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作者の作った異世界設定が気に入らない

第1章:はじまりは“ベタな剣と魔法の世界”

第1節:突然の転生

 「……痛っ……ここ、どこだ……?」

春人はごろりと地面に倒れたまま、頭を押さえた。
背中に湿った土の感触を感じて目を開けると、視界いっぱいに木々の枝葉が広がっている。
「目が覚めたんなら、さっさと起き上がれよ」

低い声がすぐそばで聞こえた。
「俺はヴォイド。どうやら怪我はしてないみたいだな?」

冷えた空気と一緒に微かな緊張感が漂う。
その男性は黒いマントに身を包み、どこか影のある雰囲気をまとっていた。

 「大丈夫? 私の名前はリリア。王女って設定らしいんだけど……まったく興味湧かないのよね」

彼女は鮮やかなドレスをはためかせながらも、唇をとがらせている。
「こんなベタな剣と魔法の世界、やってられないわ」

「け、剣と魔法の世界……?」

春人は驚きに息をのんだ。
「俺、確か残業帰りにトラックに……」

そこまで口走って、思わず声を詰まらせる。
「トラック? なんだそりゃ。新種の魔獣か?」

ヴォイドが不思議そうに首を傾げる。

 「違うよ。地球っていうところにあった乗り物で……いや、ちょっと待って」

春人は無理やり頭を振って意識をはっきりさせようとする。
「俺、会社帰りにトラックを避けようとして、それで気がついたらここに……」

「要するに、異世界転生ってやつね。ああ、もう古いパターンすぎる」

リリアはあからさまに退屈そうな声を出す。
「でも作者がそう書いたんだから、仕方ないわよね。はいはい、じゃあひとまず起き上がって」

 「待ってくれ。おれは何も事情がわかってないんだけど」

春人が必死に言葉を探すと、ヴォイドがすっと腕を貸してくれた。
「とりあえず立て。話はそれからだ」

「ありがとう……ヴォイド、だっけ?」

「名前だけはそれで通ってる。今のところ“謎の男”の立ち位置らしいけど、正直そんなに悪役やりたくないんだよな」

ヴォイドはため息まじりに呟いた。

 「んー、まあいいわ。とにかくここは危険も多いし、早く移動したほうがいいわよ」

リリアは森の奥を見つめ、わずかに眉をしかめる。
「魔物が出るとか、一応そういう設定になってるみたいだし」

「魔物? 本当にいるのか……?」

春人は背筋がぞくりとした。
ゲームや映画の話ならともかく、現実にそんなものが出てくるかもしれないのだと考えるだけで冷や汗が浮かぶ。
「作者がその気なら出すんじゃない? でも全然ワクワクしないのよね、この世界」

リリアが不満そうに両手を広げる。
「面倒ごとはヴォイドがやってくれるでしょ。悪役ポジションなんだし」

「俺が戦闘担当ってのもどうかと思うが」

ヴォイドは苦い顔で剣の柄に手をかけた。

 風が木の葉を揺らし、さらさらと微かな音が森を包む。
春人は自分が本当に異世界に来たのだと実感し、息をのんだ。
しかしリリアとヴォイドはずいぶん冷めた様子で、この状況をどこか客観的に捉えているように見える。
「じゃ、立てるんなら早く歩いて」

リリアがつんけんした声で促した。
「え、歩くって……どこへ?」

「さあね。とりあえず王都とやらがあるから、そっちへ行ってみるしかないでしょ?」

「物語なら王都からスタートってのが定番、だとか言う作者の都合じゃないか?」

ヴォイドが肩をすくめる。
「作者の都合……?」

春人が聞き返そうとした瞬間、茂みの向こうからか細い声が聞こえた。

 「えっと……だ、大丈夫ですか?」

それは、この世界らしい粗末な服を着た少女の声だった。

第2節:設定への文句

 馬車の揺れに身を任せながら、春人はどうにか現状を把握しようと周囲を見回していた。
「これ、王都行きなんだってね?」

リリアが窓の外を眺めたまま小さく息を吐く。
「ええ、村で手に入れた馬車だけど、すごく揺れて気持ち悪いわ。こんな移動方法もテンプレよね」

「俺は別に文句ないけど、いい加減飽きるんだよな。なあ、春人」

ヴォイドが斜めに腰掛けながら唸るような声を出す。
「まさかお前、転生してすぐこんなステレオタイプな展開に放り込まれるとは思わなかっただろ?」

 「正直、何が何だか。まあ、異世界ってことならこんなもんだと思ってたけど……」

春人は額を押さえ、外の景色を見ようとする。
緑の森が続くばかりで、道路すらままならない。
時おり車輪が溝にはまり、大きく揺れるたびに頭がぐらぐらする。
「でも、この世界観ってみんな嫌なのか?」

そう尋ねると、リリアがむっとした表情で振り向いた。
「嫌っていうか、もう見飽きたのよ。弱小王国の王女とか、飽き飽き。せめて魔法学院に通う天才少女とか、そっちの方が映えそうじゃない?」

「俺はどうせ魔王とか言われて、世界征服を狙う役になるんだろ? 毎回薄っぺらい設定で戦わされるのもごめんだ」

ヴォイドが腕を組み、車内の天井を見上げる。

 そのとき、控えめな声が割り込んできた。
「わ、わたしなんて、どうせ村娘とか小間使いとか……いつもモブみたいな立場ですよ。ほんと、1回こっきりの登場で終わりそう」

それはモブ子だった。
村で見かけたときも遠慮がちだったが、今も帽子をぎゅっと握りしめている。
「別に嫌いじゃないけど、私だってもっと目立ってみたいな、なんて……」

「目立つには作者に主張するしかないさ」

ヴォイドが半ば呆れたように言う。
「作者って……本当にそんな実体があるわけ?」

春人は話題についていけず、目を白黒させる。

 「あるっていうか、私たちが文句言うと世界が変わるでしょ? あれは作者が設定をいじるからよ」

リリアが馬車の板張りをこつんと叩く。
「そもそもキャラに不満が出るって時点で、作者が楽しい物語を用意してない証拠だと思うの」

「たしかにな。俺たちがこうやって勝手に文句つけてるのも、いまいち盛り上がらないからだろ」

ヴォイドがうなずく。

 「でも、こんなファンタジー世界でも、けっこう魅力はあると思うよ?」

春人は無理やり笑みをつくり、森の風景を示す。
「地球じゃ味わえない魔法とか、竜とか……普通に胸が躍るんだけど」

「竜が出るにしたって、どうせどこかで見たような描写しかないんじゃないの?」

リリアが目をそらす。
「古臭い城下町とか、決まりきった魔法騎士団とか……定番すぎると逆に退屈なのよ」

「うう……私なんて、登場しても道端の人Aとか、そんな扱いよ……」

モブ子はしゅんと肩を落とした。

 「まあまあ、せめて今は前向きに……」

春人がなだめようとしたところ、馬車が大きく揺れた。
「わわっ、何か轍にでも嵌まった?」

リリアが車窓から頭を出して確認しようとする。
重くきしむ音が耳に響き、馬の嘶きが聞こえた。
「どうせこんな移動手段も、絵的に面白くないわね。もっとド派手な旅の仕方があればいいのに」

