曖昧なことばが世界の隙間を埋める
「イマイチっぽいので帰ります!」
午後4時頃。
田中さんの発したひと言がすぐには頭の中で処理できず、しばし一同すべての動きを止める。
僕の記憶はおよそ25年前にさかのぼる。
大学生の頃、とある定食屋でご飯の量を迷った友人が、迷った末に「けっこう大盛り!」と人類史上初の注文をした。
事件を目撃した僕たちは衝撃と共に一瞬黙考し、可哀想な店員がパニックに陥っているのを横目に爆笑した。
大盛りではちょっと多すぎる気がするし、普通ではちょっと少なすぎる気がするから「けっこう大盛り!」。あるある、そういう微妙なライン。あるけどアプローチが独特すぎ。
今でも時々思い出して笑う。
「イマイチっぽいので帰ります!」
似ている。あの風景ととても似ている。
曖昧すぎて、いや斬新すぎて、いやいや詩的すぎてすぐには理解できないが、すごくよく分かる。
まだイマイチまではいかないが、普通の状態ともちょっと違う。言うなれば「けっこうイマイチ」。
イマイチではもう遅く、イマイチ前に手を打つことが大切なのだ(食べる前に飲む胃薬にも似ている)。でも、なかなかこれが難しいのだ。
イマイチっぽい体調は気の毒だったがナイスジャッジに笑って賛辞を贈り、田中さんも少し恥ずかしそうに笑いながら帰った。
「けっこう大盛り!」の友人が急逝して間もなく2年になる。
いつも以上に笑っている彼の姿が、空に見える気がする。