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【ファッションロー】ドクターマーチン事件控訴審判決(知財高判令和5.11.9)
ドクターマーチン(Dr.Martens)とは
黒色に黄色のステッチ、ゴムソールが特徴的なブーツです。
私も高校生のときに、ドクターマーチンの3ホールシューズを買いました。
当時は店舗がそこまで多くなく、ネットショップで購入した記憶があります(ネットで買ったため、案の定サイズが合わず、インソールを突っ込んで履いていました。)。
大学の入学式にも、スーツにドクターマーチンを履いて参加した思い出があります。
ドクターマーチンの製造・販売を業とする英国法人である、エア・ウェアー インターナショナルリミテッド(以下「エア・ウェアー社)といいます。)が、ドクターマーチンと類似するブーツを販売する日本の会社に対し、販売等の差止めと、商品の廃棄を請求した裁判がありました。
どれくらい似ている?
この訴訟で問題となった商品は、ドクターマーチンの「1460 8ホールブーツ」です。第一審判決(東京地判令和5.3.24)が裁判所HPに掲載されていますが、ここで、原告の商品と被告の商品の外観を見ることができます(商品比較写真)。
ぱっと見の外観はかなり似ていますが、「どっちもブーツなんやから、これくらい似ちゃうんやないの?」とも思えます。
この訴訟では、第一審、第二審(知財高判令和5.11.9)ともにエア・ウェアー社の請求を認めました。
どのような理由で請求を認めたのか、興味深い裁判例です。
商標法と不正競争防止法
エア・ウェア―社は、以下の2つの法律構成で販売等の差止め及び商品の廃棄を求めました。
商標権侵害(商標法36条1項、2項)
エア・ウェア―社が有する商標権に基づく請求です。
不正競争防止法違反(不競法2条1項1号、3条1項、2項)
控訴審においては、不正競争防止法(以下「不競法」といいます。)の点についてのみ判断が下されていますので、本記事では不競法違反(2条1項1号)の点について説明します。
まず、不競法について。
不競法は、いくつかの類型の行為を「不正競争」と定義付け、不正競争によって不利益を被る人から、不正競争行為を行う者に対する、損害賠償や差止め等の請求を認める法律です。
周知商品等表示
不競法2条1項には、合計22個の不正競争行為が規定されていますが、今回の事件で問題となったのは、周知商品等表示の使用行為(2条1項1号)と呼ばれる類型の不正競争です。
条文には次のとおり規定されています。
他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
条文だけ読んでも良くわかりませんが、要するに、「他人の商品についての表示として有名な表示と紛らわしいような表示を使うのはやめなさい」という条文です。
例えば、サントリーの「黒烏龍茶」という商品名を、他社が使用したことが問題となった、黒烏龍茶事件(東京地判平成20.12.26)があります(この事件の原告(サントリー)と被告の商品表示の比較についてはこちら。)。
ブーツの形態は商品の「表示」か?
しかし、今回の事件では、被告が「ドクターマーチン」という名称を勝手に使ったとか、そういったことはありません。あくまでも、「似たような形態のブーツを販売したこと」が問題となったのです。
このような場合も、「商品等表示」の使用を禁止する不競法2条1項1号の守備範囲といえるのでしょうか。
そもそも、同種の商品(今回はブーツ)であれば、形態は似たり寄ったりになることが多く、「形態を真似したらダメ」というルールができてしまうと、競争を過度に制限することにもなります。
そのため、商品の形態が商品についての「表示」といえるためには、次の2つの要件を充たす必用があります。
① 特別顕著性
その商品の形態が、同種の商品とは異なる顕著な特徴を持っていること。
② 周知性
その商品の形態が使用されたり、宣伝されたりすることによって、特定の事業者の出所を表示するものとして、広く認識されていること。
今回の事件に即していえば・・・
① 「1460 8ホールブーツ」には、他のブーツには見られない、顕著な特徴があるといえるか?
② その特徴を持つ「1460 8ホールブーツ」は、エア・ウェアー社の商品を示すものとして広く認識されているか?
という点がまさに争点となりました。
「1460 8ホールブーツ」の特徴とは?