リリアがぷいとそっぽを向く。
「そうだな……少なくとも俺は、もうちょっと迫力ある役どころにしてほしい」

ヴォイドがぼそりと呟くと、モブ子がぼんやり天井を見つめながら言う。

 「それこそ、作者に直接交渉できれば、いくらでも変えてもらえるんでしょうか……」

彼女の言葉にリリアの目が光る。
「そうね。なんなら今すぐにでも文句言いにいきたいわ」

ヴォイドも意外と乗り気な様子で、腕を組んでうなずいた。
春人は嫌な予感を抱きながら、どうにか収集をつけようと口を開く。
「ちょ、ちょっと待って。流れ的に危ない方向じゃない?」

「危ないかどうかは、この先のストーリー次第でしょ?」

リリアが顎を引き、さっと目を細めた。
「やりたいように文句言わなきゃ、どうせ盛り上がらないのよ」

嫌な汗が背中に伝うのを感じながら、春人は馬車の揺れに身を任せるしかなかった。

第3節:作者への直談判と世界の崩壊

 王都にたどり着いたころ、リリアの足取りはやけに荒くなっていた。石畳を鳴らすヒールの音もどこか苛立ちを含んでいる。ヴォイドはその後ろを無言でついて来るが、表情にはうっすらと不満がにじんでいた。モブ子は落ち着かない視線を走らせながら、春人のすぐ傍を歩く。

「ねえ、リリア。こんなに焦って王宮へ行って、何をするつもり?」

春人が追いついて問いかけると、リリアは派手にドレスの裾をはためかせて振り返った。

「作者とやらを呼び出して、さっさと今の設定を変えさせるのよ。正直、弱小王国の王女なんて退屈だわ。もっと盛り上がる要素を入れてほしいじゃない。例えば、悪役令嬢やりたいわ。他にもNTRとか入れて。ざまぁ展開も良いわね」

「悪役令嬢とかNTRとかざまぁ展開? 荒れそうだけど、そんなの入れちゃって大丈夫なのか?」

春人は苦い顔で詰め寄るが、リリアはまるで聞く耳を持たない。

「いいの。どうせ同じような剣と魔法の世界を延々やっても飽きるだけだし。刺激がないと退屈なんだから」

 モブ子は眉を下げながら、ぎゅっと帽子を握りしめる。

「わ、私なんて、ずっとモブ扱いです。どうせ誰も覚えてくれない村娘や召使いとか、そんな役ばかりですよ。作者は意地が悪いと思いませんか?」

「そんなこと言ったら、俺だって嫌なんだぞ」

 低く抑えた声でヴォイドが口を挟んだ。黒いマントを揺らしながら、どこか言いようのない憤りが垣間見える。

「悪役にされるのは別にいいとしても、いかにも『魔王』とか『世界征服』とか、テンプレのまま押し付けられるのはごめんだ。そんな雑な悪役、やりたくないんだよ」

「あー、じゃあメンバー全員、何かしら不満あるわけね」

 春人は半ばあきれた様子でうなずいてから、王城の扉を見上げる。兵士にとっては不可解な集団だろうが、リリアが王女という身分のためか、何の咎めもなく通されてしまった。

「本当に作者を呼ぶのか? 城の中で叫んで出てくるような相手じゃないだろ」

「呼べるか呼べないかなんて知らないわよ。でも噂じゃ、キャラが文句を言うと世界が書き換わるって話でしょ?」

 リリアは王城の奥まった大広間へ足を踏み入れると、天井の高い場所に向けて声を張り上げる。華やかなシャンデリアがきらめき、衛兵たちが不安そうに視線を送るなか、お構いなしだ。

「作者ーーー! いるんでしょ? ちゃんと姿を見せなさい! こんなのつまらないから、もっとド派手に設定変えなさいよ!」

「うわあ、思いきりすぎだろ。衛兵も唖然としてるじゃないか」

春人は周囲の視線に耐えきれず、苦い顔をする。モブ子はおどおどしながらリリアの袖を引っぱった。

「ほ、本当にそんなに簡単に世界って変わるものなんでしょうか? ざまぁ展開とか、NTRとか、うまくいくのかもわからないし……」

「わからないから言うのよ。どうせこのままじゃ、ヴォイドは魔王扱いされるだけだし、私が王女やってても冒険も波乱もない。あなたもずっと脇役に甘んじるの? それなら私は嫌よ。もう盛り上げてちょうだいって叫ぶしかないわ」

 すると、遠くの壁からかすかなきしむ音が聞こえた。広間のシャンデリアがわずかに揺れ、柱に飾られた彫刻がぼんやり光を放ち始める。

「な、なんだ? 世界が……本当に変わるっていうのか?」

春人が戸惑いの声をあげると、ヴォイドがマントを翻してリリアのそばへにじり寄る。

「悪役押し付けられるなら、もう少し凝った設定にしてもらいたいが……こう急に揺れると嫌な予感しかしないな」

「いいのよ。作者ってのが私たちの声を聞いてるなら、さっさと応えてもらいましょう。ほら、刺激的な要素を入れろって言ってるのよ!」

 リリアの叫びと同時に、床から白い光が昇り始める。まるで靄のような幻影が、広間の一角を覆い尽くしていく。衛兵たちが動揺する声を上げる間もなく、空間がぐにゃりと歪んだ。

「や、やばいって! これどうなるんだよ!」

春人は思わずリリアの腕を取ろうとするが、足元が震動して体勢を崩す。モブ子が悲鳴をあげて転びかけ、ヴォイドがそれを支えるように腕を伸ばした。

 しかし、もう何もかも手遅れらしい。柱や壁がまるで溶けるように形を失い、大広間は白い閃光の中に飲み込まれていく。リリアはわずかな緊張を覗かせながらも、唇を曲げて笑みを浮かべた。

「やっと退屈な世界からおさらばできるのかしら。ざまぁ展開でも何でも、スパイスが効いたやつをお願いするわよ、作者ーーー!」

「――ラノベの登場人物が作者に文句言うなんて、果たしてアリなのか」

 そうボヤく春人や、ヴォイド、モブ子の姿も呑み込まれ、足元の感覚さえ霧散していく。透けるような空間の奥から、不思議な音が響いてくるなか、リリアの最後の声だけが耳に残った。

「悪役令嬢でもいい、NTRだって構わないわ! とにかく盛り上げてちょうだい! ――作者!」

 そして意識が途切れると同時に、王宮と呼ばれた場所の景色は粉々になって消えた。

第2章 “悪徳令嬢&NTR&ざまぁ系”ファンタジー世界に!

第1節:悪徳令嬢が仕掛ける、はじめてのパーティ

 白い光が消えた瞬間、春人はふかふかしたカーペットの上に放り出されていた。耳をすますと、きらびやかな音楽が鳴り響いている。顔を上げると、そこは豪奢なシャンデリアがぶら下がる広間らしく、煌びやかなドレスの令嬢やタキシードの貴公子が舞い踊っている最中だった。

「おいおい……今度は貴族の舞踏会か?」

春人が床から立ち上がり、まわりを見回していると、リリアの姿が目に入った。前の世界よりもさらにゴテゴテした宝石だらけのドレスを着込み、あからさまに“悪役っぽい令嬢”を気取っているようにも見える。

「ふふん。やっぱりこういう華やかな社交界は映えるじゃない。私はここで“悪役令嬢”をとことん楽しむの」

リリアは扇子をバタリと開き、周囲を見下すように口元をつり上げる。
ヴォイドはというと、漆黒のマントに上品な金細工が施された礼服を合わせられていて、いかにも“闇公爵”めいた雰囲気を漂わせている。
だが苦々しそうに唇を曲げていた。

