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獣人だけど、月を見るとミジンコに変身してしまいます

「おいアルベルト、また宿の裏庭でぼーっとしてるのか。そんなところで何をしてるんだ。」
「レオンうるさいな。月なんて見ないようにしてるだけだよ。見ると厄介なことになるだろ。」
「厄介って……お前、本当に月を見たらミジンコに変身するのか?」
「そうなんだ。嘘じゃないぞ。俺はワーミジンコ獣人なんだってば。」
「ワーミジンコ獣人ってのは初めて聞いたが、変身したらどうなる? ちっこい水生生物になっちまうのか?」
「そうだ。しかも無力だ。だから夜はできるだけ出歩かないようにしてるんだ。」
「でも、この町には夜の魔物がうじゃうじゃいるだろ。変身してしまっても、どうやって生き延びるんだ?」
「見ないようにすればいいんだよ。ずっと下を向いて歩くとか、建物の影を使うとか。俺はそうやって何とかごまかしてきた。」
町の表通りから一歩奥まった裏路地に移動する。

「にしても、お前のそんな秘密、よく周りにバレずにいられるな。まあ俺は偶然見ちまっただけだが。」
「奇妙なやつだって噂されることはある。月夜にうろつかないから、ただの夜嫌いと思われてるだけさ。」
「いや、かなりレアだぞ。それにしてもここは物騒だな。最近、盗賊団が町外れに潜んでて、通行人を襲ってるって噂が絶えない。」
「俺だって気をつけてる。満月の日は特に注意しなきゃいけないからな。大丈夫、今日は半月だからまだ安全だ。」
夜風が冷えてきたので、二人は宿に戻ることにする。

「戻って一杯やるか。腹も減ったし。お前も宿屋で食っていくだろ?」
「もちろんだ。今夜は疲れたしゆっくりしたい。」
「じゃあ宿に入るか。店主がうまいシチューを煮込んでるって言ってたから楽しみだ。」
「いいな。俺はちょっと甘めのパンが好きなんだけど、あるといいんだけどな。」
暖炉のある宿の食堂に移動する。

「おお、暖かいな。さっそく店主にシチューとパンを頼もう。」
「店主さん、俺たちにシチューを二人分とパンを頼むよ。」
「はいはい。今日は良い肉が手に入ったから上等なシチューだ。あと甘いパンもあるぞ。」
「助かる。じゃあそれで。」
「ところでアルベルト、これからの旅の予定はどうなんだ?」
「実は明日、北の街道を経由して隣町まで行くつもりなんだ。薬の材料を仕入れたいからな。」
「じゃあ俺も付き合うよ。道中、また変な魔物が出るかもしれないしな。」
「ありがたい。俺一人だと心細いから助かる。」
店主がシチューとパンを運んできてくれる。

「お、来た来た。ありがとな、店主。」
「どういたしまして。ゆっくりしていってくれ。」
「いただきます。」
「……うん。うまいな。やっぱりここのシチューは最高だ。」
「甘いパンも風味があっていい感じだ。ああ、しみるな。これだけあれば元気が出る。」
「お前、さっきからおいしそうに食ってるけど、ワーミジンコ獣人だってことは味覚とか違ったりするのか?」
「そんなに違いはないけど、満月の夜に変身するときは感じ方が変わるかもしれない。正直、ミジンコになったら味なんてわからないけどな。」
「うわあ、想像できないな。月を見たら水槽に入れられちゃいそうだぞ。」
「だから見ないように気をつけてるんだよ。変な水瓶に落ちたら、そこで一生暮らすハメになる。」
食事を終えてから、二人は二階の部屋に戻って一休みする。

「さて、明日に備えて早めに寝るか。夜はまだあるけど、あんまりうろつくと月を見ちまうかもしれないし。」
「そうだな。じゃあ、おやすみ。」
「おやすみ。」
翌朝、まだ薄暗いうちに宿を出発し、北の街道を歩き始める。

「朝のうちは月も沈んでるから安心だな。こっちを急いで行けば、昼過ぎには隣町に着くだろう。」
「そうだ。途中に森があるけど、あそこに魔物が出るって噂があるから、気をつけよう。」
「お前もできるだけ目立たないようにしろよ。月を見る心配はないだろうが、今度は昼行性の魔物だ。」
「わかってる。俺だって戦えないわけじゃない。変身しても役に立たないだけさ。」
二人は森の手前で小川にかかる橋を渡る。

