【恋愛小説】四季織々
・第一章 春眠暁を覚えず…されど春の青さを知る
桜の敷き詰められた道を歩く
見上げると十分咲きの木が新緑を迎えている
1年間通った道も桜色に染まると感慨深い
高2の春を迎える今日に少しの緊張感と高揚感に心が躍る
ーーーーーーーー
「紫式部もよく言ったもんだよなぁ?志貴」
「急になんだよ」
「春眠暁を覚えずなんて…ふぁぁ……」
始業式、校長のあまりの話の長さにあくびをする男 飯岡 淳也《いいおか じゅんや》
1年の時からクラスメイトで同じクラスの縁で一緒にいることが多い
どうやら今年のクラスでも一緒らしい
「紫式部も朝は弱かったんじゃないのか?」
「なのかな?まあわざわざ詩集にするくらいだしなぁ」
なんて話して気を紛らわせていると
「おいそこ!伊ヶ崎!飯岡!しゃべってんなよ!」
担任の怒号が聞こえ自然と背筋が伸びる
程なくして始業式が終わり各々の教室に戻ってきた
「いや~本当話長かったな~まるで内容なんか覚えちゃいないけどな」
笑う飯岡を傍目にとなりの席に目をやる
真面目そうな女子が隣だった 前の席がまさかの飯岡だったのだから、この陽気さが放課後までなのだ
隣の席まで騒々しいと気が滅入る静かそうで何よりだった
「なんだ?なんだ?早速女子が気になりますかな~?」
早速の鬱陶しさに今にも気が滅入りそうだ
「お前のそのにやけ顔が見たくないだけだ」
「またまた~そんなこと言って~志貴君は~」
「とりあえず前向けよ担任来たぞ」
つかつかと教壇に担任が姿を現す
「このクラス2年C組の担任になった柴崎 真也《しばさき しんや》だよろしく頼む」
「さっそくだが端から自己紹介をしていこう」
クラスの端から自己紹介が次々としていき自分の番になる
「伊ヶ崎 志貴《いがさき しき》です よろしくお願いします」
我ながら無難な挨拶だった
先程の隣の女子の番になり耳を傾ける
「三尾 凛花《みつお りんか》です…よろしくお願いします…」
こちらも飾らない無難な少し気弱な挨拶だった
今日は始業式と明日からのガイダンスのみでお昼過ぎには下校となった
「ぼちぼち帰るとするかな…」
早く少し疲れた体と眠い頭を癒したい
「え~どっか行こうぜ~」
「嫌だよ早く帰りたいわ」
「つれないこと言うなよ~」
なんてやり取りをしているとフフッっと隣から笑い声が聞こえてきた
「なんだか漫才みたいだね」
と春に似合う暖かい笑顔を浮かべている隣の女子
「あっ…ごめんなさい笑っちゃって」
「ああいいんだこいつはいつも滑ってるから笑ってやってくれ」
おいおいとツッコむ飯岡を気にかけず彼女に話しかける
「えーっと三尾さんでいいのかな?」
「うんそちらは伊ヶ崎君?かな?」
「うんあってるこれからうるさいかもだがよろしく」
「大丈夫見てると面白いから…こちらこそよろしくお願いします」
なんてぎこちない会話をして彼女と別れの挨拶をし教室を離れる
女子とは普通に話すがやっぱり初めましてだから距離感がつかみずらい
同性ならなんとなくノリがわかるが異性となるとどうにもわからない
結局飯岡とは昼飯食べて家に帰った
ーーー
始業式で怒られていた男子2人が同じクラスで隣の席だった
彼らを見ていると漫才のようで面白い
(伊ヶ崎君がツッコミで飯岡君がボケかな?)
