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10秒①

①始まり
「行ってきまぁーす」
「あ、待って。母さんも買い物に行くから、途中まで一緒に行きましょ」
「えぇ?まぁ、いいけど」
俺は飼い犬、カイのリードを引っ張って家を出た。カイは嬉しそうにしっぽを振りながら走り出す。
「わっちょっ待てって!」
「朝の散歩、行ってないの?」
「うん」
「連れてってあげなさいよ」
「んー」
「散歩にも連れて行くって約束で飼ったのよ?」
「んー」
「カイが可哀想でしょ」
一緒に行くんじゃなかった。
俺はため息をついた。
カイはそんな俺の気持ちなんて知らずに足元でじゃれてくる。
「カイ、公園行くか」
いつもの散歩の道から外れて公園に行こうとする。
「公園行くの?」
「…」
「しばらく行ってないでしょ?」
グチグチうるさい母さんから離れたかっただけだ。
散歩には毎日連れて行っていたし、公園だって最近は宿題に追われて行けてないだけじゃないか。
少し前までは2日に一回のペースで連れて行ってたし。
今から行くんだからいいじゃないかっ!
カイは公園に連れて行ってもらえるのが相当嬉しかったのか、走り出した。
「あっ」
気がついたときには俺の手にあったリードは滑り落ちた。
「カイ!待て!」
俺の声をかき消したのは車のクラクション。
カイが道路に飛び出したのだ。
「カイっ」
母さんの声が後ろからする。
車まであと少し。
ぶつかる…
考えるより先に体が動いていた…
まさに今の俺にぴったりな言葉だ。
俺は道路に飛び出して、カイの上に覆いかぶさった。
目を瞑る。
「なんで…」
こんなことになるんだろう…

プーーーーーー!!!!!!
クラクションの音と、車が回転しながら止まる音が聞こえる。
止まる音…
「海…わかる?海っ」
母さんの声…
俺はゆっくり目を開けた。
眩しい光が飛び込んでくる。
頬に何かぬるく柔らかいものが当たる。
「カイ…」
カイが心配そうに頬を舐めていた。
「良かった…海…」
「母さん…俺…」
体を起こすと、車から女の人が出てきた。
「大丈夫ですかっ?!」
「すみませんっ」
母さんが頭を下げる。
女の人は真っ青だ。人を引いたと思ったのだろう。
「良かったぁ…」
「すみませんっご迷惑をおかけしました。」
「いえいえ、無事で何よりです。」
女の人はそう言って車に乗った。
でも、なぜ助かったのだろう?
なぜ…
「母さん…どうしてここに…?」
母さんがいたのは反対側のはず。
瞬間移動でもしたのだろうか?
俺は苦笑する。そんなはずない…
でも、なら、なぜここに?なぜ俺は怪我一つしていない?
「海、カイ、家に帰りましょう。家で…話すことがあるから。」

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