61歳の食卓(1)
このシリーズで書いてみようと思い立ったのは昨年。築地の市場で鮭の売り買いを生業として30年経ち、鮭の本を書き終え、ひと息ついた頃。
著書のタイトルが「鮭とご飯の組み立て方」で、鮭+ご飯+もう一つの素材でおにぎりを作るという企画のおかげで、築地の魚以外の食材についても、以前より積極的に知識を得るようになった。
そんな折に、築地から勝鬨橋を渡った隅田川河岸の勝どき・佃の「にこにこ食堂」をお手伝いすることになり、築地の食材でこれまた月に2回、献立を考えていくことになった。
それまでは仕事の合間に知り合いの店に走り、目についた魚や野菜を場当たり的に買っていたが、鮭と合わせる乾物や漬物を探したり、食堂のためにバランスの取れた主菜副菜を組み立てるなど、買い物に目的を持つようになり、購入した食材について調べたり書いたりする機会が増えた。
思えば市場で働いてから30年を越え、60代に突入していた。60歳になりたては、突然、高齢者にグルーピングされた気がして年の話題から逃げていた。ところが面白いもので、還暦祝いを兼ねて開かれた中学高校の同窓会で旧交を温めて以来、同級生がひとりまたひとりと築地を訪ねてくれるようになった。18歳で別れてからそれぞれ異なる道を歩んできたわたしたちは、40余年を経て、合わせ鏡のように向き合った。互いに、無数の挫折と再生を繰り返していくうちに、傷つきやすかった少女たちはずいぶん強くなり、誰もがその面影の陰影を濃くしていた。子育ても仕事も一段落して生活にゆとりができる一方で、病を得たり親を亡くしたり、相変わらず山あり谷ありの、でこぼこ道を歩んでいる。そんな日々のささやかな楽しみとして、料理にいそしんだり、食事をともにしたり。そしてわたしたちは、語り合い、見つめ合い、笑い合った。
築地では一年を通じて春夏秋冬、食材が入れ替わっていく。魚は寒の頃の牡蠣や鰤などに始まり、春を告げるメバルやニシン、初夏の主役カツオや新子、秋の秋刀魚、鯖、鮭と枚挙にいとまがない。野菜なら七草に始まり、早春の山菜、夏の葉物、秋のキノコにイモ類、冬の根菜と、これまた目まぐるしく変転していく。乾物や調味料は季節に無関係と思いきや、多く収穫される時季に干し、漬け、あるいは醸造して保存するだけに、手を施してから熟成に至る味の変化を楽しむこともできると知った。
この四季を彩る食材と、食材を通じて出会う人との一期一会を書き留めてみたいと思う。
昨日、2021年が無事終了した。
思えば師走の繁忙期はひたすら鮭を食べていた。夜明け前、家を出る直前に鮭おにぎりを握り、冷めないよう懐深く抱いてバイクで家を発つ。勝どきから豊洲を経て築地に着いて、すぐにかぶりつくとまだ温かい。
そんな話を、また次回。