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「水の音色」

【人物】
野村栄子(23)特別支援学校の教員
須藤夏海(8)特別支援学校の生徒
北野由佳(23)栄子の同期
木下日向子(41)栄子の先輩
野村佳苗(50)栄子の母
田中光彦(9)特別支援学校の生徒
学園の生徒

◯すずかけ学園・廊下
手洗い場の蛇口をひねり、水を出す須藤夏海(8)。
手を洗うわけでもなく、ただそれをじっと見つめている。


◯同・正門

「特別支援学校・すずがけ学園」と書かれた表札がある。


◯同・体育館

ラジカセから流れる軽快な音楽に合わせて、生徒たちがダンスの練習をしている。   
身体全身をつかっておもいきり踊る生徒、首をふってリズムだけをとる生徒、車椅子に座りながら踊る生徒など、様々。
教員の野村栄子(23)が生徒たちにダンスの振り付けを教えている。

栄子「はい、じゃあ、大きく腕をまわしまーす」
   
ひとりの生徒が、栄子のところにやってくる。

生徒「先生、夏海ちゃんが、出てっちゃった」

栄子、館内を見回して。

栄子「ありがと。先生探してくるね」

同期の北野由佳(23)がやってくる。

由佳「大丈夫?」
栄子「ごめん。ちょっと見てくる」


◯同・廊下

足早に移動する栄子。
廊下の角を曲がったところで、手洗い場にいる夏海を見つける。
夏海は、いくつも蛇口をひねって、水を出している。

栄子「夏海ちゃん、やめなさい」

栄子、蛇口をひとつひとつ閉めていく。
夏海、それでもまた蛇口をひねろうとする。
栄子、夏海の手をとめて、やめさせる。

栄子「だめ。お水がもったいないでしょ」

かがんで、夏海の目を見て話しかける栄子。

栄子「わかるよね?」
夏海「……」

夏海、栄子と目を合わせようとしない。
栄子「授業も、勝手に抜け出しちゃだめでしょ」

夏海、栄子の手を振り払い、ひとりで体育館のほうへ戻っていく。
栄子、立ち上がり、その背中を見つめる。


◯同・体育館

授業は終わっていて、倉庫を閉めている栄子と由佳。

由佳「大丈夫? 夏海ちゃん」
栄子「うーん。何度言っても、言うこと聞いてくれないんだよね」
由佳「反抗したいんだよ、きっと。私のクラスにもそういう子いる」
栄子「うん……」
由佳「厳しくするところは厳しくしないと。その子のためにならないよ」
栄子「そうだね」


◯栄子の実家・外観(夜)

木造の古びた一軒家。


◯同・リビング(夜)

酒を飲みながら、テレビを見ている野村佳苗(50)。流れているのはバラエティ番組だが、佳苗は特に面白くもなさそうな様子。
そこに、スーパーの袋を抱えた栄子が帰ってくる。

栄子「ご飯の支度するから、テーブル片付けといて」
佳苗「……」

栄子、台所にいき、夕飯の準備にとりかかる。

栄子「仕事、見つかったの」
佳苗「そんなすぐ見つかるもんじゃないよ」

栄子、テーブルにタバコのケースと菓子類が積まれているのを見て。

栄子「パチンコやる暇あるなら、家の仕事やってくれない?」
佳苗「あんた、いつからそんなこと親に言えるようになったの」
栄子「……」
佳苗「あんたの仕事って、そんな偉いもんなの」
栄子「ちゃんとした生活してって言ってるだけ。別に特別なこと言ってないでしょ」
佳苗「……莉緒は、もっと私をいたわってくれるけどね」
栄子「お姉ちゃんは今関係ないでしょ」
佳苗「あんた、就職したからかって、人より身分が上になったとか、勘違いするんじゃないよ」

栄子、テーブルの上にあった缶チューハイをひったくり、中身をシンクに捨てる。

佳苗「馬鹿だねえ……」


◯スクールバス・車内

すずかけ学園のスクールバス。介助係として乗車している栄子。
近くの席で、夏海が自分のシートベルトをグリグリひねっている。
栄子、そんな夏海を見て。

栄子「……」


◯すずかけ学園・教室

机を円形に並べ、給食を食べている生徒たち。栄子も生徒たちと一緒に食べている。
教員の木下日向子(41)が、生徒の田中光彦(9)に横から声をかける。

日向子「光彦くん、今日シチューだね。よかったね」

光彦、満面の笑顔を浮かべて。

光彦「うん、嬉しい」
日向子「にんじんは食べないの?」
光彦「にんじんは、嫌い」
日向子「そう? 先生は好きだけどなあ」
光彦「日向子先生は、なんでも好きじゃん」