「なんで俺はまた“よくある悪の貴族”にされてるんだ。前と変わらんじゃないか……」

「わ、私なんて相変わらず地味な侍女服……いや、メイドドレスにリボン追加されてるだけです。こんなの嫌ですよ」

モブ子はトレーを抱えたまま、恐縮した様子でうろうろしている。
そんな中、春人は場の空気を読み取るように深く息を吸う。

「ま、悪徳令嬢をやりたいってリリアが言ってたし、ざまぁとNTR要素もきっと混ぜられてるんだろう。大丈夫かな、すごく嫌な予感しかしないんだけど……」

 話す間にも、リリアは舞踏会の中央へ優雅に進み出る。
ドレスを翻しながら、集まった貴族たちに不敵な笑みを向け、宣言するように声を張り上げた。

「皆様、ごきげんよう。わたくしリリア・フォルテ――この国一番の名家の令嬢ですわ。さあ、退屈な舞踏会を盛り上げて差し上げますわよ?」

 周囲の貴族がぎょっとしてざわつく一方、リリアは楽しくて仕方ないという様子で高笑いをしていた。


第2節:強引すぎるNTR騒動

 しばらくして、リリアは獲物を見つけたかのように視線を定める。
そこにはきらびやかな衣装を身につけた王太子らしき男性と、その腕にしっかりつかまる麗しい令嬢がいた。
近くの人々の話をこっそり聞けば、どうやらその令嬢は王太子の婚約者らしい。

「いいわね。その王太子とかいうの。寝取ってみたいわ」

リリアがさらっとぶっ飛んだことを口走り、春人は思わず盛大に咳き込む。

「げほっ……寝取って……NTRか!? おいおい、これコメディで済むのかよ」

「知らないわよ。実際にやらなきゃわからないじゃない。悪徳令嬢なんだから、そのくらい大胆にいくわ」

 王太子と目が合ったリリアは、妖艶な笑みを浮かべてずかずかと近づいていく。
王太子の腕にしがみつく令嬢はたちまち青ざめて後ずさった。

「は、はじめまして……どちらさま……?」

王太子が恐る恐る声をかけると、リリアは扇子で口元を隠してくすくす笑う。

「この国の風習には興味ないんだけど、素敵な殿方がいると聞いたものだから、つい来てしまったの。わたくし、あなたに興味があるわ。どうかしら? 他の誰よりも、私と踊る方がよっぽど刺激的だと思わない?」

 周囲の貴族が目を丸くして見守る。
王太子の婚約者は「あ、あの……やめてください……」と泣きそうになりながら訴えるが、リリアはすでに王太子の腕を摑んで強引に引き寄せようとしていた。

「え、えぇっ……そ、そんな……!」
「きゃあ、王太子様が……寝取られる!?」

 会場はあっという間にドタバタ状態。
NTRなんてスキャンダル要素が飛び交い、貴族たちが悲鳴やざわめきを上げる。
そんな中、ヴォイドは「いくらなんでも直球すぎるだろ……」と小声でこぼす。

「いや、おれも悪役の立場だけど、こんな無茶苦茶なNTR劇なんか関わりたくないぞ……」

「わ、私も隅っこで見てるだけだし……どうすればいいのやら」

モブ子はトレーを抱えたまま、おろおろと立ち尽くす。
そして春人は必死に止めに入ろうとするが、リリアは耳を貸さない。

「ざまぁって言われるのも厭わないわ。むしろ“寝取られざまぁ”なんてスパイスもありなんじゃない?」

「意味がわからん……刺激的を通り越して笑えないぞ!」

 王太子が顔を真っ赤にして抵抗すると、リリアはふいに手を放し、悔しそうに舌打ちした。
ドタバタでワイングラスが倒れ、床が滑って思わず転倒しかける王太子。
見事に滑り込むように隣のテーブルが倒れ、周囲は阿鼻叫喚の渦だ。


第3節:ざまぁ要素も不発、全員ぶーたれて次の設定へ

 NTR騒動(?)が中途半端に終わり、周囲には割れたグラスや飛び散った飲み物、悲鳴を上げる令嬢や騎士が散らばる。
リリアは「ふん、つまんないわね」とつぶやいてドレスの裾を払う。

「寝取るにしても、いい感じの展開がなくちゃ盛り上がらないじゃない。ざまぁ展開も“被害者が反撃”みたいなのが定番なのに、全然噛み合わないし」

「そりゃ急に仕掛けられても、みんなついていけないんだろ……」

春人は腰に手をあてて溜息をつく。
ざまぁ的要素もNTR要素も、コメディとして一瞬わちゃわちゃ盛り上がっただけで終わってしまい、妙な後味が残っている。

「私ら、何しに来たんだろうな。悪徳令嬢だのざまぁだのNTRだのが混在してるけど、うまく昇華できてない感じしかしない」

ヴォイドが頭を抱え、モブ子はうなだれている。

「私なんて、何も活躍してませんよ……地味な侍女姿でワイン拭いてただけ……。ざまぁ展開もNTR話も何も、ただ場を混乱させただけにしか……」

 周囲では王太子が騎士に抱えられ、「恥をかいた……」と落ち込み、婚約者らしき令嬢も「もう嫌……」と咽び泣いている。
なんとも言えない修羅場なのに、笑いがあまり起きない空気感。
リリアはつま先で床を鳴らしながら唇をとがらせた。

「やっぱりこれじゃ物足りないわ。面白みがないっていうか……結局NTRだのざまぁだの、要素を詰めても大半が空回りして終わりじゃない」

「ああ……まあ、失敗だよな、正直。読者が見たら引いちゃうだろう」

春人は目を伏せて苦笑する。するとヴォイドがぼそりと、

「だったらまた作者に文句を言うか。何なら、例の“おっさん転生チート”とか“スローライフ”とか、そっちを試すほうがまだマシかもしれない」

「私も配信とかしてみたいです! このままだと後味が悪いだけじゃないですか」

モブ子が両手を合わせて力説するのを見て、リリアは「そうね」とわずかに笑顔を取り戻す。

「仕方ないわ。悪役令嬢だとかNTRとかざまぁとか、確かに悪くなかったけど、いまいち面白くならないから別の流行り要素を詰め合わせてもらおうかしら」

「詰め合わせて……また同じ轍を踏むんじゃないかと嫌な予感がするんだけど」

春人は頭を抱えながら、天井をあおぎ見る。
舞踏会はすでにボロボロで、貴族たちが右往左往するなか、薄い白い光が揺らめくように現れ始めた。

「ほら、作者ーーー! 今度はおっさんチートもスローライフもハーレムも配信も全部やらせなさいよ!」

リリアが凛と声を張り上げると、空間が再び震え出す。
周りの人々が悲鳴を上げ、モブ子が「やっぱり……」と震える声を出すが、もう止められない。

「また世界が崩壊するのか……次はどんなドタバタが待ってるんだか」

ヴォイドが嘆き顔で肩をすくめ、春人は「どうせまたカオスな展開に巻き込まれそうだ……」と頭を垂れる。
やがて会場全体がバリバリと音を立て、白い閃光が視界を奪う。
悪徳令嬢×NTR×ざまぁ要素は、結局中途半端にドタバタを生んだだけで収束できず、彼らは次の“詰め込み世界”へと飛ばされる運命にあった。

「次こそは面白い展開を期待するわよ……!」

リリアの一言が響いた瞬間、眩い光が一気に広間をのみ込み、キャラたちの姿は再びどこかへと消えていった。

第3章 “おっさんチート&スローライフ&配信ファンタジー”

