築地と文学2024 ~沢村貞子の献立と築地~ その5
長く築地で働くうちにいつの間にか、目の前に並ぶ魚、野菜、乾物、漬物‥‥そうした食材に慣れきってしまう。そんな日々に出会った沢村貞子の献立は、私に食材の魅力と料理の楽しさを再び思い起こさせてくれた。
「十冊目(48年)の秋から献立日記に、急に魚料理が増えている。知り合いの紹介で江の島の魚屋さんが週2回、その朝とれたものをかついできてくれることになったからである。」 (わたしの献立日記 沢村貞子著 中公文庫)
この一節を読んだときにある人を思い出した。30年くらい前になるが、お客様戸別の御用聞きを専門にしている魚屋さんが、よく当店に立ち寄りよもやま話をしていった。漫画サザエさんにもこうした魚屋さんが登場していた。市場で魚を仕入れてその場である程度下ごしらえし、お得意さんを回る魚屋さんたちが当時は大勢いた。大型量販店が台頭するにつれひっそりと姿を消していったのだが‥。私は、お客様のお宅に伺うのは難しくても、せめて店先や電話で個別の相談にのれるような対面販売ができればと思い、市場の一角で店を続けている。
今日も貞子の献立を読みつつ何を作ろうか考える。
「貞子さん、きっと魚屋さんに料理のコツを教わったのでしょうね」と、独り言。
・マグロの刺身の残りで作るねぎま鍋。長ネギのぶつ切りを焦げ目がつくまでよく焼いて、甘辛目のたっぷりのだし汁で煮る。
・鯛の頭やカマで作るあら炊き。よく洗い、霜降りにしてウロコや血を洗い流してからこってり煮付ける。
・ヒラメの包み焼パピヨット。野菜やキノコのバター炒めとヒラメのソテーを包み、蒸し焼きにする。
・アジのマリネ。3まいおろししたアジに塩を振り、甘酢につける。千切りセロリ・人参・玉ねぎとともに。ぬたの場合はワカメ・長ネギ・生姜とともに酢味噌で。
・夏ずし。キュウリの塩揉みとジャコを酢飯に合わせる。椎茸の甘煮、錦糸卵、紅ショウガなどと彩りよく盛り付ける。
「献立に大切なのは、とり合わせではないかしら。今日は魚が食べたい、とか、肉にしようーーなどと主役は早く決まっても、それを生かすのは、まわりの脇役である。」(沢村貞子の著書より)
生涯、脇役に徹した女優ならではの実感である。料理の仕上げに添えられるひとひらの香り野菜、主菜を引き立てる副菜の色合い。心を尽くして一品を仕上げ、食卓に供する。
「あんまりめまぐるしく、騒々しく、そしてせっかちな世の中に、うんざりしきった心のしこりが、鍋からあがるかすかな湯気といっしょに消えてゆく、といったら大げさかしら」(沢村貞子の著書より)
その献立の数々が、後世に残る著作を生み出した。情けは人の為ならずという言葉が思い浮かぶ。私は、その著書を傍らに置いて、師走の台所に立つ。