日向子、人参をスプーンで小さく刻む。

日向子「一口だけ食べてみたら?」

光彦、やむなくといった感じで、それを口にする。

日向子「どう?」
光彦「まずい」

日向子、笑って光彦の頭を撫でる。

日向子「でも食べられたね」

光彦、まんざらでもなく、嬉しそう。
その様子を見つめる栄子。


◯同・バス乗り場(夕)

敷地内にあるバス乗り場。生徒たちを見送っている栄子と日向子。

日向子「(生徒に手を振って)うん、また明日ね〜さようなら」

生徒たちを乗せたバスが発進する。


◯同・校庭(夕)

栄子と日向子が歩いている。

日向子「日が暮れるのも、はやくなったわね」
栄子「そうですね」
日向子「悩み事?」
栄子「え?」
日向子「なんかいつもより、元気がないから」
栄子「日向子先生には、かなわないです」
日向子「いいから、話してごらん」
栄子「……最近、生徒とのコミュニケーションがうまくいってなくて」
日向子「夏海ちゃん?」
栄子「はい」
日向子「そうね。難しいところはあるかもしれない」
栄子「教師って、難しいですよね」
日向子「うん。でもね、私、自分のこと教師だって思ってないの」
栄子「どういうことですか?」

日向子、ポケットから、なにかを取り出し、栄子に手渡す。
栄子、見ると、それはラミネート加工された丸いコースター。中には落ち葉が収められている。

日向子「これね、昔生徒がくれたの」    
栄子「手作りですか?」
日向子「うん。その子落ち葉が好きで、いつも校庭で拾ってた。いつも手を土で汚して帰ってくるから、そのたびに一緒に手を洗ってた」
栄子「……」
日向子「落ち葉っていろんな種類があるでしょ。それに、同じ葉っぱでも形とか、色とか、葉脈のつきかたとかも違う」
栄子「はい」
日向子「その子いわく、匂いも一枚一枚違うんですって」

栄子、コースターを見つめる。

日向子「そういうことって、私たち気づかないじゃない。私たちが通り過ぎていくものを、彼らは気づくの。そういうものをいくつも見てきた」
栄子「……」
日向子「そんなふうに、生徒に世界の豊かさを教えてもらってたら、自分のこと教師だって思うのが恥ずかしくなっちゃって」
栄子「……」
日向子「でも最近、もう少し教師としての威厳をもてって、園長に叱られちゃった」

そう言って、子供のように笑う日向子。


◯電車・車内(夜)

帰宅中の栄子。つり革につかまって立っている。
電車の揺れで隣の乗客と肩がぶつかったサラリーマンが、あらかさまに嫌な顔をしてみせる。
それを遠目に見る栄子。


◯栄子の実家・外観(夜)


◯同・浴室(夜)

湯船に浸かっている栄子。

栄子「……」

栄子、お湯をすくいあげて、顔を洗う。
おもむろに、手で水鉄砲をつくり、水をとばしてみる。


◯すずかけ学園・教室

栄子、車椅子の生徒を由佳と二人で支えている。

栄子・由佳「せーの」

生徒を車椅子にゆっくりと座らせる。

由佳「ありがと。あとは大丈夫だから」
栄子「うん」

生徒と一緒に教室を出ていく由佳。
生徒、去り際に、

生徒「栄子先生、ありがとう」

栄子、生徒に手を振る。
ふと、窓の外を見る栄子。


◯同・校庭

手洗い場で、蛇口から水を流している夏海。
流れ落ちる水を、熱心に見ている。
そこにやってくる栄子。

栄子「夏海ちゃん」

夏海、栄子のほうを見ない。
栄子、夏海の横に並び、かがんで、一緒に流れ出る水を見る。
水は一定の速度で流れ落ちている。

栄子「夏海ちゃん、お水だすの、楽しい?」
夏海「……」

夏海、蛇口を少しだけ閉めて、水が出る量を減らす。
しばらくそれを見つめる2人。

夏海「ちょろちょろちょろ」
栄子「?」
夏海「……ちょろちょろちょろ」

栄子、別の蛇口をひねって水を出してみる。

夏海「ジャー」
栄子「……音が違うね」   
夏海「ジャー」

栄子、蛇口を大きく開く。大量の水が流れ出る。

夏海「ドバー」
栄子「ほんとだ。ドバー」

夏海、栄子のほうを見て笑う。


◯同・昇降口

校舎から、校庭に出てくる日向子。
校庭の片隅を見て、表情がほころぶ。
日向子の視線の先、校庭の手洗い場。
栄子が、ホースを蛇口につないで、水をまきあげている。その横で、それを楽しそうに見ている夏海。 
水が陽光できらめいている。

<終わり>

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