第1節:田舎のほのぼの村へ降り立つ

 気がつけば、春人は柔らかな土の上に横たわっていた。
雨上がりのような湿気をはらんだ空気と、鼻をくすぐる草の香り。
まぶたを開いて周囲を見渡すと、遠くに小さな畑と木造の家がまばらに点在している。
青空が広がり、さわやかな風が吹いてくるが、まるで“スローライフ満喫”を絵に描いたかのような光景だ。

「ここ……すごくのどかだけど、今度はどんな設定なんだ?」

 春人が起き上がりながら周囲を見回すと、横にはリリアが腰に手をあてて立ち尽くしていた。
彼女は淡い色合いのワンピースにエプロンを重ねたような姿で、これまでの絢爛なドレス姿と比べるとまるで別人のようだ。

「まったく、さっきまでは悪役令嬢の舞踏会だったのに、今度はこんな質素な村暮らし? さすがに落差がすごいわね」

 リリアは額に手をやり、のびをしながら苦笑いする。
視線を移すと、ヴォイドがひげ面の“おっさん”になっていて、太い腕で杖を握っている。
以前の闇公爵風から一転、年配の農夫……いや、少し威厳のある豪傑めいた雰囲気が漂っている。

「ふはは、どうやら“おっさん転生”を押し付けられたらしいな。この姿、妙に渋くて気に入らんでもないが……」

 そしてモブ子はブラウスと長めのスカートに、かすかにリボンをつけた控えめな格好をしていて、すっかり農村の少女ふうだ。
だが彼女は帽子を握りしめたまま、落ち着かない様子でそわそわしている。

「私、さっきまで貴族の侍女だったのに、急に村娘になっちゃいました。これ、スローライフ設定ってやつなんですかね……あ、そうだ。配信はどうなるんだろう。私、配信やりたいって言いましたけど、ここでできるのかな」

 モブ子が心配げに呟くと、リリアはゆるく首を振る。

「スローライフと配信が同居するってどうなの? まあ作者がそう書いたなら何とかなるのかもしれないけど」

「おれも気になるな。そもそもハーレムとチートもあるって言ってたし、これでのんびりできるのか?」

 春人が不安を口にすると、「おおーい!」という声が遠くから聞こえた。
見ると、畑を耕していた男がこちらに手を振りながら駆け寄ってくる。
粗末な服の上からエプロンを巻きつけ、いかにも農作業一筋といった雰囲気だが、表情は異様に明るい。

「やっぱり来てくれましたか、“おっさん勇者さま”! この村でスローライフを送りたいなら、まずは畑のお世話をお願いしたいんですけどね。あと、もし配信とかされるなら、皆で応援しますよ!」

 思いきり唐突に“配信”という言葉が出てきて、春人は目を白黒させた。
ヴォイドはというと、当たり前のように“おっさん勇者”と呼ばれたことに唖然とする。

「おっさん勇者? おれが? 確かにおっさんだけど、勇者って何なんだ……」

「ふふん、作者が勝手に決めたんでしょ。この世界の村人はみんなそう認識してるんじゃない?」

 リリアが嘲笑気味に言うと、モブ子が「あ、配信ってやっぱり意識されてるんですね。やれるなら嬉しいかも!」ときらきら目を輝かせる。
ここに来て一気に“スローライフ×おっさんチート×配信”が詰め合わされたことを実感させられるが、すでに春人は頭痛をこらえるので精一杯だった。

「うう、どうなるんだか……まあ、いっか。まずは様子を見てみよう」

 こうして四人は、ほのぼの田舎の村――しかし裏ではチートと配信とハーレム要素が待ち構えている――へ足を踏み入れる。

第2節:おっさんチートで始まる村騒動? 配信の準備も大混乱

 翌朝、ヴォイドがおっさん姿のまま畑に立っていた。
杖を軽く振り下ろすと、土がふわりと光を放ち、種が目に見える速度で発芽し始める。
それを見た農民たちがわあっと歓声をあげ、スローライフどころか“チート全開”な光景が広がった。

「いやあ、勇者さま、本当に種まきから収穫まで一瞬じゃないですか! 助かりますよ、これなら村も豊かになりそうだ」

「おれ自身は大して苦労しないんだが……こんなに一気に育って大丈夫なのか?」

 ヴォイドが杖を構えながら首をかしげると、隣でリリアが淡々と言い放つ。

「こんな簡単に実ったら、市場に出すにも量が多すぎて困るでしょうに。スローライフのはずが、むしろ忙しくなるんじゃないの?」

 その言葉に農民たちはそわそわし始める。
一方、モブ子は村の小屋に腰を下ろし、手にした箱を熱心にいじくっていた。

「この“魔導配信装置”を使って、私、ライブ配信をやってみたいんです。まだ誰も試したことのない“農作業生中継”みたいなのをやれたら面白そうじゃないですか?」

「農作業配信……ターゲットは誰なんだろうな。村の人は見に来るのか?」

 春人があきれ半分でツッコむと、モブ子は「ネット配信は夢が広がりますよ!」と嬉々として返す。
しかし、リリアは呆れ顔で腕を組み、あたりを見回した。

「電気や魔力の回線ってあるのかしら。果たして配信はうまく行くの」

「村人に聞いたら、『なんとかなるんじゃない?』って軽く返されましたよ。つまり作者まかせってことですね」

 モブ子は苦笑しつつ装置をいじり、白いスクリーンのような魔力画面がうっすら浮かび上がるが、ノイズが激しくて安定しない。

 一方、ヴォイドは作物をどんどん育ててしまい、リリアは「そんなに早く育てたら作物が余るんじゃ……?」とあきれ気味。
そもそもスローライフらしさがどこにも感じられず、春人は早くも嫌な予感をこらえきれない。

「これ、絶対また混乱するだけじゃないか? “配信やって、のんびりチート農業でハーレム”って、要素が詰め込みすぎだよ」

「そんなの、まだ始まったばかりじゃない。もっと派手にやってみればいいのよ。ハーレムだって配信のネタになるかもでしょ?」

 リリアが笑って言い放つと、どこからか若い娘たちが数名やってきてヴォイドを取り囲む。「勇者さま、収穫を手伝いますから仲良くしましょう!」などと手を引っ張っていく。
すでにハーレムへの道が開きかかっているようだ。

「お、おれは別にハーレム好きってわけじゃ……ああ、もう!」

 ヴォイドは苦手そうな顔で娘たちに連行され、畑へ連れ戻される。
村の人々は一様に楽しそうだが、舞台裏の仕掛けが不安定に見えるのは春人だけではない。
モブ子は「配信開始ボタンがあるのに、魔力がうまく繋がらないんですけど……」と不満を漏らし、リリアは「こんなスローライフ、ちっとも落ち着かないじゃない」と毒づく。

「とにかく、様子を見守るしかないよな。失敗しそうなら途中で止めないと……後が怖いぞ」

 春人の苦い声が風に消えていく。

第3節:野菜価格の大暴落、止まらないハーレム騒動

 翌日、村のささやかな市場は一瞬にして野菜で埋め尽くされた。
トマトやナス、ジャガイモやキャベツなどが山積みになり、行き場を失ったおばちゃんたちが右往左往している。

「おや、こんなに野菜があふれちゃったら……値段が下がりまくりですよ!」

「ほんとだよ、どこを見ても同じ野菜ばっかりだし、お客さんの買い手が全然追いつかないわ!」

 早朝から野菜を売り始めた村人たちは、あまりにも量が多すぎて値段をどんどん下げなければならなくなった。
朝には1個10コインだったキャベツが昼には半額、夕方には1コインでも売れず、ついには「タダでも持っていって!」と叫ぶ状況に。
見かねたモブ子が「こんなの経済破綻じゃ……」と青ざめる。

