見出し画像

「日曜日。キャットストリート」

【人物】
上原凛(23)ショップ店員
布施奏太(24)凛の交際相手
湯川麻美(23)凛の友人
上原奏(49)凛の母
ce-ca(シーカ)(26)女性ソウルシンガー


◯アイスクリームの移動販売車・前
アイスを注文している、布施奏太(24)の横顔。布施は黒いキャップを被っている。
布施をベンチから見つめる、上原凛(23)。

凛M(モノローグ)「奏太はめったに笑わない。笑ったとしても、だいたいは愛想笑い。でもたまに、本当に可笑しそうに笑うときがある」

布施が、購入した2人分のアイスを持って凛のところにやってくる。
布施、凛にアイスを差し出す。

布施「はい」   
凛「ありがとう」

凛、布施を見つめる。

布施「なに? なんかついてる?」
凛「ううん」

布施、凛の隣に座る。
2人、アイスを食べ始める。

凛M「そんな彼が、私は好きだ」


◯原宿・キャットストリート
歩いている凛と布施。

凛「その帽子さあ、たまに被ってるよね」
布施「ああ、うん」
凛「どこで買ったの?」
布施「これ、もらいもの」
凛「へえ、そうなんだ」
布施「元カノとかじゃないよ」
凛「(いたずらっぽく)本当? じゃあ誰?」
布施「ああ、でも、言っても信じないと思う」
凛「え、誰なの?」
布施「これ、シーカからもらったんだ」
凛「シーカって、あのシーカ……?」
布施「うん」

布施、嬉しそうな、でも少し寂しそうな顔をする。

凛M「シーカとは、一時期人気だったソウルシンガーだ」


◯ビルの野外広告
ce-ca(シーカ)(26)の写真が掲げられていて、「LAST ALBUM」と書かれている。

凛M「シーカは2年前に突然この世を去った。ちゃんと報道はされてないけど、自殺なんじゃないかって言われている」


◯原宿・キャットストリート
布施「俺、10代の時期ずっと聴いてたんだよね」
凛「うん」
布施「だから、バイト先で偶然会ったとき、すげえ感動した」


◯布施の回想・バー(夜)
バーカウンターの中で、バーテンとして仕事をしている布施(20)。
布施、客が入ってきたことに気づく。
その客はカウンターに座る。それは、黒のキャップを目深に被ったシーカだ。
布施、シーカであることに気づき、しばし呆然とする。
シーカ、席に着くときに一瞬だけ布施を見る。

布施の声「帽子を被ってても、すぐにわかった」

布施、シーカから注文を受ける。
酒をつくり始める布施。

    ×   ×   ×

カウンター越しに談笑している布施とシーカ。

布施の声「なんでかわからないけど、シーカは俺に気を許してくれて、普通にしゃべってくれた」

会話をしながら、笑顔を見せるシーカ。


◯回想戻り・キャットストリート
ショップが並ぶ界隈で、適当なところに腰をかけて話している凛と布施。

布施「結局30分くらいしか話せなかったけど、帰り際にこのキャップをくれたんだ」


◯布施の回想・バー(夜)
シーカ、自分の被っていたキャップを布施に被せる。
自分は代わりにサングラスをかけ、店を出て行く。
キャップを手に取り、しばらくそれを見つめる布施。


