見出し画像

彼について①

愛とはなんであろうか。

ここ数年、そんな問題にぶつかることが度々ある。実際にあった話かはもはや定かではないけれど、夏目漱石は「I love you」を「月が綺麗ですね」とでも訳しておきなさいと生徒に言ったそうではないか。

さて、僕にとって愛の形とはどのようなものだろうか。言葉や行動に現れるものなのだろうか。それを探るために誰かと色々な愛の話をしたいのだけど、どうにもむず痒い。

そこで考えた。

気恥ずかしくて、恋人にすら滅多に愛など伝えられないが、宛先のないラブレターでならば愛を語れるかもしれない。
ふとそう思い、なんとなく書き始めてみている。

彼の話をする。

彼は、人を巻き込む力に長けている。それも尋常ではないほどに。彼は彼の思う「楽しさ」を惜しまず人と共有することができるのだ。それは仮に、会って数時間の人とであってもだ。相手が打ち解け、馴染み、巻き込まれてゆく。そのコミュニケーションのプロセスを楽しんでいるようにも見える。
僕は彼と寝たことはないが、きっと彼はセックスが上手いと思う。一緒に飲んでいるあらゆる女性が「ああ今この人彼に抱かれたいと思ったな」という瞬間を僕は何度も目撃してきた。それくらい彼のコミュニケーションは軽快かつ明快で、魅力的なのだと思う。

彼の性根がもし、ブロッコリー顔負けの青カビが生えるほど腐っていたら、詐欺師として大成しているに違いない。それほどまでに彼の言葉の強力さはめざましく、まとっている雰囲気は不思議な引力を持っているため、彼の求めることを周囲の人は「なんかやってしまう」のだ。
彼は滅多に敵を作るタイプではないが、少なくとも僕は味方側でいて内心ホッとしている。僕なんか本質的に人間が嘘をつくものだと思って生きていないので、きっとすぐ騙されてしまう。それはもう何も知らない3歳児のように全てを信じてしまうのだ。しかし案外そうやって生きると騙されることも少なくなる(騙されていることに気づかないだけかもしれないが)。疑い始めるとキリがないので、人生のある瞬間から愚かさを武器にすることにした。
しかし幸い彼は、自分のために誰かを傷つける嘘はつかない。そこが彼の良いところだ。僕らの意思もちゃんと汲み取った上で巻き込む。だから僕らも、安心して巻き込まれることができる。だいたいの場合、体力的なしんどさが伴うのだが、それは望むところだ。一体どんなところに連れて行かれるのだと、半ばワクワクしながら地獄行きの列車(ハイエース)に自ら騙されて乗る。

彼とは、僕が最も尊敬している友人を介して出会った。
会った時、背が高くて、目が細くて、物静かなクールなやつだなと思った。クールなイケメンは苦手だ。黙することは余裕の現れだと思う。弱い奴は相手の力量を推し測り、負けそうなときほど難しい言葉を並べてぎゃあぎゃあと喚く。僕がよい例だ。
だから掴みどころのないこの高身長イケメンは、いけ好かないなあなんて思っていた。僕の場合、大体初めて出会う人はいけ好かないのだけれど。

学生時代の僕といえばずっと映画を撮っていた。あの頃したことといえば、本当は、バイトでもなければスノボや花火でもない。ましてや曖昧な関係の女の子とのセックスでもない。あらゆる大学生あるあるは、僕にとってはリアリティの薄い妄想だった。薄明るい世界を朝か夜かも分からずに、ただひたすら、映画を撮ることに没頭していた。それが楽しかったのだ。周囲のみんながやっていないことをやっている。その事実が、僕を僕で居させてくれている感覚さえあった。

そして、彼も映像を撮っていた。そして僕は彼が今度撮る作品のスタッフに誘われたのだった。
いけ好かないけれど、まあ悪い奴ではなさそうだったし、僕の力を試す良い機会だと思って参加した。
撮影は夜中から明け方まで。深夜2時過ぎ。一日で最も人気のない北大路を、自転車ニケツする男女を、ニケツして撮影した。たまに遠くで鳴るパトカーのサイレンに少し怯えながら、僕らは確実に良いと思えるものを作り上げていった。
もう6年も前のことだ。



あれから僕らは度々一緒に作品を作った。彼が僕を頼りにしてくれていることはわかったし、僕も彼を驚かせるような活躍をするべく、あらゆる努力をした。
同時に、よく僕らは飲んで、遊んだ。ウィスキーやジンをまるで素麺をすするかのごとく軽々しく空けていく日もあれば、酒になんて目もくれずにひたすら日々自分が感じていることや、どうなりたいか、どうありたいかを語る夜もあった。わざわざ呼んだ可愛い女の子をそっちのけで、正解のない議論を重ねるのが好きだった。そんな振れ幅の大きさが、多分僕という人間であり、彼という人間であった。その合致が心地よかった。


もう世間ではすっかり彼も注目を浴びる存在になってしまったけれど、僕らはいつだって不意にお互いを呼び出して、ガストのハイボールやオーセンティックバーのマッカラン12年ロックでも片手に、僕らの作品がどうあるべきかを語り合えるし、だれが可愛いとか最近どんなセックスをしたとかそんなくだらない話で盛り上がれるのだ。
相手の趣向に合わせないで思う存分話せるその時間を僕は確かに愛しているし、そんな時間を過ごさせてくれる彼は、自分にとって大切な存在だなと思うのだ。


いいなと思ったら応援しよう!