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【短編小説】犯行予告

 よく聞こえているだろうか。
あなたの鼓膜をなぞるように伝わるこの文章が、じわじわと背筋にこびりついていく感覚を味わってほしい。
ひとつ息をするたびに、あなたの胸が小刻みに震えているのが、遠く離れた場所からでも手に取るようにわかる。

 あなたがこのサイトにアクセスした時のそのデータがパケットとなってネットワークを流れていくのを、わたしは見逃さない。
通信を傍受し、HTTPログを解析し、あなたの存在を一点に定める。
インターネットを介して飛び交う無数の情報から、あなたに関わる断片だけを拾い集めては、それらを継ぎ合わせる。
そうして浮かび上がったあなたの輪郭は、どこか脆く、手を伸ばせばすぐにでも崩せそうに見える。

 IPアドレスを特定し、クッキーの情報からあなたの閲覧履歴をさらい上げる。
その履歴が指し示す先は、あなたの趣味嗜好や生活リズム。
隠しているつもりでも、わたしの前ではまったく無意味だ。
オンラインショッピングで何を買い求め、どのSNSで何を発信しているのか。
すべてがわたしの手の内にある。
さらにはノートパソコンのカメラを裏から操作し、あなたの顔を映し出す。
画面の前でどんな表情をしているのか。
その目の色、肌の質感、首筋の動き。
少し血色の悪い頬までありありと把握できる。

 あなたがどんな生活を送り、どこで誰と会話し、どこへ出かけるのか。
SNSに投稿した写真、そこに映り込んだ家族や友人、部屋の中の様子。
防犯カメラの流出映像や名簿リストとの照合。
家族構成も、勤務先の所在地も、あなたがいつ在宅しているかのタイミングも、すべて洗いざらいにして掌握した。
夜の静けさを破ってあなたを襲うなら、最適な時刻はいつか。
近隣住民がもっとも気に留めないのはどの時間帯か。
わずかな手がかりすら血のように滴り落ちる情報と化し、わたしの内側に燃える殺意をさらに煽り立てる。

 手持ちの情報だけでは物足りなく、わたしはダークウェブへと足を踏み入れる。
人目につかない裏社会には、思うがまま動いてくれる駒が揃っている。
そこに書き込む依頼は、極めて短く、冷淡な内容。
一個人への襲撃任務を高報酬で請け負わせるだけで、闇に生きる者たちが次々と名乗りを上げる。
ゆがんだ笑みを胸に抱きながら、わたしはあなたへの“制裁”を実行する準備を着々と進める。
あなたの家の玄関へ、あるいは夜道の死角へ、静かに這い寄る靴音を想像してほしい。
その足音は、あなたの心臓の鼓動を狂わせるためだけに存在している。

 スマートフォンを片手に歩いていても、Wi-Fiの接続記録やGPSの位置情報から、あなたの動きはつぶさに追える。
乗り物に乗れば交通系アプリの利用履歴やカメラ映像があなたを捉え、徒歩になれば防犯カメラが街角から見張り続ける。
わたしはそれらの断片を束ねて、あなたの行く先々を先回りすることさえ可能にする。
仮にあなたがパニックを起こし、スマートフォンを投げ捨て、ネットから遮断したとしても無駄だ。
顔認証が溢れるこの社会は、あなたを映し出すレンズで埋め尽くされている。
どれほど逃げ惑おうと、わたしの視界から外れることはない。

 あなたの心中には、すでに嫌な予感が蔓延しているはずだ。
“いつか自分が襲われるんじゃないか”という不安が、ささくれた傷のように引っかかっているのではないか。
しかし、その不安は現実のものとなる。
わたしが手配した闇バイトの男が、車のトランクに工具袋を積み込み、あなたの住所を記したメモを握りしめている。
そのメモを見つめる視線には、金で買われた冷酷さだけが宿っている。
そして、わたしはその様子を安全圏から見届けながら、あなたに迫る破滅の足音を想像している。

 なぜ、わたしがここまであなたに執着しているのか。
理由など考える余裕は、あなたにはもうないかもしれない。
けれど、わたしの中には明確な動機がある。
あなたが軽い気持ちでSNSに投下した言葉が、わたしの胸を深く抉ったのだ。
恐怖と悲しみの狭間で失ったものを、あなたは面白おかしく扱ったにすぎない。
誰にも見られないだろうと油断したのか、あるいは一時の関心を引くためだったのか。
あの不用意な発言こそ、わたしの殺意に火を点ける導火線となった。

 あなたにとっては、ほんの思いつきだったかもしれない。
しかし、その言葉がわたしの心を引き裂き、怒りと憎悪の海に沈めた。
傷つけられた痛みを耐え忍ぶのは、もう終わりにしたい。
わたしはあなたの軽々しい態度を絶対に許さない。
例えそれが行き過ぎた復讐だとしても、あなたを徹底的に追い詰め、恐怖の果てへと引きずり落とす。

