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地獄の麦茶でカラッカラに瞳の奥が渇く
暑くなると冷蔵庫に冷たい飲み物が並ぶ。
同じメーカーの、同じくらいの量の、ペットボトルの麦茶が隣り合わせで2つ並んでいる。
まあ、こういうことが起こっても仕方がない。
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「うちのどっちや?」
まあ、こういうことが起こっても仕方がない。
左右どっちが自分のなのか分からなくなってしまったQ氏が2つの麦茶を持って、誰彼ともなく聞いて回っても仕方がない。
ただただ折れるくらいに首をひねるしかない皆の心の声は「知るか!!!」 で間違いないが、親切な誰かが「その麦茶はXLさんもよく買っているし、どちらかがXLさんのじゃないのか?」という大ヒントを発する。
世の中捨てたもんじゃない。「分からないことがあれば聞く」という、学校だかなんだかで習った大事なことはやっぱり大事だ。
解決の糸口を得たQ氏は、迷いなくXLの元へと向かい尋ねる。
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「XLさんのどっちや? 」
「うちのどっちや?」と比べると随分と普通の質問に変わったが、現実というのは実に厳しく事はそう簡単に収束しない。
元よりどっちだっていいXLが、左右を見比べながら「分からん」と正直に答えてしまったからだ。
問題が当事者同士に移ったことにはホッとしつつ、でもヤキモキするしかない周囲の心の声は「じゃあもう、どっちだっていいんじゃないの???」 で間違いないが、Q氏は再び袋小路に突き当たってしまってそこから身動きが取れなくなってしまったようだ。
冷たい麦茶を(2つも)持ちながら一口も飲むことができないなんて、なんて気の毒な人なのだろうか。
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するとこの面倒臭い事態を一刻も早く終わらせたいXLが、「じゃあ、右」。
「じゃあ」て、なんて適当な……。
が、実は真実が知りたいわけではなく、(恐らく)ただただ自分が決めるという責任から逃れたかっただけのQ氏の表情がフッとゆるんだことは間違いない。
うんうん、どうせ中身も量も変わらないんだからXLさんのは右、Qさんのは左。それでいいよね。よかったよかった。終わり終わり。
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「右ってどっち?」
まさか。まだ続きがあったとは。
Q氏の、精神の地獄を創造する力は正に天才的だ(どこかのアール・ブリュットギャラリーが関心を示さないだろうか?)。
シンプルにQ氏が<右手に持ってるやつ>をXLのにすればいいと思うのだが、なるほど、ふたり向かい合って話しているから、XL視点から見ると左右が逆になってしまうわけか。
もはや慎重なのかバカなのか丁寧なのか実は麦茶を憎んでいるのか分からなくなってくる。
しかし十数年前、Q氏のしつこさに2度ほど本気でブチ切れたことがあるXLは、あくまで辛抱強く(適当だけど)ゴールを目指す。
Q氏が<右手に持ってるやつ>を改めて「右」に認定し、丁寧に、しかし断固とした意思を持って指差す。
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「そっち」
これでもう終わったはずだ。
Q氏がようやくニッコリと笑い、(たぶんもうぬるくなってしまった)麦茶をゴクゴクと飲み喉をうるおすはずだ。
が、それは大きな油断だった。
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「てことは、左手のがうちのか??」
これが無間地獄(絶えることなく苦しみを受け続ける地獄)か……。
XLは迷う。大腸ガンの手術後およそ3年間も食事療法を続け、週1回の通院を続けてきたのだ。こんなところでやられるわけにはいかない。狙うはQ氏の右鎖骨か。つい先日プレートを抜いた右鎖骨をピンポイントで狙って襲いかかり、このクリエイティブな地獄を終わらせるべきなのだろうか。
いや、断じて暴力はいけない。
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どんな大型台風が来たって、大腸ガン手術の前日だって熟睡できたおれだ。
歯も入れ歯もなくったって、歯茎で何でも食べられるおれだ。メガネの鼻当てが壊れたって、メガネを鼻にめりこませることで変わらない安定を保てるおれだ。
もう一度、もう一度だけなんとか正気の世界に踏みとどまってみよう。
XLは決意し「そう。そっちがQさんの」と、にこやかにうなづいてみせる。
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XLは自分の右手のほうを指差し、それがXLの麦茶だと言う。
そしてその反対の、左手の麦茶を「そっちがQさんの」とにこやかに言う。
ということは、やはりこっちが、左手のほうがうちの?
あと100問くらいは質問できそうだけど、そろそろ信じて……いや、そろそろ決めてしまって(自分の責任に)差し支えないんじゃないか。
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しばしの沈黙の後、ついに、ついに「わかった!」と満面の笑みを浮かべる地獄クリエイター。
が、もちろん本当の安堵を感じたのはXLの方だ。Q氏に調子を合わせるように「ハハハハ」とにこやかな笑顔を崩さなかったが、その瞳の奥は完全にうるおいを失い、カラッカラに渇ききっていた。