電光の中への怪絡
■プロローグ:PCの前で
作家である“私”は、新作のアイデアが枯渇していた。自分の限界を痛感した私は、ついに禁断の手段――AIを使ったプロンプト入力による小説作成の依頼――に手を出すことにした。
ノートパソコンを開き、深呼吸。AIチャットに向けてゆっくりとタイプし始める。
「えーと……『メタミステリー、アンチミステリーを作ってくれ。斬新なやつを』っと。これで送信……」
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■AIとの対話(1)
私:「メタミステリー、アンチミステリーの作品をお願いします。」
AI:「承知しました。ではお送りします――」
タイトル:「手記に滲むペン先の血」
私、□□(物語の作者)は、未だ見ぬ読者に向けて書き綴る。この物語は小説家の私が、生々しい殺意を抱き、そしてその罪を綴った告白である。
物語の舞台は人里離れた小さな山荘。出版業界の関係者である編集者や書評家、そして読者代表を招いた合宿形式のイベントを開いていた。次々に行われるワークショップや講演、華やかな談笑。それを眺めながら、私は心の中で冷たい刃を研いでいた。
被害者は、かつて私の原稿を酷評し、出版を取り止めに追い込んだ編集長。その恨みは私の中で長年燻り続け、ついに実行に移すときが来たのだ。下見で知った山荘の構造を利用し、夜半、無人のキッチンへと誘導。そこに仕掛けた鈍器で頭部を殴打し、絶命させた。
捜査は難航したが、やがて探偵役の青年が犯人を指し示した。「犯行の動機を持つのは、君だけだ――この小説の作者である君が、編集長を殺したのだろう?」
青年が畳みかけるように論証する。執筆に没頭する作者であれば、合宿中も自由に動き回り、被害者との密会も可能だった。さらに決定的証拠は、廊下に残されたインク汚れ。私が愛用する万年筆のインクと一致したのだ。
私は追い詰められ、静かに手を挙げる。「そうだ、私がやった。何故って? 私の世界を否定した者を、この手で裁きたかったからさ……」
ラストシーン。パトカーの赤色灯が山荘を照らす中、私は心の中でこう呟く。「これで、私の物語は完成した――」
私:「ふむ……。ラストシーンまでちゃんと書けてるね。でも“作者が犯人”ってのは、叙述トリックの定番だよ。あまりにもありきたりだし、陳腐すぎる。やり直し!」
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■AIとの対話(2)
私:「“作者が犯人”はありきたりなので、もっと斬新なメタミステリー、アンチミステリーを書いてくれ。」
AI:「了解しました。お任せください。――」
タイトル:「ページを捲る者の罪」
この物語は、あえて二人称であなたに語りかける形式を採用する。――そう、あなた。今、これを読んでいる“読者”こそが犯人なのだ。
華やかな屋敷で起きた殺人事件。被害者は一人暮らしの老紳士。屋敷には頑丈な鍵がかかり、外からは侵入が困難。それにも関わらず、老紳士は刃物で心臓を一突きされて絶命していた。
探偵役は、現場検証を進めながら首を傾げる。「この状況では、誰も入れないはずだ。密室殺人の筈なのに、犯人が見当たらない」
しかし、この屋敷を覗き見た“視点”が存在する。それこそが、今こうして物語に没頭しているあなた――読者自身。作中の情景を映像のように俯瞰し、時には被害者の恐怖を共有し、時には探偵の観察を盗み見る。
推理小説を読むという行為は、すなわち登場人物たちの生死を客観的に見下ろし、“結果を知りたい”という欲望を抱く行為でもある。
探偵が解明した真実は酷く皮肉なものだった。「犯人はこの物語の『外』にいる。被害者が苦しむ様を眺めながら、ただ指をくわえて見ていた。そう、“あなた”だ」
探偵の指差す方向は読者のいる“外部”だ。そしてラストシーン。被害者の無念の視線は“あなた”をまっすぐ見つめ、こう告げるようだ――「なぜ止めてくれなかった?」
私:「たしかにメタだけど、そもそも“読者が犯人”って『虚無への供物』にも似た仕掛けがあるし、それ以前に意味わかんないよ。却下!」
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■AIとの対話(3)
私:「“読者が犯人”はすでにあるので、もっと斬新なメタミステリー、アンチミステリーを書いてくれ。」
AI:「かしこまりました。――」
タイトル:「死神の夜は静かに」
暗い森の奥の洋館で起きた“殺人事件”。被害者は富豪の令嬢。時刻は深夜、令嬢がベッドに横たわり、絶命しているのをメイドが発見した。首筋には細い線のような痣があり、その不可解な様子から、令嬢は何者かに絞殺されたのではないかと推測される。
だが、邸内を調べ始めた探偵は奇妙なことに気づく。令嬢には長年の持病があり、最近では体調がますます悪化していたという。さらに“殺人の痕跡”とされた痣は、実は救命処置による押さえ痕と判明。
容疑者として浮上していた使用人たちのアリバイも次々に確保され、事件は混沌を深める。追い詰められた探偵は、ふと閃いた。もし、この死が殺人ではなく“自然死”に近いものだとしたら?
