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「合わない二人」

【人物】
北村佳子(62)専業主婦
北村舞香(28)佳子の息子の妻
北村修司(30)佳子の息子
男性客1
男性客2

◯旅館・外観(夜)


◯同・客室・洗面脱衣室(夜)
鏡の前に立っている北村佳子(62)。

佳子「……大丈夫。イライラしない」


◯同・和室(夜)
襖を開け、入ってくる佳子。
奥の広縁で、北村舞香(28)が電話をしている。

舞香「もし。伶奈? 久しぶりじゃん。元気?うん。大丈夫。全然。仕事終わり? お疲れ。うん。え、マジ? もしかして続いてんの? ヤバあ」

佳子、深呼吸をして怒りを鎮めつつ、舞香の前に立つ。
舞香、佳子の姿が目に入っても気にせず、電話を続ける。

舞香「え、誰だっけ? うん。うん。それ、服ダサい人でしょ。マジ? ウケんだけど」

佳子、険しい顔つきで、舞香の向かいの席に座る。

舞香「あ、ごめん。ちょっと今出先でさ、また今度電話する。うん。じゃあね」

舞香、電話を切る。

舞香「どうしたんですか? お義母さん。恐い顔して」
佳子「急ぎの用なの?」
舞香「はい?」
佳子「こんな夜中にするような電話なのかしら」
舞香「友達との電話なんで。時間とか関係ないと思いますけど」
佳子「あなたの常識で語らないで」
舞香「はい?」
佳子「一人の部屋じゃないのよ」
舞香「廊下でしたほうがよかったですか?」
佳子「マナーを守りなさいって言ってるの」
舞香「はい、わかりました。もう終わったんで」

佳子、納得いかない様子だが、会話を切り上げて和室に戻る。
舞香、和室との間にある障子を閉める。

    ×   ×   ×

布団に入って、目を閉じている佳子(眠ってはいない)。
広縁から、舞香が聴いている音楽が漏れ出ている。

佳子「……(我慢)」

    ×   ×   ×

布団に入る舞香。
佳子、舞香に背中を向けつつ、まだ様子を伺っている。
舞香のLINEが数秒おきに着信し、振動する。舞香は都度、返信を打っている。
佳子、我慢の表情。
舞香のLINEの着信が集中し、スマホが立て続けに振動する。

佳子「んもう!」

ガバっと起き上がる佳子。部屋の電気を点ける。

佳子「いい加減になさいよ! あなた!」
舞香「(冷静に)なんですか?」
佳子「夜中になっても、携帯をカチカチ、どういうつもりなの!?」
舞香「もうちょっと声のトーン落としません?」
佳子「誰のせいだと思ってるの?」
舞香「そんなに私といるの、ストレスですか?」
佳子「そりゃあね、私だってそういう態度をとられたらいい気しないわよ。せっかくの旅行だっていうのに、これみよがしに反抗的な態度をとって」
舞香「お義母さん、かわいそうですね。私みたいな人が嫁に来て」
佳子「あなた、どういう立場で言ってるの?」
舞香「同情します」
佳子「あなたが何を考えてるか、さっぱりわからないわ」
舞香「わからなくて当然ですよ。私たち、実の家族じゃないですもん」
佳子「そういう話をしてるんじゃありません」
舞香「これ以上話しても無駄だと思うので、やめにしません?」
佳子「あなた、わかってないわね。私たちは身内なのよ。これからもずっと関係は続いていくの。通りすがりの人間同士じゃないのよ」
舞香「なにが言いたいんですか?」
佳子「まずその態度を改めなさい。義理ではあるけど、私はあなたの母親なの。母親に向かってそういう口の聞き方は許しません」
舞香「それこそ、あなたの常識じゃないですか。時代錯誤感ありますけど」
佳子「時代錯誤だかなんだかしらないけど、これが北村家のやりかたです」
舞香「まるで、自分の娘みたいに」
佳子「あなたは娘になったの。結婚するってそういうことよ?」
舞香「お義母さん、面倒臭い人だって言われません?」
佳子「話をすりかえないで」
舞香「頭痛い。ちょっとトイレに行ってきます」

舞香、トイレに立つ。
残された佳子、ため息をつく。


◯同・外(朝)
朝日が差し込んでいる。


◯同・和室(朝)
寝ている佳子。スマホが着信する。
佳子、起き抜けの状態で電話に出る。   

佳子「はい」
舞香の声「朝食食べないんですか」
佳子「え?」
舞香の声「あと30分ですよ」

そこで電話が切れる。


◯同・廊下(朝)
急ぎ足で移動する佳子。


◯同・朝食会場(朝)
食後のコーヒーを飲んでいる舞香。
朝食のトレーをもった佳子がやってくる。

佳子「ちょっと、どうして起こしてくれなかったの」
舞香「朝からキリキリしないでくださいよ」
佳子「あなたのせいでしょ。もっと早く言ってくれればよかったのに」
舞香「ぐっすり寝てたんで。起こしちゃ悪いかなあって」
佳子「変なところに気を回さなくていいのよ」