なんて考えていたがまだ初対面だからよくはわからない、あまり友達とか作るのが苦手な私には縁遠い2人
異性なんてどう接したらいいかなんてわかりもしない
「おーい凛花お待たせ!一緒に帰ろ!」
「やっと来た」
「なかなか教室が離れててねー」
そう駆け寄ってきた数少ない友達 斎藤 奈緒《さいとう なお》
1年の頃に隣の席のよしみで仲良くなったが今年のクラス替えで別れてしまった
彼女のクラスは2年A組 毎年受験生が多いためか建物が2棟あり彼女は隣の棟になってしまったのだ
「でも流石陸上部だねフォームが綺麗だったよ」
へへっと笑う彼女と帰路につく
並んで歩く彼女がふと
「なんだか楽しそうだね新しいクラスでいい事あった?」
不意に聞いてくる
「ううん特別何かあった訳じゃないけどね、隣の席の男子達が漫才してるみたいに仲良くて、見てて面白かったの」
ふーんと返ってくる
「じゃあ気になるんだ?」
「気になるって程じゃないよもう」
ちょっと照れくさくなってくる
「でも今年はなんだか賑やかそうでワクワクはしてるかな?」
今学期の学校生活はなんだか色んな事が起きそうで、春に当てられつつ気持ちが浮つき始める
ーーーーーーーー
始業式から随分とたち周りの環境にも馴染み初めていた頃合
まだ春の陽気が心地よく、古文の授業が睡眠BGMのようによく馴染む
うつらうつらと微睡んでいるとふと隣を見ると真面目に授業を受ける彼女
(真面目そうな雰囲気の期待を裏切らない授業態度だ…ああもう無理だ…)
静かに目を閉じる
微睡みの中彼女が音読を始める
自信の無いか細い声が深い深い眠りへと誘ってくる
声が止みノートにペンが滑る音が聞こえ、完全に意識が無くなる、今まさに俺は暁を覚えずだ
しばらく眠りこけ授業が終わり、隣から声をかけられる
「随分と眠っていたね?」
まだ眠い目を擦り問いかけに答える
「ふぁ……古文は呪文みたいで眠くなる……」
「大丈夫?ノート書いてなかったみたいだけど…」
「まあ何とかなるでしょ」
不安げな声色で言葉が続く
「よかったら…ノート写す?」
「えっいいの?」
「うん次の古文までにノート返してくれればいいから…」
「まじかありがと」
「いいえ」
他愛もない会話のあと早速ノートを借り目を通す
そこに綴られた文字はとても整っていて、見やすく、まるで誰かに見せる為に用意したような様相だった
「めっちゃ字綺麗じゃん見やすっ」
つい言葉にしてしまう
「そんなことないよ」
彼女は照れたように答える
「いやいやこれは誇った方がいいよすげぇありがと」
ただ静かに照れたように微笑むだけだった
ーーー
初めて異性にノートを貸した
隣の席の彼があまりにも幸せそうに眠る顔に私も幸せになった
そんなささやかな内なる幸せにお礼をと思い、不安を押さえつけ声をかけてみた
自分の字じゃ見えずらいかもしれない、分かりにくくまとめられるかもしれない
そんな思いをよそに彼は褒めてくれた
(これは誇った方がいいよ)
その言葉が頭で反復する、その度に頬が緩む
人の役に立つ事も嬉しいが何より、何も無い私に誇れるものを貰った嬉しさに心が踊る
(なんだか嬉しいなぁ)
たった一言に揺れ動く心に戸惑いはあるがこの感情を今は噛み締めたい
彼はその日の放課後にノートを返してくれた
「いやぁ助かったよ本当にありがとう」
「いえいえ」
手元のノートには何かが添えられていた
「チョコ?」
チョコレートのお菓子が一緒になっていた
「何かお礼にと思ってさお菓子ならいいかなって…もしかして甘いの苦手だった?」
「ううんそんなことないよ!嬉しい…」
「おおよかった、まあ美味しく食べちゃって じゃあこれで」
飄々と彼はこの場を後にする、後ろ姿を目で追い
(貰っちゃってばかりで申し訳ないなぁ…)
そんな事を心の中で呟く
『ドクン』
(なんだろう…?)