「ご、ごめんなさい。私、スローライフで配信やろうとか浮かれてたけど、こんな下手なチート、誰も得してないんじゃ……」

 一方、ハーレム騒動もとんでもない事態を迎えていた。
ヴォイドの前には村娘たちがどんどん押し寄せ、「あなたのチート農法をずっと見ていたい!」「私がお世話させてください!」と半ば押し売りのようにアピール。
しかも「あ、あの、うちの妹も良かったら……」と親族まで引き連れてくる。

「いやいや、ちょっと待て。おれはおっさん勇者だけど、こんなに囲まれても困るんだが……」

「そんなことおっしゃらずに、どうかお気に入りを決めてくださいませ!」

 ハーレム候補が一気に20人、30人と増え、ヴォイドは完全に身動きが取れなくなる。
リリアは遠巻きにそれを見て「ぷっ」と噴き出した。

「本当にハーレム大爆発ね。スローライフなのに一番の騒動を起こしてどうするのよ」

「しかも配信しようと思ったのに、魔力回線がパンクしてるのかノイズだらけで……結局映像が飛んじゃうんです! このネタ、配信で盛り上がるかと思ったのに……!」

 壊れた配信装置を抱えて悲鳴をあげるモブ子。
リリアも側で「スローライフのはずが、まるで騒音まみれね……」とため息をついた。

「まあ、ある意味ドタバタコメディにはなってるけど、本当に皆ハッピーとは言えないわよね」

「おれもこうなるとは思わなかったんだ……」

「ごめん、春人。おれは正直、こんなハーレム望んでなかった……彼女たちは悪い人じゃないんだが、人数が多すぎて処理しきれん!」

「確かに、こんだけ混乱してるとまともに暮らせないし……どうするんだよ。せっかく要素盛りまくっても破綻してるじゃん」

リリアはどこか開き直ったように天に向かって叫んだ。

「作者ーーー! 詰め込みすぎは破綻するって、もうわかったでしょ! 次はもっと落ち着いた世界にしてちょうだい!」

「おれもスローライフはいいが、無制限のチートは考えものだ……ハーレムも押し付けられると大変すぎる!」

 ヴォイドとモブ子も異口同音に「もう少し整合性のある世界がいい!」と訴える。

リリアが険しい顔のまま、「じゃあ、次はTSも追加しよう。流行りだし」と口走る。
モブ子が「TSもの……性転換とか……?」と驚き、ヴォイドは「性転換も面白そうだな」と笑い、春人は「ここまで来たら本当に何でもアリだな」と半ば呆れた表情になる。

リリアは高らかに天を仰ぎ、叫ぶように口を開いた。
「作者ーーー! 私たちはまだまだ満足してないわ! TSだろうが何だろうが、全部盛りにしちゃいましょう!」

「もうちょっと待とうよ、これ以上混ぜたら……」
春人の制止は空しく、リリア・ヴォイド・モブ子の三人が一斉に強い要求の声を上げる。
直後、村の風景がぼやけて音も色も消え入り、あたりを白い光が覆った。
「またかよ……もう少し落ち着きたかったのに」
春人は嘆息しながら、その眩しさに目を閉じた。

第4章 “TSファンタジー&ハーレム祭り”

第1節:転生し直したら…性別まで変わってる?

 春人はまばゆい閃光が消えた直後、地面のはずだった足元がふわふわと浮いているような感覚に戸惑っていた。
そっと両手を見やると、白くてほっそりした指先が視界に入り、思わず固まってしまう。

「え、な、なんだ……手がすごく小さいし、なんでこんなにツルツル……?」

 首筋をこわごわさすってみると、するりと指が滑る。
恐る恐る胸元へ目をやると、確かに女性らしいラインが存在していて、頭の中が一瞬真っ白になる。

「なんで俺、女になってるんだ……!?」

 混乱の声を上げる春人(♀)の隣では、リリアが短い髪をかき上げながら苦笑いを浮かべていた。
彼女の背は高く、男物のタイトなジャケットを着込んでいる。凛々しい顔立ちは、どう見ても青年にしか見えない。

「どう見ても女性化してるじゃない。ふふ、私だってこれ、男になっちゃったみたい。しかもなかなかのイケメンっぷりよね。作者、悪ノリしすぎでしょ」

「本当に性転換してるのか……」

 春人(♀)が思わず頭を抱えてしまうと、少し離れた場所でヴォイドが悲鳴に近い声を上げた。
彼の体は明らかに少年の姿で、マントも短くされ、袖もだぶだぶだ。

「こ、これって…少年化? 俺、渋い雰囲気が良かったのに、こんな可愛い系の外見は想定外だ……悪役オーラが消えてしまうじゃないか」

 モブ子はといえば、なぜかいつも通り地味なまま。
自分の体を点検しているが、パッと見では特に大きな変化がない。
思わず彼女は帽子を脱ぎ、首をひねる。

「私だけ変わってないみたい。もしかして…モブ枠だからTSから外されたんでしょうか。なんて理不尽……」

 周囲を見回すと、パステルカラーの建物が立ち並び、空にはやたら可愛らしい翼の生き物が飛んでいる。
どこか絵本のようなメルヘン世界に迷い込んだようだ。人々の服装もふわふわとした色使いで、耳になじむゆったりした音楽が町中に流れている。

「すごく可愛らしい世界観だけど、こんな所でどう振る舞えばいいんだろう。とりあえずヒールが歩きづらい……」

 春人(♀)がヨロヨロと歩を進めると、リリア(♂)が彼女を支えるように手を貸す。
それだけでも通行人が「キャー!」「あの男性、優しい…!」などと囁いている。

「なんだか私、男の姿だとモテモテじゃない? これは新鮮だわ。せっかくだしハーレムでも作ってみようかしら?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなりハーレムって…? しかもリリアが男になって、女性キャラを侍らせるとか本当に大丈夫なのか?」

 春人(♀)が制止しようとすると、ヴォイド(少年)はむくれたように頬をふくらませている。

「おれは少年にされて、悪役感も威厳も吹き飛んだぞ。何をすればいいんだ。戦闘シーンなんてイメージしづらいじゃないか」

「私だって、こうなるならいっそ可愛い美少女にしてほしかったですよ。もしくは男体化でもいいから、何か劇的に変わった感がほしいのに……」

 モブ子がとぼとぼつぶやくのを横目に、リリア(♂)は町の大通りへ大胆に踏み出す。
男性姿になっているせいか自信に満ちあふれており、あちこちから「かっこいい…!」「どこの王子様…?」と黄色い声が上がってくる。

「やっぱり男主人公っぽく振る舞うってのは楽しいものね。ほら、春人。女体化だって楽しんでみなさいよ」

「そんな余裕ないんだけど…もう、どうなるんだよ…」

 ヒールに苦しむ春人(♀)はうなだれながらもリリア(♂)を追いかける。
ヴォイド(少年)は少年化に落ち込み、モブ子は地味なままで居場所がなく、4人そろって奇妙なやり場のない気持ちを抱えていた。

 しかもそんな4人の姿は、町の人々からしてみれば相当目立つようで、早くも慣れない男姿のリリア(♂)と女体化の春人(♀)を取り囲む人だかりができかけている。
春人(♀)の方へも「お姉さん、よかったら一緒にお茶でもどう?」と声をかけてくる男性が現れ、驚きと困惑で顔をこわばらせてしまう。