◯回想戻り・キャットストリート
布施の話を聞いている凛。
布施、回想時と同じように、キャップを手にとって見つめている。

布施「当時はさ、これ被るとシーカがこの世界をどんなふうに見てたか、わかる気がしたんだよね」
凛「うん」

凛、布施が手にしているキャップを見つめる。

布施「……結局わかんなかったけど」

布施、キャップを被る。

布施「最近は、気分が落ち込んだ時とか、なんとなく明るくなれない時とか、これ被ると落ち着くんだよね」

凛「そっか」

布施、凛の手をそっと握る。

布施「凛といるのが嫌とか、そういうんじゃないから」
凛「わかってるよ」

凛、笑顔を見せる。


◯駅のホーム
ドアが開き、乗客が降りてくる。
凛、電車に乗車する。


◯電車・車内
イヤホンをしている凛。
iPhoneでシーカの曲を選び、再生ボタンを押す。
シーカのバラード曲が流れ始める。
車窓を流れていく、外の風景。


◯ショップ・店内(日替わり)
アパレルショップで仕事をしている凛。

凛「(来店した客に)いらっしゃいませ」


◯同・休憩室
スマホをいじっている凛。
布施とのLINEの画面。凛が布施に送ったメッセージは、未読になっている。

凛M「奏太は時々、連絡がとれなくなった」


◯布施のアパート・外(日替わり)
やってくる凛。
スマホを開く。件のLINEのメッセージは既読になっているが、布施からの返信はない。


◯同・布施の部屋の前
部屋の前に立つ凛。
インターホンを押そうとするが、ためらう。
結局押さず、ドアを見つめる凛。


◯カフェ・テラス(日替わり)
凛、湯川麻美(23)とお茶をしている。

麻美「なんか、君たち似てるね」
凛「そう?」
麻美「凛も、たまに引きこもるときあるじゃん」
凛「ああ」

凛、笑顔でにごす。

麻美「でも今は普通に会ってるんでしょ」
凛「うん」
麻美「そのこと、奏太くんはなんて言ってるの」
凛「ごめん凛。ちょっと俺ぼーっとしてた、って」
麻美「なにそれ」
凛「(笑う)」
麻美「大丈夫なの? 彼」
凛「どうかな。よくわかんない。でも、人ってそういう時あるじゃん」
麻美「そういう時?」
凛「世の中の全部と、一回距離を置きたくなる時」
麻美「わかるけど、度合いがあるでしょ」
凛「まあね」
麻美「それに、君たち付き合ってるんでしょ」
凛「そうだね。変だよね」
麻美「凛がいいならいいけど」


◯電車・車内
ひとり乗車している凛。ドア付近に立っている。 
電車がトンネルに入る。
凛M「私の父は、私が高校生の頃に自殺した」


◯凛の実家のマンション・外観(夕)


◯同・玄関(夕)
家に入ってくる凛。

凛「ただいま」

奥のリビングにいる凛の母・上原奏(49)が振り返る。

奏「おかえり」


◯同・リビング(夕)
凛、スマホをいじりながら、奏と会話をしている。

母「今日シチューにするけど、いい?」
凛「うん」
母「カレーにしようとも思ったんだけど、凛はこっちのほうがいいでしょ」
凛「どっちでもいいよ」

奏、それに対して何か言葉を返している。

凛M「父が亡くなったあとも、私たち家族の人生は続いた。お姉ちゃんは当時から一人暮らしをしていたけど、毎月一回はちゃんと顔を出している」


◯同・凛の部屋(夜)
凛、ベッドでイヤホンをして、音楽を聴いている。

凛M「私はもともと心が強いほうではなかったから、しばらく父の死を引きずっていた。その頃は世界から明るい色が全部消えてしまったような気がしていた。実は今も、昔より世界の色数は減っている」

窓を開ける凛。
窓の外には、住宅街を抜ける道路が見え、車のテールランプがいくつか灯っている。

凛M「父がなぜ死んだのかはわからない。ただ確かなことは、私を含めて家族みんなが父の孤独に気づかなかったということだ」

凛、静かに窓を閉める。


◯表参道・駅出口
休日で賑わいをみせる表参道。
駅の出口にいる凛。
そこに、布施がやってくる。

布施「待った?」
凛「ううん」

布施は、黒のキャップを被っている。


◯ギャラリー
個展に来ている凛と布施。
2人とも、絵を見て、わかったような、わからないような顔をしている。
凛、絵を見ながら、たまに布施の横顔を見つめる。

    ×   ×   ×

休憩用の椅子に座っている2人。

布施「ちょっと、トイレに行ってくる」
凛「うん」

ひとり残る凛。
トイレに向かう布施の背中を見つめる。


◯明治通り・遠景(夕)


◯明治通りの歩道橋(夕)
並んで道路を見ている凛と布施。

布施「あ、ごめん」 
凛「え?」
布施「俺いましばらく、黙ってなかった?」
凛「黙ってたよ」
布施「ごめん。俺たまにそういうときあるから」
凛「たまにっていうか、わりといつもだよ」
布施「そっか。ごめん」
凛「平気だよ。なに今さら」

笑う布施。
その表情を見つめる凛。
凛、布施のキャップを取り、自分で被る。

布施「?」
凛「どう?」
布施「どうって?」
凛「似合う?」        
布施「うん。意外と」
凛「やった」

少しの沈黙。

凛「このキャップさ、2人のにしない?」
布施「え?」
凛「1日ずつ交換するの。今日は私が被る。次は奏太」
布施「いいけど、なんで?」
凛「なんとなく」
布施「なんだよ、それ」
凛「だめ?」
布施「いいよ」

笑顔を見せる布施。
2人、また通りに視線を戻す。

<終わり>

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?