舞香、スマホを見ながら。

舞香「修司くん、到着するの今日の夕方みたいですよ」
佳子「まったく何してるのよ。あの子は。自分が企画した旅行なのに」
舞香「どうしますか? イチゴ狩り」
佳子「え?」
舞香「キャンセルします?」
佳子「そうね。なんなら今日一日、別行動にしましょうか」
舞香「それがいいかもです。お互いに」

佳子、イラっとした表情。

舞香「私、先戻ります」

席を立つ舞香。


◯同・ロビー
スマホで電話をしている佳子。

佳子「修司、あなた一体どういうつもり?」


◯街中
都内の一角。歩きながら電話をしている北村修司(30)。

修司「ごめんごめん、今仕事終わったから、これから向かうよ」


◯旅館・ロビー
佳子「こっちはもう限界よ」
修司の声「なに? 喧嘩でもした?」
佳子「笑い事じゃないわよ。昨日からずっと険悪なんだから」
修司の声「喧嘩するぐらい、距離が縮まったってことだな」
佳子「なに呑気なこと言ってるのよ、もう」
修司の声「落ち着きなって」
佳子「あなた、あの人の何が気に入ったの」
修司の声「何度も言ってるじゃん。自分の意思がちゃんとあって、堂々としてるところだよ」
佳子「それはまあ、そうかもしれないけど。こっちは不愉快よ」
修司の声「舞香は小さい頃に両親が離婚して、施設育ちだから、人との距離感がちょっとズレてるんだよ」
佳子「聞いたわよ。でも限度ってものがあるでしょ」
修司の声「でも母さん、うち男兄弟だから、娘ができて嬉しいって言ってたじゃん」
佳子「あんな性格の人だと思ってなかったもん」
修司の声「まだ結婚一年目だしさ、舞香もああ見えて、いろいろ戸惑ってるんだよ。優しく見守ってあげて」
佳子「そりゃ私だって、努力はするけど……」
修司の声「とりあえず、俺が行くまで仲良く頼むよ。じゃあ」
佳子「ちょっと!」

電話が切れる。

佳子「……」


◯同・廊下
部屋に戻る途中の佳子。大学生の男性客二人とすれ違う。

男性客1「ほんと最悪だよ、朝飯食えねえとか」
男性客2「なにお前、食わなかったの」
男性客1「今さっき起きた」
男性客2「飲みすぎだよ、お前」

佳子、立ち止まる。何かに思い当たったような表情。


◯同・和室
部屋に戻る佳子。
舞香が部屋の奥で髪を巻いている。

佳子「おしゃれなのね。最近の人は」
舞香「……」

佳子、腰を下ろす。

佳子「あなた、今日はどうするの?」
舞香「無理に話振らなくていいですよ。私、もうすぐ出るので」
佳子「そう」
舞香「修司くんに何か言われたんですか」
佳子「言われたわよ。俺が戻るまで仲良くしろって」
舞香「やっぱり。私、無理してまでつくる人間関係が、この世で一番意味ないと思うんですよね」
佳子「修司の言う通りね。意思だけはしっかりしてる」
舞香「なんですか?」
佳子「今回の旅行で、あなたという人が少しわかった気がするわ」
舞香「そうですか」
佳子「私も、思春期の頃はお母さんとよく喧嘩してたわ。価値観が違うから、一緒にいるのも苦痛だった」
舞香「……」
佳子「でも、大人になってから仲が良くなってね。いまでも、たまの休日に、美術館に一緒にいくのよ」
舞香「なんの話ですか」
佳子「人と人って、長く付き合わないとわからないこともあるのよ。いい意味でも、悪い意味でもね」
舞香「朝から説教ですか」
佳子「電話してくれて、ありがとね」
舞香「はい?」
佳子「朝食のこと知らせてくれて。連絡しないこともできたのに」
舞香「……」
佳子「イチゴ狩り、せっかくだから行きましょう」
舞香「なんですか、今さら」
佳子「今日一日、別行動したら、せっかく企画してくれた修司に顔向けできないじゃない」
舞香「……それはそうですけど」
佳子「じゃあ私、支度するわね」

佳子、化粧室に向かおうとする。

舞香「お義母さん、私、人に心を許すのに、相当時間かかりますから」
佳子「私だってそうよ」
舞香「……先にロビーに行ってます」

舞香、部屋を出る。
佳子、深呼吸をする。

佳子「(気合いを入れるように)よし」

支度を始める佳子。

<終わり>

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