エア・ウェア―社は、「1460 8ホールブーツ」の特徴として、以下の8つ(ア~ク)を主張しました。
ア 黄色のウェルトステッチ
原告商品では、アッパー(足の甲を覆う靴の上半分)とウェルト(靴の周りを縁取るように施された細い帯)を縫合している糸がウェルトの表面に露出し、ウェルトステッチ(糸の縫い目)が視認できる。また、原告商品のウェルトステッチには、明るい黄色の糸が使用されており、アッパーやアウトソール(靴の底面部分)及び黒色のウェルトとのコントラストによって黄色のウェルトステッチがはっきりと視認できる。
イ ソールエッジ
原告商品のアウトソールは、垂直方向において接地面に向けて黒色から明るい半透明色へグラデーションにより変化しているような外観を有する。また、原告商品のソールエッジ(アウトソールの側面)には、接地面に対して水平に細い溝が全て手作業により何重にも彫り込まれている。
ウ ヒールループ
原告商品に取り付けられているヒールループの長さは、約10センチメートルである。また、ヒールループの表面には黒地に黄色の糸で、裏面には黄色地に黒色の糸で、それぞれ「AirWair WITH Bouncing SOLES」と刺繍のように織り出されている。
エ ソールパターン
原告商品のソールパターン(アウトソールの底面の模様)は、土踏まず部分より下側の踵部分において溝を水平に設け、他方で、土踏まず部分より上側のつま先部分においては溝を斜めに設けるとともに、底面の外周部分に長方形に凹みを持たせた形状の模様が均一に並べられている等の形状となっている。
オ アウトソール踵部分の傾斜
原告商品のアウトソールには、土踏まず部分より下側の踵部分と、土踏まず部分より上側のつま先部分との間に段差が設けられており、かかる段差部分には傾斜が設けられている。
カ 靴の前部
原告商品の靴の前部は、丸みを帯びた形状となっている。
キ ピューリタンステッチ
原告商品では、クォーターパネル(シューレースホール(靴紐を通す穴)のある革)とヴァンプ(靴の前部の革)とが、ピューリタンステッチ(正確に並行な3列のステッチ)により縫合されている。
ク 8ホール
原告商品のアッパーには、対となるシューレースホールが8個ずつ設けられ、各穴の周りに黒色のアイレット(補強用金具)が施されている。
特別顕著性についての裁判所の判断
第一審判決も、第二審判決も、「1460 8ホールブーツ」の特徴が顕著であることは認めていますが、一審と控訴審で少し考え方が異なっています。
第一審の考え方
ア(黄色のウェルトステッチ)、イ(ソールエッジ)、ウ(ヒールループ)は特別顕著な特徴といえるが、エ~クについては顕著な特徴といえない、と判断しました。
※ なお、周知性まで認めたのは、アのみ。
控訴審の考え方
被控訴人商品は、特に形態(ア)(黄色のウェルトステッチ)、形態(イ)(ソールエッジ)及び形態(ウ)(ヒールループ)の3点において、他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有し、強い出所識別力を発揮していると認められる。さらに、個別にみればさほど特徴的な形態とまではいえない形態(エ)~形態(ク)とも組み合わせて全体的に観察すれば、他の同種商品(ブーツ)には全く見られない顕著な特徴を有するものといえる。
比較
一審判決は、ア~クの特徴を全て個別に取り上げて、当該個別の特徴が特別顕著といえるかを検討しているのに対し、
控訴審判決は、「ア~クの全ての特徴を備えるブーツ」を対象として特別顕著性を検討しており、その中でもア~ウの特徴が「他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有し、強い出所識別力を発揮している」としています。
周知性についての裁判所の判断
控訴審判決は以下の点を根拠に、前記ア〜クの特徴を備える「1460 8ホールブーツ」の形態は、周知性が認められると判断しました。
販売実績、広告宣伝
・ 昭和60年以降現在まで日本において販売されていること。
・ 実店舗72店舗、公式オンラインストア、靴小売りチェーン、セレクトショップ等において販売されていること。
・ 令和3年の売上数が10万足近く、販売額で14億円余りに上ること。
・ ファッション雑誌への継続的な広告掲出
・ 広告の中には、黄色のウェルトステッチ(前記特徴ア)に言及し、ドクターマーチンのブーツの最大の特徴であるとのコメントをするものが多いこと。
アンケート調査
エア・ウェア―社側の依頼によって行われたアンケート調査においても、「1460 8ホールブーツ」をみてドクターマーチンを想起できた者が一定数いたこと。
※ なお、アンケート調査については、被告(控訴人)側も実施しているようです。しかし、控訴審は、被告(控訴人)側のアンケート調査の結果を採用せず、エア・ウェア―社側のアンケート調査の結果を採用しています。周知性の立証においてアンケート調査が用いられることはよくありますが、その信用性が常に認められるとは限らず、注意が必要です。
まとめ
以上のとおり、本事件では、一審、控訴審ともにエア・ウェア―社の請求を認めています。やはり、ドクターマーチンの人気や知名度、その個性的な特徴がカギとなっているようです。
なお、今回の事件では、損害賠償の請求はなされていないですが、こういった類型で損害賠償請求がなされることも当然あります。
新しく商品を販売する側としては、同種の商品の有名な特徴を模倣したものになっていないかについての市場調査は必須となります。