得体の知れない心動の正体は知らないままで
嬉しさのみを抱え帰路に立つ
帰り道にチョコ菓子を口に含む、ほろ苦く甘美な色彩を秘めた甘酸っぱい香りがした
ーーーーーーーー
春の暖かさが鳴りを潜め、学年中がややそわそわしだす
あと少しで体育祭が始まるから仕方ないだろう
熱気と興奮、クラスが初めて一つになる瞬間それは輝かしい
黒板にはそれぞれ体育祭の競技が連なっている
「じゃあ今日は体育祭種目決めていくぞ」
担任が教壇で投げかける
騎馬戦、障害物競走、クラス対抗男女混合400mリレー、二人三脚……
やりたいものを選択制になっているが混合リレーは足が速い順で選ばれている
「なあなあ志貴は何やるんだ?」
「騎馬戦やろうかと思うよ意外と楽しいからな」
「おおじゃあ一緒に鉢巻総取りしてやろうぜ!」
飯岡は帰宅部の俺とは違ってサッカー部に所属している
「でも淳也は部活対抗にクラス対抗出るんだろ?走ってばっかだな」
「サッカーは走る競技だからな、走りお任せあ~れ~!」
くじ引きやら何やらで紆余曲折ありながらも話がまとまり、ホームルームが終わる
運動は好きだが得意って程じゃない俺は無難に、騎馬戦と障害物競走に出ることになった
「よっしゃ!リレーも騎馬戦も全勝してやるぜ!」
飯岡が謎にかなり張り切っている
「なんでそんなに張り切ってんだよ?」
「いやー実はさぁ…彼女が来るんだよねぇ…」
と照れたように呆けた顔で答えてくる
飯岡は意外にも他校に彼女がいる
「はぁぁ…さいですか」
「やっぱさいいとこ見せたいじゃん?」
「まあそうだろうけどもさ…そんなに違うもんかね?」
「彼女いると違うぜ……」
ウィンクしながらドヤ顔を向けてくる、その鬱陶しさに辟易する
「うわぁ……」
「マジ引きするなよ…悲しくなってくる…」
放課後も飯岡にこんこんと彼女の良さを語ってくる、所謂惚気ってやつだ
「志貴も彼女作ればいいのになんで作らねぇんだ?」
異性に興味がないといえば噓になる、ただ好きという感情がまだわからないのだ
「好きってどんな気持ちなんだ?それがわからない」
「それはもうずっとに一緒に居たいとか、こう一緒にいて落ち着くとかかな?」
「はあ…」
うだつの上がらない返答をしてしまう
一緒にいて落ち着く存在を考えるが浮かばない
「まあその顔だとそういう人に出会ってないだけだろうな」
本当にそんな存在いるのだろうかまだまだ懐疑的だ
「志貴にもいずれできるさ」
「だといいけどな」
今日も他愛もない時間が流れていく
ーーー
私は体育祭で浮つく学校の雰囲気が好きだ、元々運動が好きなのもあるだろう
でも……
二年前の今頃だろうか忘れもしないケガをしたこと
テニス部に所属していた私は推薦のかかった大会に出ていた
日々の練習、仲間との思い出、今思い出しても楽しかったと言えるだろう
ただ楽しかった、そして高みを目指す私は身体を蝕む痛みを知らないふりをしていた
大会の予選、私の足は限界を迎えた
疲労骨折だった
あまりにも練習に夢中になり、推薦にとらわれ自分を追い込みすぎていた
完全に剝離した骨は大会期間中治らず、推薦も取れず、自信は粉々に砕け散っていた
未だに右足は動きすぎると違和感を覚える
もう折れないはず、もうあんなことは起きないと思っていてもあの時の幻肢痛とトラウマは消えない
そのころにはテニスラケットは握れなくなっていた
お……おー……
「おーーい凛花大丈夫?」
「わぁ!!奈緒!!」
急に声をかけられて心臓が飛び跳ねる
「いやはやいくら声かけても気づいてもらえないから心配しちゃった」
「随分とぼーっとしてたけど大丈夫?」
「う、うん大丈夫考え事してただけ」
そう?と彼女はそれ以上言及してこなかった
「凛花は体育祭何出るの?」
「私はクラス対抗リレーと借り物競争 奈緒は?」
「私もクラス対抗リレーとパン食い競争出るよ!体育祭の日はライバルだね!」