「え、ちょっと待って……おれ、男なんだけど——あ、いや、今は女か……どう返事すればいいんだ」

 相手の男性は「気にしないで。素敵な方には声をかけたくなるものさ」とウィンクしてみせ、春人(♀)は青ざめた表情でリリア(♂)の背後に隠れようとする。
だがリリア(♂)が「ほら、せっかく女になったんだから楽しく交流しなさいよ?」とからかうものだから、さらに頭を抱えるばかりだ。

 一方のヴォイド(少年)も、どこからか現れた妖艶な雰囲気のお姉さま方に囲まれていた。
彼女たちは少年の可愛らしい姿を見つめながら、「まあ、なんて愛らしいの…!」「こういう小動物系は大好物なのよね」と恍惚の笑みを浮かべている。

「お、おれに近寄るな……っ、ショタコンってやつか? ちょ、止めて!」

 肩を抱こうとするお姉さまの手を振りほどこうとするが、なまじ見た目が可愛い少年だけに相手はますます興奮気味で、ヴォイド(少年)は恐怖に足をすくませるしかない。
「おれは悪役希望なんだ、こんなショタ扱いされても困る!」と心の中で叫ぶも、むしろ相手には可愛い反抗としか映っていないらしい。

「おい、ヴォイドが危なそうだぞ……?」

 春人(♀)が気づいて助けに入ろうとするが、今度は三人ほどの男がいきなり背後から声をかけてきて「ねえ、お姉さん、さっきは俺たちと会話してくれなかったじゃない」と詰め寄る。
彼らは女性姿の春人(♀)に目をつけたようで、「こんな美人さんがいるなら、ほっておけない」と言わんばかりに囲んでくる。

「ちょ、ちょっと離れてください…! おれ、中身は男だから……」

「中身がどうとか関係ないよ。美しい花には素直にアプローチしたいものさ」

 まさかの逆ナンパに春人(♀)は目を回しそうになり、右往左往してしまう。リリア(♂)はそんな騒ぎに気づき、少し離れたところでお姉さま方に絡まれるヴォイド(少年)を見て、「まあ、とんでもない世界に来たわね」と苦笑いを浮かべるしかなかった。


第2節:全員のハーレム展開

 町の中心には賑やかな酒場があった。
ピンクや水色で彩られた可愛い看板が掲げられ、中に入るとメルヘン調の装飾が目に飛び込んでくる。
客層は女性が多めで、ふわふわのドレスを纏った人や、天使のような羽を飾りにつけた者も見受けられる。
外で襲いかかられそうになった春人(♀)とヴォイド(少年)を緊急避難させるように、リリア(♂)がたどり着いたのがこの酒場だ。

「まるでおとぎ話の世界…しかも客の半数以上が女性? さっきのショタコンお姉さまが追ってきてないといいけど……」

 春人(♀)が周囲を見回すと、リリア(♂)はへっちゃらな顔で腰かけ、王子様スマイルを振りまく。
すぐに店の女性客が気づき、こそこそ話したあと、キャーッと小声で盛り上がりながら近づいてくる。

「さっきは思いっきりモテモテだったじゃないですか、リリアさん。見事に女性ファンができてましたね」

 モブ子はどこか羨ましそうな目を向ける。一方のヴォイド(少年)は、さっき逃れてきたばかりでまだ顔色が悪い。

「勘弁してくれ……大人の女性が寄ってきて、ショタ扱いで可愛がろうとするんだ。おれはそんな趣味ないんだよ。背筋が凍る思いをした……」

「モブ子、ちょっとヴォイドの周りをガードしてあげて。ああいうお姉さま方にロックオンされたら逃げられそうにないから」

 春人(♀)が汗を浮かべてそう言うと、モブ子は「ま、任せてください!」と緊張気味に答える。
ただ、モブ子自身も地味な格好ゆえか、他のお客からはいまいち気づかれておらず、実際どこまでガードできるかは微妙なところだ。

 その間にも、リリア(♂)は酒場の女性客たち数名をうまく引き寄せ、あれよあれよという間に輪を作り始める。
笑顔で対応するたびに「素敵!」「お話上手!」と歓声が上がり、すっかり人気者だ。

「男主人公ハーレムって、やっぱりいいものね。積極的な女性たちに取り囲まれて、優越感がすごいわ」

「いやいや、それはそれで事件のにおいしかしないぞ。ほら、春人さんのほうにも男たちが目をつけてるし…」

 ヴォイド(少年)が視線を飛ばした先には、すでに3人ほどの男が春人(♀)の姿を遠巻きに見つめている。
さっき町中で声をかけてきた連中と似た匂いがする。
春人(♀)は緊張を浮かべながら「そんな…女になった途端にイケイケな男に囲まれるとか困るって。おれ、ほんとどうすればいいんだ…」と肩を落とす。

「そこのお嬢さん、随分と美しいねえ。よかったら今度、俺たちと連れ立って踊りにでも行かない?」

 声をかけてきた男が気取った感じで春人(♀)を囲み始め、彼女(彼)は青ざめながらグラスを握りしめる。
急いで隣に座っているヴォイド(少年)のほうを振り返って助けを求めようとするが、ヴォイド(少年)のほうもまたショタコンお姉さまが「もう逃がさないわよ~」とにじり寄ってきて大ピンチに陥っている。

「うわああん、助けてくれ! おれはショタなんてやりたくないんだ…!」

 騒がしさに拍車がかかり、店主は「あんたたち、一体何の騒動を持ち込んでるんだ…」と頭を抱える。
リリア(♂)はそれらを遠目に眺めつつ、好き勝手に女性客と盛り上がり中で、まったく助ける気配がない。

「どうなってるんだ、このTSファンタジー……」

 春人(♀)は男たちの手から逃げるように椅子を移動させ、なんとか安全地帯を確保しようと必死だが、男のほうも「そんな恥ずかしがらずにさ~」などとしつこく食い下がってくる。

「もうムリ! モブ子、助けて!」

「すみません! 春人さんは…その、あの、まだ心の準備が…!」

 モブ子もわたわた動くが、結局混乱を止めきれないまま、店内はわけのわからないドタバタ状態へ突入してしまった。


第3節:世界が限界を超えて、大混乱へ

 翌朝になると、リリア(♂)が滞在している宿の前に集まるのは女性だけではなくなってきた。
ショタ化ヴォイドを求めるお姉さま方、女体化春人(♀)を口説きたい男連中が集合し、まるでサーカスのようなにぎわいに発展している。

「リオン様、お弁当を作ってきました~!」「ショタの子、どこにいるの? もう一回だけ抱っこさせて~」「お嬢さん、綺麗な髪だね。一緒に散歩でもどうかな?」

 あらゆる声が飛び交い、宿の主人がパニックを起こして「これは営業妨害だぞ…!」と叫ぶほどの大混雑。
リリア(♂)が戸を開けた瞬間、あちらこちらから歓声と悲鳴が同時に上がり、まるで人気アイドルの出待ちのような様相だ。
春人(♀)は目を回しつつ、ヒールで人混みを縫っていこうとするが、男性ファン数名に捕まってしまう。

「ちょ、ちょっと離して…おれ、そんな…!」「だって可愛いんだもん。誰もが口説きたいって思うはずさ」

 同時に、ヴォイド(少年)のあたりではショタコンお姉さま軍団が「一緒に甘いお菓子食べましょうね~!」「危ないことなんてさせないわよ」と両腕をつかんできて、ヴォイド(少年)は顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。