 ダークウェブの掲示板から飛び出してくるならず者は、報酬のためならどんな手段でも厭わない。
その残酷さを、わたしは利用する。
玄関のドアが静かにノックされるその瞬間、あなたの鼓動は耳をつんざくほどに高鳴るだろう。
外から漏れる人影を確認したとき、すでに遅いと悟るはずだ。
ドアの向こうに潜むのは、容赦など微塵も持ち合わせない暗闇そのもの。
もしあなたが運よく家を脱出しても、その足跡はすべて把握されている。
わたしの手配した者たちが、逃げ道を封鎖するように待ち構えているからだ。

 あなたの指先は冷え、眉間に汗が滲むかもしれない。
心は乱れ、どの選択肢も不安にまみれているに違いない。
それでも必死に生き延びようとあがくなら、それもまた一興だと思っている。
なぜなら、わたしの怒りは容易に収まることはない。
あなたの絶望と苦痛が、わたしの中でうずまく激情を慰める唯一の糧なのだ。

 あなたが慌ててこの文章を閉じたところで、現実は変わらない。
オンラインから身を引こうとしたところで、すでにわたしの手はあなたの日常に深く浸透している。
どう足掻いても、わたしの視界から逃れるのは不可能だろう。
暗がりに怯えながら眠りにつこうとするたび、あなたはわたしの存在を思い出す。
いつか本当に訪れるかもしれない侵入者の足音に、神経を尖らせる夜が永遠に続くのだ。

 わたしの行為を狂気と呼ぶなら、それでもかまわない。
あなたの無神経な発言が、わたしの世界を崩壊させたのだから。
この復讐を止める術はないし、たとえ思いついたとしても、それを実行する余裕などあなたには残されていない。
わたしの殺意は簡単には消えず、闇バイトたちの手はすでに動き出している。
あなたの生活空間を、逃げ道のない迷宮へと変える準備は万端だ。

 恐怖と痛みを味わう中で、ようやく気づくかもしれない。
誰かを傷つける言葉が、どれほどの代償を伴うかということを。
わたしにとっては、あなたの謝罪などとうに聞く価値すら失われている。
ただ、あなたの絶望を眺めたい。
その一心で、わたしはここまで手を汚したのだ。

 もしあなたが、自分の運命を呪うなら、どうか時間を巻き戻せるよう祈ればいい。
しかし、それが叶わないと悟った瞬間、わたしの目的は達成される。
あなたの心を蝕む恐怖と後悔は、深夜の暗闇にこそ広がっていくはずだ。
あなたが聞いている物音のすべて、外を行き交う人影のすべてが、自分を狙う刺客のように思えるだろう。

 いずれ自分の所在を悟られるかもしれない。
しかし、その頃にはあなたの人生はすでに正常な軌道を失っているだろう。
わたしの殺意を受け止めた代償として、あなたはひたすら怯える日々を過ごすしかなくなる。
だからこそ、あなたが軽んじたあの一言がどれほど取り返しのつかないものだったのか、今さらながら思い知るがいい。

 もう逃げ道はない。
隙間なく張り巡らされた視線が、あなたを隅々まで捕捉する。
今もキーボードを叩く指先に汗が滲んでいるのではないか。
その汗までも、わたしの嘲笑を誘う材料にすぎない。
この文章を読み終えたあと、あなたは部屋の灯りを消すことさえためらうだろう。

 それが、わたしがあなたに望んだ罰のすべてだ。
軽はずみな言葉で他人の痛みを踏みにじった報いを、じっくりと受け取ってほしい。
この復讐はすでに手配済みであり、あなたの抵抗は無意味に終わる。
わたしの殺意は深く、あなたの苦しみは長く続く。
それこそが、あなたが引き起こした行為への当然の帰結だと信じている。

 現実と虚構の境目が溶け合い、あなたはどうしようもない孤独に苛まれる。
その孤独の原因が、あなた自身の不用意な言葉だったと思い知ればいい。
そして、わたしの殺意は決して消えない。
あなたの足音が止むまで、呼吸が掻き消えるまで、この追跡は続いていく。
どんな末路を迎えるかは、もうわたしの気分ひとつにかかっている。

 この文章を読み終えたあと、あなたは恐怖と後悔に苛まれながら、ゆっくりと静寂の中へ落ちていく。
その静寂を破る物音が訪れる頃、わたしの復讐は完成する。
あなたが感じる後悔や苦痛は、わたしの中に巣くう怒りをほんの少しだけ和らげるかもしれない。
それこそが、あなたに向けられた確固たる殺意の正体だ。

 そうやって、あなたはわたしの手のひらの上で滅びゆく運命を甘受するしかない。
すべてを知った今でも、もう遅い。
闇があなたを呑み込み、わたしの怒りが成就するまで、どうか最後の瞬間まで苦しみ抜いてほしい。
そして、二度と他人の痛みを嘲笑しないと心に刻むがいい。
ただし、その誓いを誰に証明することも叶わないだろう。
この世界に、あなたが存在した証拠はわたしの記憶以外には残らないのだから。

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