「ライバルってほどじゃないよー」
彼女は陸上部なのだ適いそうにない
「いやいや凛花足早いでしょ~去年は陸上部が固まってたから埋もれてただけで」
「奈緒程じゃないよ」
「またまた~」
彼女にはまだケガのことは話せていない、ただの帰宅部だと思っていることだろう
「でも楽しみだね体育祭!!」
「うん!」
ケガのことを忘れて今この時を楽しんでいこうと心を改める
大丈夫きっと……
ーーーーーーーー
春の名残惜しさを感じつつ迎える初夏
本格的に体育祭の練習が始まる、各々出る種目の練習に励んでいる
「はぁ…はぁ…」
俺はというと障害物競走の練習をしていた
平均台渡りに匍匐前進で網くぐり、ハードル走、麻袋飛びとなっている
あまりにも本格的な作りでやや戸惑っている
校庭トラックの方に目を向けるとバトンの練習をしているクラス対抗リレー組がいた
「バトンはこう渡すとスムーズに行くよ!」
飯岡が何故か仕切っている、そこには三尾の姿もあった
華奢な身体には見合わないくらい、他と見劣りしない足の速さを見せていた
その姿に自分の練習を忘れて見とれていた
あまりにも真剣な表情に、普段見せている穏やかな表情のギャップに目が離せない
『ドクン』
今までとは違う心臓の動きをする
なんだろうか?疲れているのだろうか?そんなことを思っていた
「おーい志貴大丈夫かー」
飯岡の大声が響きハッとする
「大丈夫だ気にするな」
と自分の練習に戻り際、彼女と目が合い少し恥ずかしくなってきた
練習の休憩時間に彼女に話しかける
「足速いね三尾さん」
「そ、そんなことないよ」
急に話しかけたからか少し戸惑っている
「何かやってたの?スポーツ」
「少しだけ…」
キャッチボールとは言えない会話に何を返せばいいのか分からなくなる
今度は彼女が静寂を断つように話し始める
「伊ヶ崎君もスポーツは何かやってたの?」
「うーん万年帰宅部だからなぁ、しいて言うなら遅刻しそうなときに走ってるくらいかな?」
「あははなにそれ」
彼女がカラカラと笑う、やっぱり笑顔はいいものだ
「それ以外はなにもやってないからなー」
「飯岡君が運動神経いいはずなのに、運動部じゃないの変だーって前言ってたよ」
「いやいやそんなことないよ」
「そう?さっき少しだけ障害物競走みてたけど俊敏に見えたよ」
またまたーっと照れてしまう、なんだか彼女にそんなことを言われると心が暖かくなる
「照れてるところ初めて見たかも」
不意にそんな事を言われた
「俺だって照れる時はあるさ」
「そうなんだいつも何処か余裕のある感じしてたから少し意外」
そんなことを言われて目が点になってしまった、彼女からはそう見えていたことに驚いた
「そう見えてたの?」
「うん…この前のお返しのチョコもすんなり渡しちゃうくらいだし」
「まああれはお礼だしなぁ」
「あっまた照れた」
「からかうなよー」
なんだか今日は彼女に調子を崩されてばかりだ
そうこうしているうちに休憩時間が終わる
「さっ行こうか」
「うん」
なんだか少しだけ彼女と打ち解けたような気がした
でも……
彼女に嘘をついた
本当はスポーツをやっていた
中2夏の県大会決勝 バッターボックスにいた
数ヶ月前にスランプに陥ってた俺は代打で上がっていた
スランプは全くもって治ってはいなかった
ベンチの仲間、監督がお前なら出来ると期待して送り出してくれた
9回裏2アウトランナー1、2塁一打逆転のチャンス
プレッシャー、焦り、緊張……
バットは心を写しているかのように空を切るばかり
結局かすりもせず空振りの三振
相手の歓喜をただ呆然と眺めるしか出来なかった
仲間達の期待が外れた落胆感、監督の優しさ
ただただ苦しかった
その後の部活も虚無感、無力感に苛まされ続け、仲間の腫れ物を扱うような気遣いも全て全て苦しかった
バットを置くには十分すぎる位の心の穴は、ついに埋まることはなかった
高校はかつての仲間が居ない場所にしよう
