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だいじょうぶじゃないけど、だいじょうぶ

XLの口癖は「だいじょうぶ」だ。

誰かから何かを尋ねられたとき、それはほとんど反射的に口から飛び出てくるように見える。

靴のサイズ。

キツくない? だいじょうぶ。

重そうな荷物。

ひとつ持とうか? だいじょうぶ。

真夏のキツすぎる日差し。

帽子かぶる? だいじょうぶ。

真冬なのにステテコ。

寒くない? だいじょうぶ。

時には本当にだいじょうぶなこともあるにはあるが、もう20年近い歳月を共にしてきた僕の基本認識は、彼のだいじょうぶは「だいじょうぶじゃない」。靴はサイズを上げないとキツすぎるし、荷物が肩に食い込んでフーフー言ってるし、ちゃっかり熱中症になって苦しんでるし、丈夫そうな印象とは裏腹によく風邪もひく。

何を言われてるか分からないから、だいじょうぶ。

でも答えを急かされてきたから、だいじょうぶ。

とにかく会話を早く終わらせたいから、だいじょうぶ。

そうして癖になってしまった、だいじょうぶ。

そんな彼のだいじょうぶの歴史を想像しながら慎重に問い直したり、「ゆっくり考えて」と促したり、できるだけ「本当のこと」にたどり着くようにお節介を焼いてきたわけだが、最近それと矛盾するように考えていることがある。

別に「だいじょうぶ」のままでもいいんじゃないか?

人生がなるようにしかならないのであれば、必死になって目を光らせて本当のことを探したって、ひょっとして何をどう選択したって実はあんまり大差ないのかもしれないなあ、と。それに何より彼自身は、間違いに見えるだいじょうぶで物事がずんずん進んでいって、それがあんまりパッとしない状況を生み出したとしても、きっと文句ひとつ言わないだろう。そう考えるとだいじょうぶじゃないのは彼自身ではなく、彼の周りで気を揉んでいる自分のほうなんだと分かる。

そうと分かると不思議に余裕も生まれて、今では彼が「だいじょうぶ」と口にするたび、僕はほとんどニヤリと笑いながら「じゃ、だいじょうぶじゃないな?」と偉そうに言うのだ。彼も次第にこのやり取りに慣れてきたようで、いっしょになって本当のこと探しに付き合ってくれる。世間的に正しいとか常識的に間違ってるとか、本当のことがそういうつまんないのに引っ張られないように、彼や僕にとって、彼や僕が大切にする人たちにとって、「本当に大事なことは何か?」を手探り手探り考えながら。

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9月のはじめ、XLの大腸癌が発覚した。

以降、大病院での検査検査の毎日が続き、まあ手続きは便利なようでややこしいし、まあ医師の言うことは懇切丁寧なようでよく分からないことが多いし、下手をすると彼はいつものように何もかもを「だいじょうぶ」で済ませてしまいそうだったから、毎回毎回深町さんが付き添い、コミュニケーションや諸手続きのサポートをしてきた。

その大変さに、正解なんて誰にも分からないのに数々の判断を迫られる状況に、彼女が涙することもあった。でもちゃんとみんな、彼女がだいじょうぶじゃないことを見ていたし、泣かなければいけない時に泣けるスウィングはいいところだな、と思う。一方XLに自覚症状はほとんどなく、癌を告げられた後もいたって健康(?)だ。癌がだいじょうぶじゃない体の病気だとしても、心は変わらず健やか……それがすごい。

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15日には朝から僕も2人に同行し、これまで慌ただしく続いた検査結果と今後の治療方針についてドクターから説明を受けた。大腸癌、正確にはS状結腸癌。他臓器への転移は確認されておらず、現状で推察されるステージはⅢb。

癌に対する意見や考えやスタンスが、星の数ほどとは言わずとも、太陽系の惑星の数より遥かに多いことは知っている。「転移」ひとつ取ってみても決して悪い状況ではなく「治癒に向かっている証」という捉え方もあるから本当に難しい。でも一般論に縛られ、その上もう全身に転移していて絶望的……みたいに勝手に暗く考え落ち込んでいた僕にとって、今回の説明はどちらかと言えばホッとする内容だった。更にドクターは「服部さん(XLの本名)には化学療法は向かない、危険」とハッキリ言ってくれて、輪をかけてホッとした。手術(切除)だけならGO、それ以上の治療を言われたらセカンドオピニオンを受ける準備もしていたから……。

ちなみにこのドクターの所見はXLの身体的な問題ではなく、彼のコミュニケーション能力、意思疎通の難しさからの判断である。化学療法は作用が強い分副作用も強いので、患者自身が身体の状況を正確に伝えられないと取り返しのつかないことにもなり得る、と。 認知症の人や知的障害のある人にきちんと接したことのある人の、下手な人権意識を振りかざさない、とっても公平な所見だと思った。

なので「まともな西洋医学」的には手術一択。シンプルで原始的で、XLらしいじゃないか。

大腸の6分の1を切除する見込みだが「やったやん! 6分の5も残るやん!」と(彼を困惑させる)冗談を抜かせるくらいの心の余裕が(僕に)できたこともありがたい。当の本人は説明を受けている間、しきりに「そうなんやあ、そうなんやあ」と感心していたし。

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なんだか芸能人みたいだけど、こうして公表(?)することはXLと相談して決めた。

実際彼のファンは数多いし、彼にとってもこうしてオープンにする方が、気持ちが楽になるだろうと考えたからだ。

それどころか9月のはじめ、大腸癌であることが分かったその日に、彼は訪れたヘルパーさんに「大腸癌やったわ」とポップに告げたというのだから。

とはいえ今の彼に一切の不安がないかといえば、もちろんそんなはずはない。

今日の何を言っても言わなくてもいい終礼時、彼は珍しくハッキリと言った。

「手術が不安」

本音だと思う。当たり前だ。

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こうして書きながら、どこでどう終わっていいのか分からないから、今日の昼間のエピソードで締めくくろう。

スウィングでダーツをしていたXLに「真ん中に当たらないと手術失敗」とふざけて言うと、「え~!?」と集中力が格段にアップ、なんと次の一投で「当たった~!」と喜びの声を上げたので驚いた。本当だ。真ん中に突き刺さっている。「手術、自分でやったほうがいいんちゃう?」「ムリや! 先生にやってもらう」。そりゃそうだ。そうしよう。

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23日に入院、25日に手術、退院目途は術後8~9日の予定である。

まずは、まずはとにかく、手術が滞りなく終わり、彼が無事に帰ってくることを願うばかりだ。

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