【三猫物語】<その 16> 奇縁か?運命か?
2017年、よく晴れ渡った5月3日。汗ばむくらいの陽気だった。
「そら」と「ナメコ」がいるから、GWといえども、われわれに遠出という選択肢はない。近隣でショッピングでもするかと、最寄りの駅へ向かっていた。
「いい天気だね」
「ほんと、五月晴ね」
たわいのないことを呟きつつ、ちょうど家から100mほどのところ、曲がり角のアパートに差し掛かった。
そこに、見慣れない「生きもの」がいた。
「おや?」
「ん?」
「なに?」
それは、明るく降り注ぐ五月の陽光を、満身に受けていた。駐車スペースの砂利のうえ、コンクリの車止の前で、じっとうずくまっている。
「ん?」
「ねこ?」
顔面に黒い異物がベッタリと貼りつき、目が見えているのかどうかあやしく、口からは涎と異物が混じったような何かが垂れ下がっている。
「ねこ、だよね」
「うん、ねこ」
そういう状態の猫を見たのは、はじめてだった。さて、どうしたものか。そのまま、行き過ぎてしまうのは、ためらわれた。
距離をおいて見ているぶんには、逃げる気配はない。じっとしている。とはいえ、たぶん捕まえにいったら逃げるだろう。
「広川さんに電話してみようか」と相方。
広川さんは、そのころ知り合った近隣の女性で、保護猫活動をしている。
電話をすると、運よく広川さんは在宅しており、「トマホークをもってすぐ行くから待ってて!」と心強い返事。
しばらくは、その場で見守っているしかない。日当たりのいいところにうずくまっているし、たぶん体力も消耗しているのだろう、驚かさなければ逃げないだろうと思われた。
やがて軽自動車にトマホークを積んだ広川さんが現れた。
「どれ?」
「あれ」
「あぁ、酷い状態だねえ」と広川さん。
「あれじゃ、匂いに反応しないだろうし、ごはんで誘導は無理かも」
広川さんは、車から、大きなグリーンネットを取り出した。
「うまく、このアミに追い込めるといいけど」
広川さん、相方、ぼく、3人で取り囲むように、そろりそろりと距離を詰めていく。
さすがに、危うい気配を感じ取ったらしく、フラッと立ち上がった。猫らしい素早い動きとはとてもいえないが、トロい人間の包囲網を抜け出るには十分な速さで、道路をトコトコと小走りに移動しはじめた。
思わず、後を追うが、さすがに、追いついて、捕まえるのは無理。
10mほどトコトコと逃げていって、そこの家の庭へもぐりこんだ。勝手に他人の家の庭へ入るわけにもいかない。幸い、その家のオジサンが、生け垣の手入れをしているので、声をかけた。
「あのう、すみません」
「はあ?」
「いまそこへ、猫が逃げ込みましてね。ちょっと庭へ入らしてもらっていいですか?」
「ああ、いいですけど。でも、どこへ?」
そういってオジサンも庭の方へ回ってきた。オバサンも家の中から出てきた。
低木と草の茂っている中へ隠れたので、手を伸ばして捕まえるのは不可能。広川さんの持ってきたネットは、かなり大きいので、それを植え込みの向こうの道路側に広げ、庭から追い出してネットへ追い込む作戦にした。
広川さんと、ぼくと相方が、広げたネットを構え、オジサンとオバサンが、庭の方から茂みに近づいていく。さすがに戻る道は塞がれたと思ったらしい。ややあって、茂みから、勢いよく飛び出した。ちょうど、ぼくが構えているあたり。うまくネットへ向かって、突進してきた。
ここぞとばかりに、ネットで包み込むように捕らえた。しかし、向こうも必死。どこにそんな力が残っているのか、強い力で身をよじり、暴れまわる。
ここで逃がしてはならぬと、強く押さえ込んだ。すると、満身の力を出すように、シャーと威嚇され、胃の腑から出るような強烈な臭気が鼻を打った。
だが、抵抗もそこまで。やがて観念したらしい。力が抜けて、おとなしくなった。
「こりゃ、佛川病院だね」
「そうだね」
ちょっとぐったりしたのを、キャリーケースに入れて、広川さんの車で病院へ向かった。