そうして逃げてきた
だからこそなのだろう、真剣な眼差しの彼女が眩しく映ったのは……
ーーーーーーーー
体育祭の練習の日々も過ぎ、日が差してくるようになった空を見上げる
体育祭本番
各クラスが示し合わせたかのように円陣を組む
この連帯感が心地がいい、今クラスがひとつになる
飯岡の声で幕が上がる
「さあ体育祭本番、今までの練習成果見せつけてやりましょう!」
「さあ行くぞ!!!!!」
「「「おーーーー!!!!!」」」
今始まるこの時が
順調にプログラムが進み、熱気、興奮が当たりを包み込む
「さあさあやってきたよー騎馬戦!」
「ああついに来たな」
障害物競走で惨敗に喫したのでここで挽回の時
飯岡他2人の上に乗る、周りには赤、緑、黄色、紫とカラフルなハチマキをたなびかせている
「ハチマキきつく縛っておけよ!」
「おう!」
青のハチマキをきつく縛り気合いを入れる
「それでは2年生男子騎馬戦用意してください」
しばらくの沈黙が当たりを漂う
「よーーいドン!!!!!」
その刹那馬が一直線に駆ける
「オラオラオラァ!!!」
「淳也振り落としてくれるなよ!!!」
正面に見える黄色のハチマキの集団に肉薄する
あまりの気迫にたじろぐ集団のハチマキを次々と取っていく
あっという間に黄色のハチマキが3つ手元に
あまりの早業に周りがザワつく、息付く間もなく紫色が攻めてくる
「C組ばかりにやらせるな!」
組み付かれるも振り払う
「もらった!」
振り払った隙にハチマキを奪われそうになるもなんとか屈んで回避する
「あぶねっ」
「大丈夫か志貴!」
「ああ!大丈夫!」
なんとか回避際で1つ取るも他の青色の騎馬が取られていく
気がつけば2対1の不利な状況に
「どうする志貴?」
「淳也!そのまま突っ込め!」
「はいよ!」
2騎に正面から突っ込む
それを回避しようと1騎の足がもたつき崩れる
もう1騎がそっちに気を取られている隙にハチマキを取る
「よっしゃ!」
「やったぜ志貴!」
周りを見渡すと赤色が1騎しか残っていなかった
「いよいよ最後だぜ志貴、気合い入れてけよ!」
「まかせろ!」
お互いに真正面につき一気に詰め寄る
すれ違いざまにお互いのハチマキを掴みかかる
さながら中世の騎馬戦のようだった
ハチマキを掴まれそうになるも寸で相手が取りこぼし、逆にハチマキを奪う
手に握られた赤色のハチマキを高く掲げる
「取ったぞ!!!!!」
そこで終わりのホイッスルが鳴る
「2年男子騎馬戦勝者C組!!!」
クラスの皆が歓喜をあげる
「やったな!!志貴!!」
「淳也勝ったぜ!!!」
騎馬のままでクラスを凱旋する、彼女の姿が目に入る
「伊ヶ崎君おめでとう!」
「ありがとう三尾さん!」
笑顔でハイタッチを交わす、彼女も楽しんでいるようで何よりだ
興奮冷めやらぬまま次の種目の準備が始まる
次は借り物競走だ
ーーーーー
男子の騎馬戦を眺めていた
彼らの巧みな騎馬捌きに目が離せ無かった
ハチマキを取る度に黄色い声援が湧き上がる
(かっこいいなぁ…)
彼の真剣で楽しんでいる表情に心が浮つく
周りの女子達が口々と「伊ヶ崎君かっこいい」や「伊ヶ崎君すごい」と言っているのが聞こえ少しモヤッとする
なんでモヤッとするのかは自分でも分からなかった
そうこうしてるうちに彼らが帰ってくる
クラスの皆の歓喜の中彼に祝福をする
「伊ヶ崎君おめでとう!」
「ありがとう!三尾さん!」
ハイタッチを交わす、その満面の笑顔に心が踊る
重ねた手がジワッと熱くなる
その手を固く握り次の自分の競技に向かう
「女子対抗借り物競走の方は位置についてください」
アナウンスが聞こえ、なんのお題が来るのか気持ちを高ぶらせながら位置につく
「位置についてよーーいドン!」
一斉に動き出すが少し出遅れてしまった
目の前にはお題の紙が散らばっている
どれがいいか悩んでいる間に続々と紙は取られていく
(ええいままよ!)
