「ノスタルジック」
◯(十年前)高原村・広場
緑のすすきに囲まれた広場。
樋口裕也(34)が、雲梯の端に立ち、鉄棒を掴んでいる。
それを見つめる樋口の妻・瑞稀(30)と、息子の拓真(4)。
樋口「いくからなー、見てろよ」
樋口、テンポよく鉄棒をつたい、向かいの端までたどり着く。
瑞稀「おおー、すごい」
拓真「パパ、すごい」
樋口、得意げな表情。
◯(現在)走行する車内
樋口裕也(44)が車を運転している。
助手席には、山本明日美(24)が座っており、スマホをいじっている。
樋口「……」
◯山道・遠景
紅葉している山々。山道を、樋口が運転する車が走っている。
樋口M(モノローグ)「気がついたら、俺はオンボロの車を走らせていた。週末通っているラウンジの女と、最近できたというレジャーランドに行く約束をしたのだ。しかしおそらく、この旅路に意味はない」
車、カーブを抜け、視界の開けた道に出て停車する。
◯車内
樋口、車内でナビを操作している。
明日美、その様子を横目で見る。
明日美「大丈夫?」
樋口「あー間違えたかもな」
明日美「え?」
樋口「さっきの道、まっすぐ行くのが正解だったな」
明日美「えー、マジ?」
樋口「この先でUターンするか」
樋口、ゆるゆると車を進める。
と、道の先に、何かの建造物が見えてくる。
明日美「なんだろあれ」
徐々に全体が見てくる。それは、古びたサイクルモノレールである。
樋口「サイクルモノレールだな」
明日美「え、なにそれ」
樋口「知らない? 空中で漕ぐ自転車」
明日美「知らない」
樋口「近くで見てみるか」
明日美「え?」
樋口、車を停める。
◯山道
車を降り、歩き出す樋口。明日美、そのあとに続く。
明日美「ちょっとお」
前方は、なだらかな丘になっており、その奥にキャンプ場が見える。
◯高原村・入り口
レクリエーション施設が併設されたキャンプ場。現在は閉鎖されて、廃墟になっている。
やってくる樋口と明日美。
明日美「やばくないここ? 廃墟じゃん」
樋口「来たことあるわ、ここ」
明日美「ウソ?」
樋口「昔な」
明日美「昔っていつ?」
樋口「忘れた」
樋口、敷地内に足を踏み入れる。
明日美「ちょっと、勝手に入ったらまずいでしょ」
樋口「誰もいないし、大丈夫だよ」
樋口、中に入っていく。
明日美「マジ……?」
◯同・敷地内
歩いている樋口と明日美。
敷地内には、キャンプ場のほか、コテージ、食堂などがあるが、どこも無人で寂れている。
明日美「ねえ樋口さん、どこまで行くの?」
樋口、それには答えず、先へ進んでいく。
樋口M「そこは昔、離婚をする前に、家族と来たことがある場所だった」
◯同・サイクルモノレール乗り場
やってくる樋口と明日美。
錆びついたサイクルモノレールを見て、
明日美「なんか不気味」
樋口、サイクルモノレール乗り込む。
明日美「なにしてんの?」
樋口「お前も乗れよ」
明日美「さすがにいいわ」
樋口、サイクルモノレールのペダルを漕ぐ。しかし、動き出すはずもなく、ペダルは空回りする。
樋口「……」
◯回想・スーパー・前(夕)
拓真の手を引いて、スーパーから出てくる樋口。
樋口M「離婚の理由は簡単で、俺が仕事をする気力をなくし、妻と息子を養えなくなったからだった」
拓真「あ、ママだ」
樋口、瑞稀の姿を認める。
樋口「来てたのか」
瑞稀「うん、仕事はやく終わったから。このまま私、拓真連れて帰ろうかな」
拓真「えー、もうちょっといいでしょ」
瑞稀「だめよ。わがまま言わないで」
拓真、しぶしぶ瑞稀のもとへ行く。
拓真「パパ、またポケモンの通信対戦、一緒にやろうね」
樋口「おう。次は負けないように、今よりもっとレベルアップさせとくからな」
拓真「約束ね」
拓真、樋口に手を振ったあと、瑞稀と一緒に去っていく。
◯回想戻り・高原村・敷地内
歩いている樋口と明日美。
明日美「樋口さん、さっきからひとりで浸り過ぎ」
樋口「うん? ああ、ごめん」
明日美「なんていうんだっけ? そういうの。ロマンチック、じゃなくて。エキセントリックじゃなくて……」
樋口「ん?」
明日美「思い出した。ノスタルジックだ」
樋口「……ああ、そうかもな。お前も歳とればわかるよ」
明日美「大丈夫。私は前しか見てないから」
樋口「なんだそれ」
明日美「未来志向っていうのかな」
樋口「……明日美は将来の夢とか、あんのか?」
明日美「夢?」
樋口「この先どうしたいとか、こうなりたいとか」
明日美「うーん、とりあえずハッピーに暮らしたいかな」
樋口「ハッピーか。明日美らしいな」
明日美「樋口さんは?」
樋口「俺は、どうかな。そのうち考えるよ」
明日美「なにそれ。おじさんくさい」
樋口「うるせ」
◯同・広場
すすき草原に囲また広場。いくつかの遊具が残っているが、どれも錆びついている。
その中を歩いている樋口と明日美。
枯れすすきが風に揺れている。
樋口「昔ここきた時、夏だったんだよ」
明日美「ふうん」
樋口「ここのすすきも全部緑だった」
明日美「へえ。全然想像つかない」
歩き続ける二人。
明日美「なんにも、ないとこだね」
樋口「……」
樋口、雲梯を見つけて、立ち止まる。
明日美「どうしたの?」
樋口「お前、これ知ってる?」
明日美「なにこれ」
樋口「雲梯」
明日美「うんてい?」
樋口「この鉄棒をつたって、向こうまで渡るんだよ」
明日美「へえ」
樋口「俺これ、得意なんだよね」
明日美「そうなの? じゃあやってみてよ」
樋口「よし」
樋口、雲梯の端に立つ。
明日美「無理しなくていいからね」
樋口「バカにすんなよ」
樋口、鉄棒をつたって渡り始める。ゆっくりと、鉄棒一本一本の感触を確かめるように、進んでいく。
× × ×
(フラッシュ)
スーパーのレジで、拓真と一緒に並んでいる樋口。
拓真「パパ、次いつ会える?」
× × ×
樋口、手を滑らせ、中央の折り返し地点で落ちる。
樋口「いってー」
樋口、体を横たえながら、腰をさする。
明日美「大丈夫?」
樋口、仰向けのまま、しばらく佇む。
明日美「もしもーし」
樋口「明日美、ちょっと起こしてくんない?」
樋口、明日美に手を差し出す。
明日美「大人でしょ。自分で起きなよ」
樋口「ったくよー」
樋口、笑いながら上体を起こす。
明日美「ほら、はやく行くよ」
樋口「つれねえなあ」
樋口、立ち上がり、服についたすすきの穂を、はたいて落とす。
明日美は、さっさと先に進んでいく。
樋口、それに続く。
明日美「パラダイスランドで遊ぶ時間、減っちゃったじゃん」
樋口「そうだな」
明日美「パフェおごりね」
樋口「(笑って)しょうがねえな」
二人、高原村を出て行く。
<終わり>
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