始まり
結婚して25年余り。
夫婦間の問題に堪忍袋も限界を迎え離婚を前提の別居生活をする為に家を出た。
何の邪魔も入らない独身生活。
何かしようと思ったがこれと言った趣味も無い。
別居前は日曜大工(DIY)とかやっていたけどそれは全て家庭の為のもの。
時間をもて遊ぶ日々。
そこで以前から興味のあったドローンを始めてみた。
これがまた非常におもしろい。
通販で機体を購入し、いろいろ改造したりして休みの日はあちこちに飛ばしに行ってた。
そんな中で偶然見ていたテレビで地元で活動している高校生SSW(シンガーソングライター)知る事になる。
その歌声にすっかり魅了されてしまい彼女の情報を得る為にSNSを始めた。
そこでは同じ想いを持っている仲間達と繋がり毎日ワイワイとSNS三昧。
すっかりこっちの方が忙しくなりドローンが疎かになった。
そしてそのSSWのライブに参加する為の資金繰りにドローンを売ってしまう始末。
それだけどっぷりとハマってしまった。
いつしか気の合った仲間とそのSSWを応援する会を立ち上げた。
まさかその会の中に運命の彼女が居たとは思いもよらなかった。
彼女とはそのSNS上で時々絡む程度で同じSSWを応援する仲間程度にしか思って無かった。
でも彼女は俺が参加したライブで俺のすぐ後ろで観ていて、俺の事を認識してたらしい。
SNS上でそんな事を聞き冗談まじりに「そんな時は後ろからヘッドロックをかましてくれても良かったのに~」って言ったら「次からそうします!」って返してきた。
でも後で聞いた話では極度な人見知りで声をかける余裕すら無かったとの事。
その後、彼女はライブに参加する事も無く結局会えずじまい。
暫くして彼女は突然、応援する会を辞めてしまった。
あまり人と絡むのが得意では無く会の盛り上がりについて行くのに疲れてしまい脱会したとの事。
会の方針として「来る者は拒まず去る者は追わず」だったので仕方なかった。
会は去ったもののSNS上では相互フォローだったので俺の投稿に反応してくれていた。
それから月日は流れた。
季節は秋も深まった頃、俺の元に衝撃の知らせが舞い込む。
会社の健康診断の結果「要精密検査」。
精密検査を受けに行くと医師から「ステージⅣの末期ガンで余命6ヶ月」を告げらた。
正直、その時点で死ぬのは怖いと思わなかった。
人はいずれ死ぬのだしこれと言って将来に希望とかも無かったからだ。
思ったより冷静にその事実を受け入れてしまった。
しかしながらこれからどうするか考えなくては。
残りの人生の選択を迫られる。
このまま入院して延命治療を受けるのか?
考えた末………俺はこのまま治療も受けず今の日常を過ごす道を選んだ。
入院して治療を受ければ死ぬまで好きな事も出来ずに終わってしまうと思ったからだ。
だから俺はこの事は誰にも言わず何食わぬ顔で日常を過ごした。
でも今まで共に過ごしてきた応援する会の仲間達には伝えなくてはと思い告知した。
その時はその仲間達と過ごす事が俺の生きがいとなっていたからだ。
仲間達もこれからの俺の生き方について反対はしなかった。
みんな口々に「頑張って」と。
本当にありがたい。
それから間もなくしてとんでもない事が俺の身に降り掛かる。
仕事中に鉄の塊が飛んで来て顔面の複雑骨折。
ドクターヘリで救急病院に運ばれ手術。
当たり所がちょっとでもズレていたら死んでたかも知れない。
ギリギリの所で助かった。
骨折した箇所は人工の骨やプレートでの固定で元通りになったものの様々な後遺症が残った。
目の下の骨が粉砕してしまった影響で目の位置が微妙にズレてしまい両目で見ると二重に見える。
上唇や頬の断裂で全体的に痺れが残る。
なので1年以上経った今でさえ職場復帰は成されて無い。
でも末期ガンの事や怪我の事が彼女と深い関係になる鍵となったのは事実である。