「こんな形で人気が出ても嬉しくないんだよ、離せーっ!」

「私も限界です…! 守れなくてごめんなさい」

 モブ子はヴォイドに群がる女性陣を食い止めきれず、右往左往している。
誰の声もかき消されて、ハーレムどころか誰が誰を口説いているのかもわからない混沌へ突入した。

「もう詰め込みすぎて、もう限界なんじゃないか?」

 春人(♀)が腕をつかんできた男たちをなんとか振りほどきながら、ぼそりとつぶやく。
ヴォイド(少年)はお姉さま方に「もう、おれを放してくれ!」と叫んで逃げ出し、リリア(♂)は大量の女性ファンに囲まれたまま青ざめた表情で空を睨む。

「やっぱり詰め込みすぎると無理が生じるってわけね。作者ーーー! もうちょっと緩やかな世界に戻しなさいよ!」

「そうだ! こんなの制御不能じゃないか!」

 春人(♀)、ヴォイド(少年)、モブ子が一斉に声を上げる中、リリア(♂)が「こんな暴走はもうごめんだわ」と天へ叫ぶと、空の裂け目から白い光がどんどん広がって町全体を覆い始める。
人々の悲鳴や息遣いがかき消され、建物や道がぼやけてゆく。

「こんなTSハーレムも悪くなかったけど…さすがにやりすぎかもね」

 リリア(♂)が小さく呟いた瞬間、宿も路地も、周囲にいた大勢のファンまでもが光のかたまりに飲み込まれる。
ショタコンお姉さま方が「やだ、もっとショタちゃんと遊びたい…!」と断末魔のような声を上げ、春人(♀)を囲んでいた男たちも混乱した叫びを残して消えていく。

「もう次こそは落ち着いた世界を頼む……」

 春人(♀)が光の洪水の中で声を振り絞るが、すぐに意識が攫われるような感覚に沈んでしまう。
TSにハーレム、ショタコン猛攻と男からの口説きが入り乱れた世界は、大混乱を演出しただけで終わりを迎えた。
四人の体が空間の歪みに引きずり込まれ、見慣れた白い閃光に支配された視界が何もかも切り取っていく。
どこへ向かうかはわからないが、誰もが心底から「もう次は普通にしてくれ…」と思っていた。

第5章 “そこそこファンタジー+α”の落ち着いた世界

第1節:ようやく元通り(?)の身体と世界

 光が散り、春人は思わず深呼吸をした。
鼻先をくすぐるのは、わずかに湿った草の匂いと、どこか機械的な金属の香り。
「ここは……森? でも少しだけ機械っぽい装置があちこちにあるぞ」

 足元を見ると、苔むした地面の上に大小のケーブルのようなものが通っていて、点滅する青い魔法石が何かを動かしているらしい。
春人は慌てて自分の体を確かめた。
「う、腕は太いまま……いや、元の男の体に戻ってるみたいだな。よかった……」

「おいおい、まさか私たち、また妙な世界に来ちゃったのかしら」

 リリアがすぐそばで軽く屈伸している。
今度はお姫様風のドレスではなく、白い騎士団長用のプレートアーマーを装備しているらしい。
動きやすそうな鎧に、腰には剣が一本。
「ふむ。騎士団長だって? ずいぶん機能的な鎧ね。でも、デザインは悪くないかも」

「おれは……ふむ、悪くない。今度は“外部勢力のリーダー”とやらになったようだぞ」

 ヴォイドが黒い外套をまとって立っている。
鋭い金属板をあしらった肩当てと胸当てが、どこか威圧感を放っているが、魔王のような禍々しさはない。
「敵役ってほどじゃなく、国に反対する軍のリーダーとか、そんな設定かもしれないな。まあ、平和的に交渉できるならそれもいいさ」

 モブ子は少し離れた場所で、薄い研究員用の白衣に似た装備をまとい、腕には小さな携帯魔導端末を装着している。
「私、今度は研究員役だそうです。えへへ、地味かもしれないですけど、雑用係よりはだいぶ昇格しましたよね」

「おお、いいじゃん。王国の研究員って響き、ちょっとかっこいいし」

 春人はほっと安堵の笑みを浮かべながら、背に回った小さなプレートを確認する。
どうやら“異世界調整者”のバッジらしきものを付けているらしい。
「俺は……メタ的な何かを修正できる存在ってことか。へえ、ちょっと面白そう」

 リリアは周囲をぐるりと見回してから、肩をすくめるように声を落とした。
「この世界、剣と魔法が基本みたいだけど、そこかしこにちょっとした魔導技術が溶け込んでるのね。魔力で動く機械やら、伝達装置が並んでるわ」

「確かに。テンプレみたいな中世ファンタジーにしては、少し便利そうな仕掛けがあるな」

 ヴォイドが森の中に立つ石碑に触れると、ぼんやりと文字が浮かび上がった。
「おれたちのステータス画面か何かか? ……いや、これは王国周辺の地図みたいだな。どうも作者が作り直してくれたんだろう」

「やっとまともな落とし所って感じがするわ。あんまり設定盛りすぎてないし、だけどちょっとだけ技術がある。ほどよいバランスかもね」

 リリアがうなずくと、モブ子はワクワクしたように端末を眺め、「研究員らしく、ここで魔導技術の発展を手伝えそうです」と声を弾ませた。
春人は静かに木漏れ日の下に視線を落とし、「こういう世界なら、ゆっくり冒険できそうだな」としみじみつぶやく。
世界を何度も書き換えさせた末、やっと落ち着いた空気を感じ取った。

「まったく、どれだけ振り回されたんだか……」

 そう呟きつつ、春人は目を閉じて深呼吸する。
柔らかな日差しと、魔導装置のかすかな機械音が混ざり合う静けさ。
騎士団長のリリアは誇らしげに剣を握りしめ、外部勢力リーダーのヴォイドは険しい顔をしながらも楽しそうに地図を見ている。
研究員のモブ子は装置の使い方を覚えるため、指先で画面をひたすらタップしている。

「さあ、ここからが本番ってわけかな」

第2節:それなりに納得できる世界と役割

 近くの町へ足を運ぶと、中規模くらいの城壁に守られた王国が広がっているのが見えた。
門をくぐると、道端に魔導式の街灯や小さな自動販売機のような箱が置かれていて、どこかレトロフューチャー的な雰囲気がある。
人々は「魔法を使う騎士団」や「魔導具を使った日常」を普通に受け入れているようだ。

「確かに“剣と魔法+α”って感じね。華美すぎず、地味すぎず、ちょうどいい案配だわ」

 リリアは騎士団長の立ち位置というだけあって、周囲の兵士に軽く敬礼されている。
「団長、おはようございます」と声をかけられ、リリアは少し気まずそうに微笑んだ。
どうやら自分にも地位や役職が設定されているようで、すでに立場は確立されているらしい。

「しかも私は外部勢力のリーダーって設定か。まあ、世界征服なんかはしないけど、王国と利害が対立している勢力の頭領なんだろうな」

 ヴォイドが門を出たり入ったりする兵士たちを眺めながら、「いつかこの町で交渉したり、意見をぶつけたりする機会があるのかもしれないな」とつぶやく。
春人は少しだけ笑みを浮かべ、「戦わない悪役、いいじゃないか」と茶化すように言った。

「私は研究員って肩書きなんで、この街の研究所に配属されてるみたいですよ。あ、案内板があるので見てきます」

 モブ子は掲示板を見つけて、急ぎ足で確認しに行った。
リリアは腕組みしながら「いいわね。モブ子も本名があればいいんだけど」と首をかしげる。
まわりを見渡すと、騎士団の兵士がリリアの名を呼びに来た。