お題の紙を無造作に取り開くと
『今日一番輝いて居た人』
そのお題に似合う人物は一人しかいない
私は自分のクラスに駆け寄る
彼の前に向かう
心が躊躇いブレーキをかけるでも……彼がいい
「伊ヶ崎君…付いてきて欲しいの!」
「えっ!俺!?」
「うんダメ…かな?」
「いいよ行こう!」
戸惑う彼と共にゴールへと走る
「ねぇ三尾さんお題って何?」
ふと聞かれ恥ずかしさが心を支配する
「秘密!!!」
自分でも信じられないくらい大声が出た
彼の顔もまともに見れずただただゴールへと走った
ゴールにお題の審査員が立っていた
「ではお題を拝見します」
ふむふむとまじまじとお題と彼を見ている
「彼騎馬戦かっこよかったですもんね…はいお題完了です!ゴールです!」
審査員の発言で顔から火を噴く、彼の顔は疑問が疑問を呼ぶような表情だった
出遅れたものの順位は3位だった
「おめでとう三尾さん?」
「ありがとう…」
戸惑う彼を置いて、羞恥心を隠すように顔を俯かせながらクラスに戻る
ーーーーー
体育祭も終盤
1年生のクラス対抗リレーが終わり次は2年生の番が来る
「淳也そろそろ始まるぞ」
と言葉を投げかけるが少し渋い顔をしていた
「どうした?」
「いや……足痛めたっぽい……」
「まじか!」
どうやら部活対抗リレーの時に軽い肉離れを起こしたらしい
「おいおいどうするんだ淳也、確かアンカーだよな?」
淳也がクラスの男子の中で1番足が早くアンカーに選ばれており、終盤のこのタイミングでの故障は痛い
「なあ俺から提案があるんだけどよ」
「な、なんだ…?」
嫌な予感がする
「志貴…出てくれないか?」
予感の通りの言葉に心が苦しくなる
俺はクラスの中では4番目位で選考理由は分からない
「は?なんで俺なんだよ?もっと早いやついるだろ」
渋い顔のまま淳也は続ける
「俺はお前に走ってもらいたいからだよ」
やめてくれ
「騎馬戦の時確信したよ、志貴の爆発力は誰よりもあるってな」
もう散々なんだ
「クラスの皆だって見てただろ?志貴が走ったら皆だって納得する」
やめろ
「だから走ってくれ」
「っ………!」
周りの皆も「走って欲しい」「飯岡の言う通りだ」と口々と言う
こっちの気も知らないで…
恐怖感で生唾を飲む、あの時と一緒だ
あの夏の日の光景がフラッシュバックする
期待に応えられず落胆させ、気を使われ誰にも何もされなかったあの時
もう嫌なんだ散々なんだ期待なんかかけないでくれ
そう口からこぼれそうな時、彼女と目が合った
彼女のあの時の真剣な表情を思い出す
このまま彼女を悲しませるのか?