「なんか静かすぎるな。鳥の鳴き声もしないし、嫌な予感がする。」
「俺も感じる。魔物か、あるいは盗賊か。警戒して進むぞ。」
しばらく進むと、茂みの奥から野盗らしき男たちが姿を現す。

「よう兄ちゃんたち、こんな森の奥でどうした。金目のものがあるなら置いていきな。」
「でなければ痛い目を見せてやるぞ。」
「最悪だな。盗賊と鉢合わせか。」
「仕方ない。やるしかない。」
レオンが身構える。

「お前はどうする、アルベルト。月は出てないが、戦えるか?」
「もちろん。獣人の力は変身だけじゃない。見せてやるさ。」
「へえ、心強いね。じゃあ行くぞ!」
盗賊たちが突撃してくる。

「くらえ!」
「このっ!」
二人は巧みに連携して盗賊たちを迎え撃つ。アルベルトはその身体能力を生かして素早く相手の懐に飛び込み、レオンが後ろからサポートする。

「やるな、アルベルト。そっちの奴は片付いたか?」
「あと二人だ。そっちはどう?」
「こっちも一人倒した。残りは逃げようとしてるぞ。」
「追いかけるぞ。街道でこれ以上被害が出たら困るからな。」
二人は逃げる盗賊を追いかけて森の奥へ踏み込む。しばらくすると、頭目らしき大柄な男が木陰から姿を現す。

「そいつらの相手は俺がする。お前たちは先に行け!」
「なんだこいつ、でかいな。」
「油断するな。奴には何か武器があるようだ。」
男は巨大な斧を構えて、恐ろしい形相で突進してくる。

「食らえ、たわけども!」
「うわっ、強烈だな。でも当たらなければどうということはない!」
「アルベルト、隙をついて叩き込め!」
アルベルトは素早く男の懐に滑り込み、蹴りを入れて斧の軌道をずらす。レオンが背後から男の脚を狙い、切りつける。

「くそっ……こんな奴らに……」
「こっちも必死なんだよ!」
男は膝をつき、そのまま地面に倒れる。なんとか倒した二人は息を切らしながら見下ろす。

「やったな。これで一応森の安全は保たれたか。」
「でも念のため、町の衛兵に連絡しよう。このままほったらかしにはできない。」
「そうだな。じゃあ急いで隣町へ向かおう。」
二人は倒れた盗賊を残して急ぎ足で森を抜ける。

「ふう、これでしばらくは大丈夫だろう。助かったよ、アルベルト。」
「俺こそ助かった。レオンがいてくれたから盗賊も追い払えた。」
「いや、お前の身のこなしがすごかったぞ。やっぱり獣人だけあって、人間離れした動きだった。」
「そう言われるとありがたいが、俺はまだまだ半人前さ。」
無事に隣町に到着し、衛兵へ盗賊の一味を森で撃退したことを報告する。衛兵に礼を言われながら、アルベルトたちは町の宿へ入る。

「いやあ疲れたな。昼間なのに、さすがに体力を使いすぎた。」
「少し休もう。今日はここで一泊して、明日の朝に薬の材料を仕入れよう。」
「そうしよう。食堂で何か軽く食ってから休むか。」
二人は宿の食堂で軽い食事を取る.

「ところで今夜は月が綺麗らしいぞ。町の人が広場で月を眺めるって話してた。」
「頼むからその話はやめてくれ。下手に外を出歩いて月を見たら、本当にミジンコになっちまう。」
「そうか。せっかくの風流な光景を楽しめないのは残念だが、お前の身に何かあったら大変だしな。」
「わかってくれればいいんだよ。まあ、どうしても気になるならレオンだけ見に行ってきたらいい。」
「いや、いいさ。一緒に宿でゆっくり過ごそう。明日も早いしな。」
そして夜。外では大勢が月を眺めているらしく、宿の外からは賑やかな声が聞こえる。

「……すごい盛り上がりだな。お祭りか何かか?」
「そんなに月が綺麗なのかね。……ちょっと気になるけど、危ないからやめておく。」
「何か戸締まりが甘いところはないだろうな。月光が差し込んだらやばいんじゃないか?」
「一応カーテンをしっかり閉めてる。ロウソクの灯りもあるから大丈夫だろう。」
ちょうどそのとき、外から誰かが駆け込んでくる音がする。扉が開き、町の衛兵が息を切らして入ってくる。

