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「善悪」

【人物】
伊藤裕斗(11)小学5年生
畑野宗高(28)裕斗の水泳教室のコーチ
持田透(11)裕斗の同級生
鳴沢大地(11)裕斗の同級生
泉陽太(11)裕斗の同級生
駄菓子屋の店主

◯駄菓子屋・外
年季の入った店構え。
店の壁面に、不審者への注意喚起のポスターが貼られている。色が少し色あせている。「怪しいと思ったら、すぐ通報を!」という文言。

◯同・店内
伊藤裕斗(11)が、カウンターに爆竹の箱を数箱もってやってくる。

裕斗「これください」

老齢の男性店主が、いぶかしげに裕斗を見る。

店主「悪いことに使うんじゃないよ」
裕斗「大丈夫です、あとこれも」

裕斗、近くに置いてあったマッチ箱を手に取り、カウンターに置く。

◯川沿いの道
枯葉が舞い落ちている道。
裕斗が、爆竹の入った袋をもって歩いている。

声「裕斗」

裕斗、声の方を向くと、畑野宗高(28)が竹箒をもって立っている。畑野は体格がよく、肌はほどよく日に焼けている。

畑野「お前、久しぶりだな」
裕斗「コーチ、また焼けてんじゃん」
畑野「夏の水泳教室で、海に行ったんだよ。お前なんでこなかったんだ」
裕斗「最近忙しいんだよ」
畑野「サボってるくせに、偉そうなこと言ってんじゃねえよ」
裕斗「てか、何してんの」
畑野「この辺枯葉がすごいから、掃除してんだよ」
裕斗「なんでそれ、コーチがやってんの」
畑野「こういのうは、誰かがやんなきゃダメだろ」
裕斗「うわ、暇人じゃん」
畑野「誰が暇人だ」
裕斗「じゃあ俺、友達と約束あるから」

歩き出す裕斗。

畑野「遊んでばっかいないで、ちゃんと運動しろよ」

裕斗、それには反応せず、さっさと歩いていく。

◯高架下の駐車場
寂れていて、ほとんど使われていない駐車場。
地面に転がっている、開封された爆竹の箱。
爆竹がぐるぐると巻きつけられた、アニメのフィギュア。
それを取り囲んでいる裕斗とその同級生3人。持田透(11)、鳴沢大地(11)、泉陽太(11)。
透、スマホのカメラでフィギュアを映している。
マッチをこする大地。だが、すぐに火がつかない。

透「マッチ使ったことないの?」
大地「あるよ」

大地、再びこするが、やはりつかない。

裕斗「貸して。俺やる」

大地からマッチを受け取る裕斗。
裕斗がマッチをこすると、きれいに火がつく。

一同「おお」

裕斗、火をフィギュアに巻いた爆竹に着火させる。
爆竹が破裂し、フィギュアが、なされるがままにといった感じで、倒れる。
透、撮影を止める。

透「なんか、しょぼくない?」
陽太「うん」
大地「なんか思ってたのと違えな」
透「どうする?」

    ×   ×   ×

爆竹が破裂する様子を、いろいろなアングルで撮影していく一同。

    ×   ×   ×

座り込んでいる一同。

大地「飽きたなー」   
裕斗「お前がやろうって言ったんじゃん」
大地「裕斗だって最初乗り気だったろ」
透「ていうか、さすがにこの動画使えないだろ」
大地「なんで?」
透「倫理的に」
大地「なに? リンリって?」
透「自分で調べろよ」

陽太、壁に貼ってあるポスターを見ている。それは、駄菓子屋に貼ってあったものと同じ、不審者への注意喚起のポスターだ。

裕斗「(陽太に)なにしてんの」
陽太「や、別に」
透「(ポスターを見て)そういえば、この近くで殺人事件あったんだよな」
大地「あ、知ってるそれ。隣町だよな」
透「うん」
陽太「犯人、新聞配達員だっけ?」
透「うん。なんか、ぱっと見、普通の人だったらしい」
大地「そういうの多いよな。見かけは普通の人でした、みたいなやつ」
透「うん」
大地「でも実際さあ、そういう奴って、見てわかるもんなのかな」
透「さあね」
裕斗「わかんじゃん? ある程度は」
透「どうやって?」
裕斗「そういう奴って、挙動不審だったり、人避けたりするじゃん」
大地「確かに。あと、急に声荒げて独り言言うやつとかな」
陽太「でも、社交的で、明るい奴もいるよ」
透「時々な」
大地「そんなん言ったら、きりなくない?」
一同「……」

陽太、マッチの箱を拾う。

陽太「ちょっと、実験してみる?」
透「なんの?」
陽太「これ使った実験。誰が一番犯罪者の素質あるか調べんの」
裕斗「なにそれ」
陽太「俺の父親、大学で犯罪心理学を教えてるんだけど、マッチの付け方で、犯罪者の素質がわかるんだって」
大地「本当かよ」
裕斗「面白そうじゃん。どうやんの?」
陽太「一人一人、マッチに火をつけて、消すだけ」
大地「は? それだけ?」
透「そんなんでわかんの?」
陽太「火のつけ方と消し方で、人の特徴がでるんだよ」
大地「嘘くせー」
陽太「お前は、いちいちうるさいんだよ」
大地「は?」