自分の中の何かが足をつき動かす、おぼつかない心で前に踏み出す
「わかった…走るよ」
あの時止まったあの場所へと向かう
「2年生男女混合クラス対抗リレー位置についてよーいドン!」
堰を切るように始まった
第一走目は順調な走りを見せバトンを渡す
走り出したものは止まらない、漠然と見ながら身体がが重くなる
第二走目ややペースを崩したものの3位で彼女にバトンが渡る
絶望の足音が鳴り、その影は近づく
第三走目の彼女はやはり綺麗なフォームで駆け抜けてくる
いよいよだ
スタートラインにつく
そこはまるで崖のようだった足元は絶望の縁だ
嫌な汗が出る、足が竦む、呼吸が苦しい
耳元で囁くお前じゃ代わりはできないと
最後の直線彼女が走ってくる
バトンを貰って走るだけと言い聞かせ助走を始める
あと少しでバトンが渡るその刹那
『バタン』
バトンを受け渡そうとした彼女が激しく転倒する
俯きながら立ち上がろうとする彼女の顔は、きっと泣いていることだろう
「大丈夫か!?三尾さん!無理に立ち上がらないで!」
バトンを渡そうと腕を伸ばしてくる
もうウジウジしてる場合じゃない
今その顔を笑顔にするには走るしかない
「大丈夫あとはまかせろ!」
あの時言いたかった言葉を彼女にかける
バトンを持ち走り出す
足が軽い、呼吸も苦しくは無い、何もかも吹っ切れたようだった
がむしゃらに周りも見ないくらい走り抜ける
もう俺は大丈夫だ
白いゴールテープに向かって走り抜ける
「ハァハァ……」
ゴール後グラウンドに大の字で寝っ転がり空を見上げる
横から飯岡が顔を伺う
「志貴おめでとう1着だ」
起き上がり周りを見渡す
クラスが歓喜に湧き上がっている
「なあ俺勝ったのか?」
「ああまさか最後尾から追い上げるとか恐れ入ったぜ!!皆待ってる行こうぜ!」
「おう!」
あの時止まったままだった時間が今動き出す
ーーーーー
いよいよクラス対抗リレーが始まる
その矢先アンカーだった飯岡君が怪我をした
飯岡君が伊ヶ崎君にアンカーを託していたのをみんなで見ていた
皆の期待感に尋常じゃないプレッシャーがかかっている
知っているこの緊張感を、誰かの代わりにと選ばれる怖さを
伊ヶ崎君はいつも見せない暗い顔をしていた
そんな彼と目が合うも何も彼に言えなかった
アンカー前を私が走る
彼に少しでも楽になるよう頑張らなくては行けない
そう心に誓った
第二走目までは順調にリレーが進んでいる
スタートラインに立つ
大丈夫私ならできるはず
そう言い聞かせバトンを受け取る
足元の不安は全くない、一人また一人と順調に抜いていく
テニス時代は足の速さは自慢だった
それが今活きている
2番手のままストレートを駆ける
あと少し彼にバトンを渡せる
彼の助走に合わせるだけその瞬間
『ズキッ』
古傷が急に痛み出す、足から力が抜けその場に倒れる
(ああ…また私やっちゃったなぁ…)
大事な場面でいつも上手くいかない
派手に転んだ身体がいうことを聞いてくれない
足に力が入らず立ち上がることさえままならない
(伊ヶ崎君ごめんね…ごめんね……)
心の中で何度も彼に謝った
とてつもないプレッシャーを受けているのに私のせいで…
なんとか力を振り絞り腕を前に突き出す
奇跡的に離さなかったバトンを彼に渡す
「大丈夫あとはまかせろ!」
そう彼は言って颯爽と走り出す
その背中にはまるで翼が生えているような軽快さだった
「大丈夫!?!?凛花!?」
奈緒の声で我に戻る
「大丈夫…大丈夫だから」
「大丈夫に見えないよ!肩捕まって!」
奈緒の肩を借りながら救護室に向かって歩く
歩くさなか抑えていたことが口から言葉が転げ落ちる
「待って奈緒…最後まで見届けさせて…」
奈緒は少し悩んだ顔をして
「わかった終わったら行くからね!」
その場で彼の走りを見ていく
一人、二人と追い越していく、私の失態を無くすかの如く
彼の漲る勇姿を前にやるせなさで目頭が熱くなる
目を擦りながら最後まで見届ける
彼は1着でゴールを決めた
リレーの後、奈緒に連れられ救護室にいた
腕に擦り傷が多数出来ていたものの、足は特に異常は無く湿布を貼って痛みが少し落ち着いてきた
応急処置が終わり宴もたけなわ、体育祭での表彰式も終わり皆解散へと動いていた頃合
クラスの場所に向かう途中、クラスメイトの声が聞こえる
「伊ヶ崎君かっこよかったねぇ!」
「これで打ち上げは大盛り上がり必至ね!」
胸が苦しくなる
(打ち上げ…伊ヶ崎君も行くんだろうな…)
クラスの中に私の居場所は無い、そう思い足早と帰路にたつ
何度も泣きそうな気持ちを抑えながら歩く、綺麗な夕焼けがやけに眩しい
(なんで私はいつも……)
大事な場面で大きな事を起こす、こんな足に嫌気がさしてくる
プレッシャーを抱えているであろう彼にも、クラスの皆にも顔向けができない
心細く道を歩いていると
「よっ三尾さん」
聞き覚えのある…いや聞き馴染みのある声がした
「三尾さんもう帰り?」
「な……なんで伊ヶ崎君がここに居るの?」
「うーん一人で帰っている姿が見えたからさ気になってさ」
戸惑いで言葉が出てこない
どうして貴方は私を気にかけてくれるの?