「大変だ! 広場で魔物が暴れている! 月に引き寄せられたのか、見たことのない怪物が出現したぞ!」
「まじかよ。衛兵だけで対処できないのか?」
「みんな総動員してるが、町の人を守るので手一杯だ。戦える者は協力してほしい!」
アルベルトは立ち上がる。

「俺たちが行く。けど……月が出てるんだろ。俺は外に出たら――」
「仕方ない。お前がミジンコになってしまっても、俺が何とかする。町の人を見捨てるわけにはいかないだろ。」
「そうだな。よし、やるしかない。」
アルベルトとレオンは宿を飛び出して広場へと向かう。そこには大柄な怪物が暴れ回り、人々が逃げ惑っていた。

「なんだあれは……狼の頭と竜の尾を持ってる?」
「とにかく止めるしかない。アルベルト、気をつけろよ!」
「わかってる。でも月を見ないようにするのは無理かもな。」
大怪物は唸り声を上げながら鋭い爪を振り下ろす。アルベルトはそれをギリギリで回避するが、思わず上を見てしまう。

「しまった、月が……」
アルベルトの体が小さく縮み始め、そのまま地面に落ちる。そこにはミジンコの姿になったアルベルトがぴちぴちと跳ねていた。

「アルベルト! くそ、こうなったら俺がやるしかない!」
怪物に立ち向かうレオン。しかし相手は巨大で手強い。手傷を負わせることはできても、決定打にはならない。

「なんとかアルベルトを守りながら戦わないと……どこに行った?」
ミジンコになったアルベルトは地面を跳ね回り、わずかな水たまりへ飛び込んでいた。その姿は小さすぎて周囲には気づかれない。

「一人じゃ厳しいけど、やるしかない!」
レオンは懸命に怪物を翻弄する。やがてミジンコのアルベルトが見えないうちに、怪物が大きく吠えながら暴れる。すると、周囲の水桶が倒され、その水が地面に広がる。

「え、あれは……」
水たまりに落ちたアルベルトが跳ね回って、不思議なことに怪物の足元へ移動している。怪物の注意が一瞬それた瞬間、レオンはその隙を逃さずに剣を振り下ろす。

「くらえ!」
怪物が大きく倒れ込み、地面にうずくまる。ちょうどそのとき、雲が月を隠し、月光が途切れる。

「アルベルト、戻れ!」
ミジンコだったアルベルトの体がじわりと人間の大きさに戻っていく。再び獣人の姿になったアルベルトは荒い息をつきながら起き上がる。

「まさかミジンコの姿でうまく怪物の足を滑らせるとは……奇跡的な連携だったな。」
「自分でも何が起きたかわからないけど、助かった。ありがとう、レオン。」
衛兵たちが駆け寄ってくる。

「怪物は倒れましたか! よくやりました。あなた方は町の英雄です!」
「いや、俺たちはただ必死だっただけさ。」
「ともかく町を救ってくれてありがとう。」
人々が歓声を上げる。アルベルトはやれやれと肩をすくめる。

「これでようやく落ち着くな。だけど、月を見ちまうのはやっぱり恐ろしい。」
「まあ今回みたいに役立つこともあるじゃないか。ミジンコ姿で怪物を翻弄するなんて誰も想像しないだろ。」
「勝手に変身するのは正直嫌なんだけどな。でも少しだけ、自分の能力を活かせた気がする。」
「そうだろ。お前の身体能力に加えて、月の力を逆に利用したんだ。ちょっと誇りに思っていいはずだ。」
「ありがとう。これからも俺は俺のやり方で生きていくよ。せめて、なるべく月を見ないように気をつけながらな。」
「うん。とりあえず今夜はおとなしく休もう。もう月も雲に隠れちまったし、怪物の問題も片付いたしな。」
「そうだな。宿に戻ってのんびりしたい。」
静まり返った広場を後にし、二人は宿へと戻る。月の夜でも、思わぬ形で役に立つこともある。ワーミジンコ獣人のアルベルトは、そう実感しながら、明日の朝にはまた新たな一歩を踏み出すのだ。

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