大地、陽太につっかかる。

陽太「なんだよ」

陽太も負けじと、それを突っぱねる。

透「やめろよ。お前ら」

睨み合う大地と陽太。

裕斗「とりあえず、やってみようよ」
透「そうだな。他にやることないし」
裕斗「ついでに動画も撮ろう」
透「うん」

    ×   ×   ×

一同、一人一人マッチに火をつけて、消していく。その様子を透のスマホカメラが収める。
昼の時間帯だが、駐車場内は日陰のため暗がりになっており、火をつけた瞬間、それぞれの顔がぼうっと怪しく灯る。
一人目、裕斗。一連の動作にムダがなく、こなれている。

透「うまいな」
大地「うん」
透「うますぎるのも、どうなのかな」
裕斗「やめろよ」
陽太「はい、次。大地」

二人目、大地。なかなかつかず、4回目でやっとつく。
三人目、透。つけ方はいたって普通。消す時に腕を振って消す。
透、陽太にマッチを渡す。

陽太「俺もやんの?」
透「当たり前だろ」

最後に、陽太。やや、マッチをこする角度にクセがあるが、それ以外は普通。
陽太が火を消したところで、動画が止まる。

大地「お前それ、いつもの通りにやってるんだろうな」
陽太「うるさいな。やってるよ」
透「で、結果は?」
陽太「うーん……」
大地「もったいぶってないで、はやく言えよ」
陽太「この中だと、透」
透「……」
裕斗「なんで?」
大地「別に普通だったじゃん」
陽太「この中で一番、火をつけてから消すまでの時間が長かったから」
大地「そこ?」
透「なんだよそれ」
裕斗「でも、確かに長かったかも」
透「……」
大地「なんで、長いとだめなんだよ」
陽太「そういう統計データがあるんだって」
大地「信じられんのかよ。それ」
陽太「知らないよ。俺に聞くなよ」
透「お前の親父って、大学の教授だっけ?」
陽太「講師だけど。なんで?」
透「講師なんだ。いや、なんでもない」
陽太「……」
大地「結局こういうのって、自分で見極めるしかないよな」
一同「……」
透「どうする? 今日はもう帰る?」
裕斗「そうだな」
透「次回はもっと面白いネタやろうぜ」

一同、散乱した爆竹などを片付け始める。
透、スマホに収められた、自分が火を消している動画を消す。
裕斗、それを見るが特に何も言わない。


◯川沿いの道(夕)

マッチ箱を空中に放りながら、歩いている裕斗。
夕日が、裕斗の横顔を赤く照らしている。
立ち止まる、裕斗。
畑野が、朝と同じ場所で作業をしているのが見える。
畑野、裕斗に気づき、立ち上がる。

裕斗「コーチ、まだやってんの」
畑野「見ろよ」

裕斗、畑野の視線の先を見ると、大量の枯葉が集まっている。

裕斗「へえ」
畑野「今日はこの辺にしとくか」
裕斗「どうすんの、これ」
畑野「これで燃やす」

畑野の傍には、ドラム缶がある。

    ×   ×   ×

ドラム缶に枯葉を投入している畑野。
その様子を見ている裕斗。
畑野、しゃがんで、下の穴からチャッカマンで火をつけようとする。が、つかない。

畑野「あ? なんだこれ」

畑野、何度か試すが、やはりつかない。

畑野「(少しだけ声を荒げて)ああ、なんだよこれ。使えねえな」

裕斗「……火、あるよ」

裕斗を見上げる畑野。
裕斗、畑野にマッチ箱を差し出す。

畑野「(それを受け取り)なんでこんなの持ってんだよ」
裕斗「たまたま」
畑野「まあいいや。サンキュ」

畑野、マッチで火をつける。
その手元を見る裕斗。
畑野、少しだけ、火ををつけたまま、マッチを眺める。

畑野「こういう仕事も、誰かがやんなきゃな。(裕斗を見て)な?」
裕斗「うん」

畑野、持っていた火を、枯葉に落とす。
畑野が火をつけてから、それを手放すまでの時間は、短くも長くもなかった。
ドラム缶から、煙が上がり始める。

裕斗「コーチはさ、自分のこと善人だと思う?」
畑野「なんだよ、急に」
裕斗「なんとなく」
畑野「……善人ではないかもな」
裕斗「……」
畑野「(裕斗を見て)俺なんか、まだまだだよ」
裕斗「……」
畑野「今日はもう遅い。帰れ」

裕斗、頷いて、歩き出す。

畑野「裕斗」

振り返る裕斗。
畑野が、マッチ箱を裕斗に放る。
裕斗、それをキャッチする。

畑野「じゃあな」

畑野、去っていく。
その背中を見送る裕斗。
裕斗、マッチ箱を見つめ、上下に降る。
マッチが箱の中でぶつかり合う音がする。

<終わり>

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