に深い傷が刻まれる。
咆哮があたりを震わせ、エヴリンの矢が連続で突き刺さる。
アストリッドの防御陣形が破られる寸前、ノアの回復魔法がタイミングよく届き、踏みとどまる。
そこでジュリウスは再び剣を構え直す。
「一気に決める。
アストリッド、体勢を立て直してくれ。
ノアは援護を。
エヴリン、矢を惜しむな!」
苛立ちを見せながらも、三人は彼の言葉に行動を合わせる。
これが以前との大きな違いだった。
ジュリウスにとっても、生まれて初めて“他人を動かす”という形で戦局を見ているのだ。
最後の斬撃を放つ刹那、氷狼王の冷たい眼光がジュリウスの青い瞳と交わる。
互いに一歩も引かない意地のぶつかり合い。
その直後、二刀が空を切り裂き、氷狼王の吼え声が急に途切れる。
エヴリンの矢が確実に急所を貫き、アストリッドの剣が守りを削いだ。
ジュリウスはとどめの一撃を躊躇なく叩き込む。
巨大な魔物が崩れ落ち、深い息の音が消えた。
ノアが安堵の表情で膝をつき、エヴリンが矢筒を下ろして荒い呼吸を整える。
アストリッドは剣を地面に突き刺して上体を支えながら、そっとジュリウスを見上げた。
「あなた……本当に、ここまで戦えるんだね。
一人じゃなくて、みんなと一緒に」
ジュリウスは汗を拭い、無言で二刀を鞘に収める。
しかし、その横顔にはわずかな達成感が宿っていた。
エヴリンが「あんた……」と声をかけようとして言葉を飲み込む。
ノアは微笑みながら、けれど少しだけ警戒を解かずにジュリウスを見つめる。
そんな中、氷狼王の討伐を成し遂げた四人は、ギルドへと凱旋する。
ガーランドが無骨な笑みを浮かべ、「お前たち、やり遂げたか」と一言だけ呟く。
ジュリウスはマントの土埃を払って言う。
「結果を出せば、文句はないんだったな」
ガーランドはニヤリとして、彼の肩を軽く叩く。
「たしかにそう言った。
よくやったな、ジュリウス」
アストリッドが苦笑を浮かべながら、「でも、あなたの態度はまだまだ油断できない」と呟くと、ジュリウスは小さく笑みを返す。
「お前らだって俺の指示が気に入らなかったはずだ。
次はもう少し上手くやれるかもな」
エヴリンがツインテールを揺らし、「ま、あんたが調子に乗りすぎないならいいけど」と肩をすくめる。
ノアは、そんな二人を見てほっとした様子で、「みんな、少しずつ歩み寄れそうだね」と安堵の息をつく。
そして、ガーランドが大きく頷く。
「これからも依頼は山ほどある。
だが、ひとまず今は休め。
それから……ジュリウス、もう二度と崖から落ちるんじゃないぞ」
ジュリウスは口元を歪めつつ、「そんな事態は自分で防ぐさ」と言い放つ。
エヴリンがニヤリと笑って言う。
「ったく、あなたって本当に素直じゃないんだから。
でも、今度は私を見下さないでよね」
ジュリウスは「知らん」と軽く応じて踵を返すが、その背中には以前とは違う落ち着きがある。
アストリッドやノアが目を見合わせ、小さく頷く。
そして、彼らはそれぞれの足でギルドの廊下を歩き出す。
何かが変わり始めたと感じながら。
傲岸不遜で憎まれ口の絶えないジュリウスは、完全に“いい人”になったわけではない。
だが、自分ひとりだけが強いのではなく、仲間を認め合うことで辿り着く“本当の強さ”を掴みかけている。
その気配を感じたからこそ、アストリッドもノアもエヴリンも、いま一度共に並ぶ道を選んだのだ。