どうしていいか分からない感情に抑えていたものが決壊する
零れた雫は留まることを知らず、ただただ流れていく
「三尾さん!?大丈夫!?」
言葉が出ずただただ熱い雫が流れていくのみ
「こんなところだとあれだし公園行こう?」
そう言われとぼとぼと彼の後ろを着いていく
涙が止まらない、彼の暖かさ、優しさに気持ちが溢れていく
しばらく2人でベンチに座っていた
何を話すことも無く彼は隣に居続けてくれた
心配かけた彼に話さなきゃ行けないことがある
「伊ヶ崎君……ごめんね」
ただぽつりと話し始める
「私本当はテニスをやっていたの……」
「大事な大会の途中私足を壊しちゃってね……」
淡々と言葉を紡ぐ
「その時のトラウマでね、時々走るとこうなっちゃうの……」
「なのに走って伊ヶ崎君に迷惑かけてごめっ」
ごめんと言いかけた時、彼の手のひらが頭に添えられる
その暖かい手のひらは頭の輪郭をなぞっていく
「大丈夫だよ三尾さん謝らなくて」
「俺も嘘をついてたから」
彼もポツポツと話出す
「俺もね中学の時野球やってたんだ」
「俺も一番大事な場面でさ代打で出たんだけど、失敗しちゃった」
「その経験がさ残っていて今日淳也の代わりをすることになって、辛い気持ちでいっぱいだったんだ」
「でもね三尾さん、俺は三尾さんが居たから頑張れたんだよ?」
その意外な言葉に心臓が激しく脈打つ
「いつも暖かい三尾さんが本気な顔で真剣に走っているのを見て、燻ってらんないなって、三尾さんに誇れる自分でいたいなって吹っ切れたんだよ」
「だから謝らなくていいよ逆にありがとう三尾さん」
ニカっと笑う彼に心臓の音が鳴り止まない
「でもまさか同じような秘密があるとはね、これは2人だけの秘密になるね?」
「ふふっ何それ」
ついキザったらしい言葉を聞き吹き出す
「ははでもやっぱり笑った顔がいいよ」
彼の言葉に心が百面相のようにかき乱される
気がつけば辺りは暗くなり始めていた
「まあそろそろ遅くなるし帰ろっか、じゃあ三尾さん今日はありがと、じゃあね」
「うんじゃあね」
心に突き刺さる名残惜しさを心に覚えながら彼と別れる
帰り道彼を想う
(なんで私が欲しい言葉を全て知っているんだろう)
失敗した私に大丈夫って笑った方がいいって
あの時彼に出会っていればきっと、思い悩むことは無かったのかもしれない
まだ撫でられた頭が暖かい
彼の一挙動一投足に心が激しく動かされる
(ああ私って彼のことが……)
『好きになってしまったみたいだ』
紫陽花のつぼみが揺れ動く夕暮れ、夏の訪れと春の青さを知る
・あとがき
どうも 月影 冬衣 です
小説完成致しました
かなりしっかり書いたのは久しぶりですが楽しかったですね
第一章 春編という事でまあ今後も夏、秋、冬と続いていきますのでよろしくお願い致します
誤字脱字はもちろん 感想お待ちしております
ではまた何処かで
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