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10秒⑥


⑥選択肢

「よろしくお願いします…」
「…」
俺の目の前にいる憎たらしい顔をした男の子は不機嫌そうに体ごと逸してマミおばさんに抱きついた。
そして俺に向けていたものと同じとは思えないほどキュルキュルの瞳でマミおばさんを見上げている。
「ねぇ、ママぁ、この人だぁれ?」
「だから言ったでしょう?海君よ。今日から一緒に暮らすのよ」
「…はぁい」
あ、そう。“ママぁ”には従順なんだ??

…いや、こんなことしてたら追い出されちゃうかな…
それはそれでいいんだけど…
マミおばさんはどう思うかな…
仲良くする、努力はしないと…だよな。

なんて考えている間にカイはすっかり男の子に懐いたようだ。
「よぉし、今日はご馳走よ!買い物に行ってくるから、遊んでなさい」
♪がつきそうなテンションだ。
「行ってらっしゃーい!」
俺は男の子を横目に会釈した。
「あ、そうだ、今日パパ出張だから帰ってこないって」
「分かった!」
ガチャ
ドアが閉まった瞬間、男の子は冷たい視線で俺を一瞥するとリビングに戻ってテレビをつけた。
「あ、あの…名前は…?」
「…」
男の子は面倒臭そうに俺を見てため息をついた。

…え?ほんとに5歳??

「…はぁ、面倒くせぇな…仲良く兄弟になるつもりなんかねぇからな」
「…帰ってきて、俺が君の名前すら知らなかったら、マミおばさん、どう思うかな?」
俺は男の子に聞こえるくらいの声量で呟いた。
大人気ないが、コイツ相手に大人になるのも馬鹿馬鹿しい…
「…莉輝斗」
莉輝斗は顔を顰めたあと呟いた。
「そっか、莉輝斗君ね」
「…」
もう一度俺を睨んでから莉輝斗はまたテレビに向き直った。

しばらくテレビを見つめる莉輝斗を眺めていたが、だんだんムカついてきて莉輝斗がいるのと反対側のテーブルに座った。
スマホを開いて全く頭に入ってこない文章を眺める。

結局…どこに行っても同じだ…

「…なんでこっち来んだよ…」
「…マミおばさんに連れてこられた。…それだけ」
「………った…」
「は?なんて?」
「…別に」
莉輝斗は何故か怒ったようでテレビも消さずに2階へ上がっていった。

「ご飯よー!」
俺はマミおばさんが帰ってきてから食事の準備を手伝っていた。
莉輝斗はその間顔を見せなかった。
「ねぇ、海」
「何?」
「…大丈夫だった?」
「…うん。莉輝斗君、可愛いね」
そんなこと思ってもないけれど心配させたくない。
「そう…!良かったわ」
マミおばさんは思っていたよりも嬉しそうに笑った。
少し、胸が痛かった。

大皿に乗っているものを取ろうと莉輝斗が手を伸ばした。
「莉輝斗君、取るよ」
俺がそう言うと莉輝斗は驚いたように目を見開いた。
「え…」
俺はニコッと微笑んでみせた。
お前、馬鹿じゃないだろ…
こんくらいのイト、分れよ…
莉輝斗は察したからか同じように微笑むと可愛らしく頷いてみせた。
「うんっありがとう、海君!」
うわぁ…
役者にでもなればいいのに。
でも…
この家族の中に割り込んだのは俺。
客観的に見ても俺は邪魔だ。

食事後、食器洗いを申し出たがあっさり断られてしまった。
「はい。莉輝斗と食べてきたら?」
マミおばさんはそう言うとバニラのアイスとスプーンを差し出した。
「…うん。ありがと」
…なんでこーいうときに部屋にいるのかなぁ、あの子は…
面倒臭いが仕方がない。
俺は莉輝斗の部屋のドアをノックした。
「ママ?入っていいよ」
いや、海ですけども
なんて言ったら閉め出されるだろうから黙って入る。
海はベットの上で絵本を読んでいたようだ。
静かに立っている俺を不審に思ったのか莉輝斗は顔を上げた。
「ゲッ…なんで勝手に入ってきてんだよ」
「…いや、入っていいって」
「はぁ?馬鹿かよ…」
はいはい。馬鹿でいいよ。
「何しに来たんだよ」
「はい」
「は?アイス?」
「マミおばさんに一緒に食べてこいって」
「あっそう」
莉輝斗は俺の手からアイスをもぎ取って食べ始めた。
コイツが俺の弟…か…
「…お前、帰れば?」
莉輝斗は目もくれずにそう言った。
「はぁ」
気のない返事を返すと莉輝斗は顔を上げた。
「マジで邪魔」
「っ…」
分かってるよ…分かってる…
そんなの、俺が一番理解してる…
「マミおばさんマミおばさん言ってるけどさ、家族になる気なんて無いんだろ」
「…まぁ、そうだよな」
やっぱり、邪魔だよな…
「お邪魔しました」
俺はそう言うと一口も食べてないアイスを置いて出て行った。
邪魔かよ。
そうだろうけど…まぁ、そうだろうな
俺は玄関に向かいドアを開けた。
散歩に連れて行ってもらえると思ったのかカイが走ってきた。
「来なくていいって…莉輝斗のとこでも行ってな」
「海…?」
「あ…マミおばさん…」
見つかった
「どこ行くの…?」
「…いや、コンビニ」
「そう…」
そんな心配そうな顔しないでよ…
罪悪感が俺を襲う。
夜道をブラブラしながら俺はため息をついた。
このまま帰れたら楽なのに…
スマホを開く。
「うわ、もう9時じゃん」
帰んないと、か…
帰りたくない、と言えば嘘になるかもしれない。
でも、莉輝斗の顔は見たくない。
プルルルプルルル
「うわっ!!!」
手の中でいきなり震えるスマホ。
投げ出さなかった俺を褒めてくれ。
「…はい、もしもし…」
知らない電話場号。
保健所か何かか?
今までも何度かかかってきた。
『海?』
「あ、マミおばさん?」
『どこいるの?早く帰ってきなさい』
…あぁ、そうか…
”お母さん“なんだ…
「…はい」

ガチャ
「た、ただいま…」
「海!お帰り」
マミおばさんは微笑んだ。
その笑顔はどこか悲しそうだった。
「莉輝斗が何かしちゃった?」
「え?」
「莉輝斗の部屋に行ってから、様子がおかしかったから…」
「…ううん。なんともないよ」
「そう…」

俺はこれからどうするべきなのか…
マミおばさんと、莉輝斗と、家族になるのか
また元の生活に戻るか
莉輝斗はきっと、早く居なくなって欲しいのだろう。
俺も自分がここにいるべきでないことは分かっている。
でもあの生活がいつまでも続くものではないことも分かっている。
あの家に帰ることはマミおばさん達と家族になることから逃げてることになるのではないか?
お金を稼げる年になるまではあと数年は待たなければいけない。
けれどそれまで母さんが残してくれた貯金が保つとは思えない。
お世話になるしか、ない…
孤児院などはもうパンパンで親戚もいない子供しか引き受けていない。

なんだ、結局俺に選択肢なんてないじゃないか…

自分の膝を抱えて笑って見せる。
選ぶことなんて、できないじゃないか…
「っ…」
熱いものが喉でつっかえる。
視界が歪み、目から熱い涙がこぼれ落ちた。
「どうするべきかなんて…分かってたくせに…」

与えられた殺風景な部屋に嗚咽だけが響いていた。

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