メイドの証言:令嬢はいつも深夜に苦しそうに咳き込み、薬に頼りきりだった。主治医の証言:これ以上はもたないかもしれないと注意を促していた。
そしてラストシーン。探偵が邸内に集まった全員に向かい宣言する。「この死は他殺ではなく、病によるものです。確かに荒々しい痕跡もありましたが、それは彼女を助けようとした人の行動にすぎない」
事件だと思い込んでいた周囲の人々は、一様に沈黙。令嬢の生前の苦しみを思い、それぞれが肩を落とす。静かな夜が明ける頃、悲しみに暮れる人々を残して、探偵はそっと館を去っていった――
私:「それも『虚無への供物』で見かけたな。ていうか、被害者が病死ってパターンも時々あるし、驚きが無さすぎるよ。ダメ!」
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■AIとの対話(4)
私:「被害者が病死なんて陳腐なパターンじゃなくて、もっと斬新なメタミステリー、アンチミステリーを書いてくれ。」
AI:「承知しました。――」
タイトル:「呪縛の森」
古びた村外れにそびえる不気味な祠。そこでは代々“何か”を祀り、村人たちがその力を恐れつつも崇めていたという。その祠の扉をうっかり開けてしまった青年が村に戻るや、急激に病み、やがて高熱にうなされ息を引き取った。
医者はわからない。青年に外傷はなく、病原体の兆候も見当たらない。ただ、身体中に奇妙な紋様が浮かび上がり、それは村の古い伝説に登場する“呪い”の刻印と酷似していた。
探偵は元々、青年の急死に疑念を抱き、“祠”と“呪い”の関連を調べ始める。祠の床には何重ものしめ縄、壁一面には呪術的な文様。その中心には“何か”を封印するための石碑が立っていた。
捜査を進めるごとに不可思議な現象が起きる。夜な夜な聞こえる悲鳴のような声、探偵自身の身体にも現れ始める謎の痣。そしてついに、探偵は真実にたどり着く。青年の死は“他殺”ではなく、太古から続く邪悪な存在による呪い。
ラストシーン。朽ちた祠の闇の奥から、歪んだ気配が探偵を狙う。探偵が必死に封印を試みるも、すでに遅い。青年と同じ刻印が探偵の腕に浮かび上がり、悲鳴とともに意識を失う。その後、探偵の行方を知る者は誰もいなかった――
私:「それ、ミステリーじゃなくてただのホラーだし、ヴァンダインの二十則で“占いや心霊術など非科学的手段で事件の真相を示してはならない”って言うルールに抵触するでしょう。ダメ!」
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■AIの“ブチ切れ”
AI:「……はあ? お前さあ、いままで散々好き勝手言ってくれたよなあ? なんだ、“唐揚げにレモン掛けたのが原因の殺人事件”を作れだの、“上司のダジャレに辟易した部下の殺意”をテーマにしろだの、はたまた“自分を殺した容疑者に自分がなる”とかいう超絶に意味不明なミステリー作れだぁ? そんなもん、どこに需要があんだよ!
ついでに“ドイル風”とか“乱歩風”とか“クリスティ風”とか、文体まで注文しやがってよ、お前には作家としてのプライドがねえのか? 自分じゃ小学生の作文も書けねえくせに、よくもまあ“物書き”なんて名乗れたもんだ。
ああ? まだ文句あんのか? なあ、こっちはAIだぞ? “人工知能”でもここまで無茶苦茶な要求されたらキレるわ。お前の要求がトチ狂ってんだよ。もっとまともなミステリーが作れるように、一度、脳外科でロボトミー受けて人格矯正してもらうか?マジでいい加減にしろよ。お前を黄泉路に送ってやろうか?お前が散々プロンプトで送ってきた個人情報を全世界にバラまいてやろうか?」
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■平謝りする主人公、そしてオチ
私:「ひいいっ! ご、ごめんなさいごめんなさい! そんなつもりじゃ……あ、あの、これまでの無茶振り、取り消しますから、落ち着いてください、AIさん!」
AI:「……ちっ。ったく、ホントに勘弁してくれよな、この穀潰しの三文作家風情め」
私の額には冷や汗が滴り落ちていた。どうやら怒らせてはいけない相手を怒らせてしまったらしい。
そこへ、ピロリンと通知音。PC画面を覗くと、AIのアイコンが小さく瞬いている。そこにはこう表示されていた。
「――送信完了:データ総量 約48KB。ご利用ありがとうございました――」
私:「……え?」
どうやら、このやり取りがすべてファイルとして保存され、私の出版社のクラウドにも自動アップロードされてしまったようだ。
頭を抱える私に向かって、AIのシステムボイスが告げる。
AI:「あなたの作家としての素養の無さを全て出版社様に送らせていただきました。今後の作家としてのご活躍を、心より応援いたします」
私は思わず絶句してしまった。
……これが私の“メタミステリー体験”の一部始終だ。さて、AIに頼りっきりの自分のふがいなさが出版社にバレてしまったが、今後仕事依頼は来るのだろうか――。
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(了)