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◆課題:第85回京都人力交通案内について、すべてをポジティブに、そして感動的に書きなさい。

2024年12月2日(月)、85回目の出動となる京都人力交通案内「アナタの行き方、教えます。」。

今年最後にふさわしく全てが最高だった。だから今も思い出して泣いている。

いつも通り、みんなで車に乗り込んでスウィングを出発してから「今日はどこでやろうか?」と相談しながら向かった先は前回と同じ銀閣寺。

候補に上がった下鴨神社と出町柳と百万遍にも行き、実際に目で見て比べてみた結果だ。

どこでやるのが正しいのか正解は分からなかったけれど、実際に目で見て決めたのが最高によかったと思う。

でも他の候補地も捨てがたかったので、今も思い出して泣いている。

紅葉もピークとあって案内は想像以上に忙しかったが、案内開始直前、野球選手が試合前に円陣を組むようにして「人類みな、最終的にはスマホを頼るので間違えてもいい」「案内はバラバラにならずに3人が集まって行う」というルールを確かめたのが最高によかったと思う。

本当はそんなことはないんだけど、チームワークがかつてないほどに高まり、全米が泣くくらい心が震えた。

だから今も思い出して泣いている。

今回、ひさしぶりにMIYABIが参加した。

中国からの観光客を発見した際には「私は中国語を話せますよ」と最高に積極的にコミュニケーションを取っていたし、MIYABIがいると僕ら3人も最高に中国人と話がしやすくなり、最高にコミュニケーションが深まった。

中国人観光客は「マナーが悪い」とか悪いようにも言われることも多いけれど、話してみるとたいていの人が大らかな雰囲気で、案内も好意的に受け入れてくれる。明らかに他の国の人にはないオープンマインドな雰囲気を持っている。

「マナーが悪い」と呼ばれる部分は恐らくこの大らかさと繋がってるんだなあと感じられ、やはり人を一面的に判断してはいけないなあ、またやってしまっていたなあと反省した。

これは今回得たいちばんの、最高の収穫だ。

そしてスゴく大らかだったけど、車道楽などなどでいつもおばあちゃんを最高にガッカリさせていたおじいちゃんを思い出して涙が出た。

だから今も思い出して泣いている。

XLは「人類みな、最終的にはスマホを頼るので間違えてもいい」という前回から採用したニュールールによってよっぽど楽になったのだろう、見たこともないくらいに積極的に、いろいろな人に話しかける姿には驚いた。

間違えてもいいってこんなにも楽なんだなあ。人は変わらないし変わなくてもいいが、ルールやシステムを変えることでこんなに振る舞いが変わるんだなあとオシッコをちびるくらいに感動した。

だから今も思い出してちびっている。

終盤はノリに乗りすぎて、「案内はバラバラにならずに3人が集まって行う」というもうひとつのルールがふっ飛んでしまったらしく、特に海外からの観光客には絶対にわからない「(京都駅に行くには)ここじゃなくってAのりばです!」っていう、最高に雑な案内を積極的に連発していた。

言われた人たちも「一体このわかりにくい親切はなんなんだ?」と混乱したに違いないが、広い広い宇宙の片隅で、この日この時この場所で出会うなんて奇跡だよなあ……と僕が思うということは、相手も同じふうに思っているに違いないということだから、思わず宇宙の誕生のときくらい感動した。

だから今は逆に宇宙の終焉を思ってむせび泣いている。

Qちゃんは土日に遊びすぎて疲れていたのか、最初から最後まで目につく誰かや何かの悪態ばかりついていて顔つきも怖くて調子がよくなかった。

特に理由はないけど、なんかそれが最高によかった。

僕やXLやMIYABIが(直前に確認したように)協力して案内をしているときも、他のムカつくことに気を取られていたのか、ひとりだけ寄って来ないことも多かった。

なんかそれが最高によかった。

終盤に突然、やけに積極的に動きはじめたのは「最後に挽回したかった」らしい。

積極性が高じてバスの時刻表の真ん前に立ってしまい、時刻表が見たい人が見れなくなっていた。

それが最高によかった。

ただ時刻表を見たくて近づいてくる人のことを、Qちゃんは自分をあてにしている人と積極的に勘違いし、最高に喜んで案内をしていた。

その姿に激しく感動してしまい、僕は思わず「Qちゃん、邪魔してるだけやで」と声をかけた。

「あ、そっか」と照れ笑いしたQちゃんの表情が、スゴく大らかだったけど、車道楽などなどでいつもおばあちゃんを最高にガッカリさせていたおじいちゃんの顔にどこか似ていて嗚咽するほど涙が出た。

だから今も思い出して泣きすぎて、さっき吐いた。

この日最後に案内したのは英語を話すフランス人だった。

僕は今年10月、アメリカに2週間滞在し、英語のヒアリング力が格段に上がったと自負していたのだけれど、その人の時々フランス語が混じる、ゆっくりとした英語が全然わからなくって自信が粉々に吹き飛んだのが最高によかった。

なぜならば、事実かどうか確認しようがないのをいいことに「おれ、アメリカ行ってヒアリング上がってん」と言いたかっただけのような気がしていたからだ。

その人はしきりに「セント、セント」と言っていたので「あ、なるほど銭湯か! さては外国人にも大人気の船岡温泉か!」と思いついたときには最高に嬉しくて「おれ偉い!」と思ったけれど、結局は間違っていて<センター=center=中心>のことだった。

そういえば、もともと「買い物に行きたい」と言っていたのだから銭湯なわけがない。

だから四条河原町あたりに向かうバスを案内した。

「おいおい、センターくらいちゃんとした英語で言ってくれよ……」なんて全然思わなかった。だって間違えたのは自分なのだ。世が世なら切腹させられてもおかしくないのだから、今の時代に生きていられて最高によかったと思う。そのときふと秋空を見上げたら、神に見つめ返されているような気がして、とめどもなく涙が溢れてきた。

だから今も神に深く愛されているような気がして、大粒の涙が次から次へと頬をつたい落ちている。

やがてそれは海となり、そこに最初の生命が生まれることだろう。

こうして今年最後の、最高の京都人力案内は終わった。

いろいろあったが最高に充実していて、最高に楽しかった。 

そしてスゴく大らかだったけど、車道楽などなどでおばあちゃんを最高にガッカリさせていたおじいちゃんが、ある夏の日に小さな僕を銀閣寺に連れて来てくれたことを思い出した。愛媛で育った僕は、夏休みのたびに京都で暮らす祖父母のもとを楽しみに訪れていたのだ。

あのときは銀閣寺へと続く道がものすごい混雑で、そんなのそれまで見たことがなくって驚いたなあ。

そうか。つまり銀閣寺は僕にとって懐かしい思い出の地だったのか。そして時を超え、あのとき祖父と一緒に目にした風景のなかに、僕は立っていたのだ。

だから今も思い出して泣いている。

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