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デリカシーが存在しない多元宇宙からの贈り物

Qちゃんのマスクの下から、ひっきりなしにクチャクチャという音が聞こえてくる。

何か食べているのだろうか? 

映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2022年)では多元宇宙(マルチバース)とその繋がりが見事に描かれていたが、おそらくその中には<デリカシーが存在しない宇宙>というものがあって、Qちゃんのクチャクチャはそこから僕たちが生きる世界に届けられているに違いない。

率直に言って恐ろしく不快だ。

狭い車中にふたりきり、それも隣り合わせだからたまらない。

(相手が家族であれ友人であれ)とりわけ僕は「口から出る音」がなぜか昔から苦手で、タメ息、誰かが舌や歯などを使って意図的に発する奇妙な音(やってる本人は楽しいらしい音)、ガムを噛むクチャクチャのような無自覚に発せられる音……それらほとんど全てに心の臓を締めつけられるような苦痛を感じてしまう。

「止めて」とも言いがたいので、たいていは我慢をする。

が、Qちゃんのクチャクチャはもう1時間以上、デリカシーのない多元宇宙から間断なく届けられてくる。

このままでは安全運転にも支障が出てしまう。

①Qちゃんのクチャクチャに心乱されて事故る。

②血まみれのQちゃんが最後の力を振り絞るように助手席でクチャクチャやってる。

②遠のく意識の中でクチャクチャという音だけが最期まで聞こえる。


最悪だ。そんな死に方はしたくない。
もう無理。限界。恐る恐る「何か食べてるの?」と尋ねる。


「何も食べてないで」


食べてない? 

ガムも噛んでない? 


「でもさっきからずっと口から音がしてる。マスクの下から」

「喉が渇いててな」


喉が渇いてる? 

喉が渇くとゼロデリカシーユニバースに自動接続してクチャクチャする?



「ツバ飲んでる」


ツバの音? ツバの音ってゴクン以外にクチャクチャもあるの!?

とにかく喉が渇いてるんなら、ツバじゃなくって何か飲み物を飲んだらどうでしょうか? 

買う? 買お! もちろんおごるし!


「もう持ってる。お茶がある」


あるんやんけ!! 

頼むからそれを飲んであなたの喉と私のメンタルを救ってください。

もう死にそうなんです。


「でも、さっき飲んだんでな」


だから? まだ喉渇いてるんでしょ? また飲めばいいじゃない? 

ねえお願いー! 飲んでよー! 飲んで私を楽にしてよー!


けれどQちゃんは「まあな」とニッコリかわいく笑って、僕の切望をやんわりと拒否した。

なんか大人の対応だ。「ク○リ打ってー」を冷たくあしらう映画で見たヤク○のようだ。


埒が明かないが、ひとつ重要なライフハックを発見したのがせめてもの救いである。

ともかくペチャクチャ会話をし続けていれば、クチャクチャは出ないのだ。

このまま息つく間もなく、なんでもいいからペチャクチャ話し続けよう。

Qちゃんを降ろす地点までもうすぐだ……。


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