「団長、先日の訓練の件でご報告を。隊員たちの装備が少々古く……」

「わ、わかったわ。あとで確認するから、書類をまとめておいてちょうだい」

 リリアは少し戸惑いながらも、騎士団長らしく指示を出している。
以前の世界とは打って変わって、落ち着いた責任ある立ち回りをしなくてはならないらしい。

「ところで、春人。お前は何をやってるの?」

 ヴォイドが尋ねると、春人は軽く身を引いて肩をすくめた。
「俺は“異世界のメタ的歪み”を修正できる調整者……ってバッジに書いてある。たぶん、この世界が変な方向に崩れないようにするのが役目なんじゃないか?」

「なるほどね。いままで作者任せで世界がぐちゃぐちゃになってたのを、防ぐための存在ってわけか」

 ヴォイドは納得したように頷き、「ま、トラブルが起きたら頼るかもしれん」と軽く言った。
春人は「もちろん、俺にできることなら」と返してから、リリアの方を見つめる。
「リリアも騎士団長として頑張らないとな」

「わかってるわよ。……あ、でもこの鎧、けっこう動きにくいわね。もっと魔導技術で軽くならないのかしら」

 リリアはぼやきながら、ふと照れ隠しのように顔を背けた。
モブ子が戻ってきて、「研究所の場所がわかりました。私も自分の居場所があるっていいですね」とはしゃいでいる。

「うん、まったり動き回ってみようか。変に世界を改変しなくても、このまま冒険できるんじゃない?」

 春人は穏やかにそう言い、周囲を見回す。
兵士や町人たちが普通に生活している中、地味な魔導装置があちこちで動いている光景は悪くない。

「確かに。あまり派手な要素はないが、その分しっかりとファンタジー感を保ってる。いいんじゃないか、このくらいが」

 ヴォイドも賛同して、スッと手を伸ばして草むらを払いながら道を進んだ。
「俺は外部勢力の者としてここの政策に口を出す立場らしいが、あんまり戦いたくはないから、のんびり意見交換でもしてみるかな」

 リリアは騎士団としての責任感を見せつつも、「たまにはモブ子が活躍できるよう、研究所での発明品なんか期待してるからね」と冗談まじりに言う。
モブ子は「はいっ」と明るく返事をして、胸に手を当てた。

「よし、じゃあまずはこの世界を楽しもう。作者もようやく、落ち着いた設定を考えたんだろうしね」

 春人が前向きな意見を述べると、三人もそれぞれにうなずく。
これまで何度も世界を変更させたのが嘘みたいに、どこか穏やかな雰囲気が漂っていた。

第3節:物語はまだ続く…でも今度こそ安定?

 その翌日、王宮の広い廊下をリリアが悠然と歩いていた。
騎士団長の真新しいマントは魔導紋が刻まれていて、軽やかながらもしっかりと防御力を持つらしい。
すれ違う兵士が「団長、お疲れさまです」と敬礼し、リリアは会釈を返す。

「まさか私が騎士団長になるとはね。悪くないポジションじゃない。お姫様キャラはもう飽きてたし」

 春人はその後ろをついて歩き、「やっぱりリリアは強い立場が似合うよな」と苦笑する。
するとリリアは振り返って、少し照れたような顔をした。
「まあ、昔のわがまま姫みたいな振る舞いは反省してる。騎士団長として、それなりに人を引っ張らなくちゃいけないからね」

「俺も適度に協力するよ。なんたって調整者だからさ。世界がまた変な方向に行かないように、気をつけておく」

 ヴォイドは一方で、王宮に招かれた“外部勢力の代表”として、国王との会談に挑むらしい。
「大戦とか大規模な戦闘にはしたくないから、意見交換程度で済めばいいな。おれの部下も気が強いが、平和的解決が理想だ」

 モブ子は研究所で魔導装置の改良を進めているようで、今日も朝早くから実験に取りかかったらしい。
「いつか私が発明した魔導具が、騎士団を支えたり、人々の暮らしを便利にしたりできたらいいなあ」
そんな前向きな声が、朝の廊下で聞こえてくる。

「いろいろあったけど、今回は本当に長続きしそうだね」

 春人が小さく安堵していると、リリアはちらりと視線を向けて言葉を続けた。
「ただし、メタ的な力や作者の存在は消えていないはずよ。もしまた誰かがいらない要素を詰め込みまくったら、どうなるかわからないわ」

「そうだな。今もモブ子が“もっと活躍したい”とか言い出して、変な事件を引き起こさないかちょっと心配だ」

 冗談めかして笑い合う二人だが、ヴォイドが冷静に口を開く。
「まあ、次はそうならないように、うまくやりくりしよう。俺たちが多少わがまま言ったって、春人が調整役をしてくれるだろうし」

「そりゃ期待が大きいな。俺はブラック企業勤めだったんだぞ。交渉力なんて適当に使えるわけが……いや、まあ頑張るよ」

 春人は苦笑いを浮かべつつも、気持ちがどこか晴れやかだった。
幾度となく世界を書き換えてきたが、今度こそキャラ同士が適度な距離感で協力できそうな予感がある。
騎士団長リリアは誇り高く、外部勢力リーダーのヴォイドは自分の信念に忠実に、研究員モブ子は新しい技術を探求している。

「みんながバランスを取れれば、そこそこオリジナルのファンタジー世界として存続していけるんだろうな」

 春人は静かにそうつぶやいた。
廊下の先には大きな扉があり、その向こうは王城の会議室。
そこに待つであろう国王や大臣たちに、リリアがどう対応するのか、ヴォイドがどう絡んでいくのか、モブ子の研究がどう活かされるのか。
先の展開を想像するだけでも、もう破綻だらけだった前の世界とは違って楽しめそうだ。

「これなら、思う存分冒険もできるな。魔物がいるなら適度に討伐して、でも世界がめちゃくちゃになるほど乱戦しない。平和を守りつつ発展もできる、いいじゃないか」

 リリアは扉の前で足を止め、「ありがとね、春人。あなたがいなかったら、またいつものように作者にクレームつけて世界崩壊させてたわ」と小さく笑う。
春人は「いえいえ、こっちこそ騒ぎに巻き込まれて大変だったさ」と肩をすくめる。
ヴォイドは軽く微笑しながら、「まあ、おれたちが飽きなきゃいいんだがな」と皮肉めいた口調を残す。

「大丈夫よ。しばらくはこの世界を楽しんでみようじゃない。騎士団長として、ヴォイドの勢力との兼ね合いも含めて、物語を動かす余地はたくさんあるんだから」

 リリアがそう宣言すると、モブ子が向こうから走ってきて手を振った。
「団長、王様が呼んでますよ! ヴォイドさんも一緒にって。国の安全保障について話し合いたいとか!」

「よし、いっちょ行くか」
ヴォイドは胸を張り、リリアは一瞬緊張したように息をのんだ。
春人は「じゃあ、俺は調整者としてサポートするよ」と微笑んでついていく。

 こうして、新しいファンタジー世界の幕が開いた……というより、“落ち着いた”新章が始まったようだ。
そこそこ剣と魔法、ちょっぴり魔導技術、キャラクターたちの役割もしっかり設定されている。
少なくとも、今度こそは大きな破綻を招かずに、ちゃんと物語を進行できるはず――春人は心の中でそう願い、扉の向こうへ足を踏み出すのだった。


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