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「そういうとこ」

【人物】
岸田亮(28)カメラマン
今村理央(27)作家
安藤道香(32)編集者

◯走行する車内
後部座席にいる岸田亮(28)、窓の外を見ている。横にはカメラバック。
運転をしている安藤道香(32)。

道香「ごめんねーいつも急で」
岸田「いいっすよ。どうせ暇だったんで」
道香「撮影場所の都合で、今日しか撮影できなくなっちゃってさあ。もともと頼んでたカメラマンも今日は来れなくて」
岸田「代打で呼ばれるのも、もう慣れました」
道香「ちょっとー皮肉言わないでよ。今度、別のメディアでカメラマンを募集してるから、岸田くんにも声かけるよ」
岸田「お願いしますよ」
道香「そういえば今日の取材相手って、言ったっけ?」
岸田「聞いてないすけど」
道香「夕凪さんっていう、作家の人。岸田くんと同世代じゃないかな」
岸田「へえ」
道香「可愛い人だよ」
岸田「またまた」


◯純喫茶・外観
レトロな雰囲気の喫茶店。


◯同・店内
カメラの準備をしている岸田。

道香「お待たせー」

道香と今村理央(27)がやってくる。

岸田「お疲れ様ですー」

振り向く岸田。理央を見て、

岸田「……」
道香「ん? どうかした?」
岸田「いや、別に」

道香、理央に岸田を紹介する。

道香「撮影を担当する岸田です」
岸田「岸田です」
理央「夕凪です」

どことなく、ぎこちない雰囲気。

道香「ちょっとー、二人ともシャイ?」
岸田・理央「……」
道香「うそうそ、ごめん! それじゃあ早速、準備しましょうか」

    ×   ×   ×

理央にカメラを向け、テスト撮影をしている岸田。
道香は、外で電話をしている。

岸田「一回、目線もらっていいですか?」

理央、カメラに目線を向けるが、その表情は強張っている。

岸田「笑顔でお願いしまーす」
理央「……」

理央の表情は変わらない。

岸田「もう少し、肩の力抜きましょうか」
理央「……」

岸田、ファインダーから目を離す。

岸田「これさー、一応仕事だよ?」
理央「知ってます」
岸田「じゃあ、少しは協力してくれよ」
理央「……ていうか、何でここにいるわけ?」
岸田「知らねえよ。俺だって急きょ呼ばれたんだから」
理央「……」

道香が戻ってくる。

道香「よーし、じゃんじゃんいい写真撮っちゃおう。(岸田に)いけそう?」
岸田「……はい」

    ×   ×   ×

岸田、理央を撮影している。
理央は終始、クールな表情。
その横でレフ板をもっている道香。

道香「いいですねえ、その凜とした感じ。さすが作家っていう感じ」

岸田、無言でシャッターを切っていく。


◯路地裏
住宅街の路地裏にいる三人。

岸田「そこに立ってもらえますか?」

理央、岸田に指定された立ち位置に移動する。
道香の電話が鳴る。

道香「もうしつこいなあ。ごめん、ちょっと外すけど、進めてて」

道香、その場を離れる。

岸田「……じゃあ、撮ります」

岸田、シャッターを切り始める。
しかし、ファインダーに写る理央の表情は冴えない。

岸田「記事に載るんだろ。もうちょっといい顔しろよ」
理央「これが普通ですけど」

岸田、カメラを構えるのをやめる。

岸田「俺のこと、やっぱ嫌いなん?」
理央「……」
岸田「俺たちさ、別れたのもう五年も前じゃん」
理央「だから?」
岸田「言いたくないけど、他人なんだし、他人らしく接しようぜ」
理央「私がなんか、感情で動いてるみたいな言い方、やめてもらえる?」
岸田「感情じゃなかったら、何でそんな意固地になってるんだよ」
理央「……」

道香が戻ってくる。

道香「お二人ともごめんなさい。私別の現場に行かないといけなくて」
岸田「え?」
道香「次で最後の撮影だと思うんだけど、二人で行ってくれない?」
岸田・理央「ええ……」


◯住宅街
歩いている岸田と理央。
岸田、時々立ち止まって、横から理央を撮影する。

理央「目立つからやめて」
岸田「撮れ高ないんだから、しょうがないだろ」
理央「必要なのは撮れてるんでしょ」
岸田「お前のいい表情は撮れてない」
理央「もう諦めなよ。私ずっと今日こんな感じだよ」
岸田「笑かしてやろうか」
理央「マジで怒るよ」
岸田「なんでだよ。それは逆に」


◯横断歩道前
信号待ちをしている岸田と理央。

理央「やっぱ、一個だけ謝る」
岸田「え、なに?」
理央「感情で動いてた。それは認める」
岸田「まあ別に、謝ることではないけどさ」
理央「じゃあ、謝らない」
岸田「……ていうかむしろ俺は、感情があるときの理央が好きだったしな」
理央「それは笑顔でニコニコしてるときの私でしょ」
岸田「もういいじゃん、それは」
理央「自分の苦手な話になるとすぐ逃げる。そういうとこ、変わってないね」
岸田「……」

信号が青になる。
理央、歩き出す。それに続く岸田。


◯理容院・前
サインポールが立つ理容院。
カメラの準備をしている岸田。
その後ろから、理央が近づく。

理央「このアウター、いつまで着てんの」
岸田「いいだろ別に」

理央、店の前に移動する。

理央「さっさと撮ろ」
岸田「……ったく」

岸田、カメラを構える。


◯岸田の撮影した理央の写真
理容院の前で撮影された数カットの写真。
笑顔ではないものの、少しだけ表情が和らいでいる。


◯理容院・前
ドア越しに、理容院の店主に挨拶をしている岸田。

岸田「ありがとうございました」

岸田、ドアを閉めて理央の元へ。

岸田「終了」
理央「もうこれで終わり?」
岸田「うん」
理央「あそう」

少しの沈黙。

岸田「駅まで送る」


◯商店街
歩いている岸田と理央。

岸田「仕事は順調なの」
理央「そこそこ」
岸田「あそ」
理央「亮は?」
岸田「ギリ食えてる」
理央「へえ、よかったじゃん」
岸田「上から目線、腹たつな」

レンタルDVD店の前を通りかかる。

岸田「あれ、懐かしいな」
理央「え?」

岸田、店のガラスに貼られたポスターを見ている。

理央「なんだっけ」
岸田「覚えてない? インドのアクション映画。長すぎて途中でやめたじゃん」
理央「ああ、あったかも」
岸田「インドゾウが空飛んでのとか、マジウケるよな」
理央「ああ」
岸田「あと、ダンスシーンが無駄になげえの」
理央「あったね」

理央、少しだけ笑う。

岸田「あ、お前」
理央「え?」
岸田「今さら笑うなよ」
理央「知らないよ」


◯駅前
やってくる岸田と理央。

理央「いいよ、ここで」
岸田「おう」
理央「頑張りなよ、カメラマンの仕事」
岸田「うん」
理央「じゃあね」
岸田「おう」

去ろうとする理央。

岸田「理央」

呼び止められ、振り返る理央。
その瞬間、シャッターを切る岸田。

理央「(笑って)そういうとこ」

岸田、笑う。

<終わり>

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