賢愚経巻十 大光明始発無上心品第四十二
このように聞いた。
仏がラージャグリハの迦蘭陀(カランダ)竹園にいたときのこと。阿難は林樹の間で静かに坐り思惟していた。阿難にはこのような思いが浮かんだ。 〈如来としての正覚者は諸根そなわり功徳はあきらかで、素晴らしいこと語り尽くせないほどだ。世尊は過去世でどのような因縁で、この大乗無上心を抱いたのだろう。どんな修習をして今の勝利を得たのだろう〉
こう思い禅定からたつと仏の所に行ってひれ伏し礼をなして言った。「もろもろの世尊たちは、世間の人天の中で最尊最妙にして功徳あきらかなること巍巍として無量です。世尊は過去世でどのような因縁があってこの大乗無上心を抱かれたのでしょう」
仏「よい質問です。細かく説明しよう」
過去のはるかはるかな昔、この閻浮提世界に摩訶波羅婆修(マハープラバーサ/漢語では大光明)という大王がいて、五百の小国を従えていた。
あるとき大王は群臣とともに狩りに出た。王の乗る象はさかりがついていて、王を乗せたまま森に向かって走り、木々の中に飛び込んでいった。
象使いは王に言った。「樹にぶら下がって下さい」王はそれに従い、ともに樹にしがみついた。象は去り、王は大いに怒り象使いを激しく責め、これを殺そうとした。「お前の調教が規定通りやってないから、こんな危険な目に遭うのだ」
象使い「きちんとやり方にそって調教しております。ただ、この象は慾のため惑っております。慾心は調禦しがたいものです。私の咎ではございません。どうかお許し下さい。三日たてば、象は必ず自ら還ってきます。それで還ってこなければ、万死を受けるとも恨みはございません」
そこで留置しておくこと三日、象は王宮に還ってきた。象使いは七つの鉄丸を真っ赤に焼かせ、象に呑ませた。象はこれに逆らわず、呑みほして死んだ。王の怒りはとけ、群臣は激しく嘆いた。「慾心が原因だというのに、誰に調禦できよう」
天神が感じいって象使いに言わせた。「仏が調禦できます」
王はこれを聞いて心の中でつぶやいた。 〈膠で固めたように強固で調伏しにくい物でも、ただ仏のみが除けるのか〉
そこで仏となるという誓願を立てた。
仏「精勤すること幾劫、休むことなく今に至ったのである。その結果、仏となったのだ。阿難よ、その時の大国王が今の私である」
会衆は仏の説くところを聞いてみな無上正真道意を得、おのずと歓喜踊躍し、教えを奉じたのだった。
※「歓喜踊躍」って印度映画の皆が踊り出すシーンを思い出しますね。