間違いだらけの「あんバター」
みなさんこんにちは、あるいはこんばんわ。名古屋めし料理家のSwindです。
さて、昨日名古屋のとあるドン・キホーテで見かけたこちらのPOPが気になってツイートしたところ、5000リツイート・1万いいねを超える大きなバズとなりました。
「おうちで簡単に韓国発のグルメ『あんバターパン』が作れちゃう♪」
……寝言だったらどれだけよかったことでしょう。
しかしこれは、現実に、名古屋にあるドン‣キホーテに貼られていたPOPなのです。
半分はネタ的にツイートしましたが、名古屋めし料理家として活動している立場としては「正気か……?」となったのもまた間違いの無い気持ち。
このままでは「あんバター」について誤った認識が広まってしまうのではないか、そんな危惧さえ覚えました。
だって、あんバター、もとい「小倉トースト」は名古屋めしですから。
そこで今回のnoteは「間違いだらけのあんバター」と題して、改めて名古屋めしの要たるの深い関係について少しばかりお話したいと思います。御用とお急ぎで無い方はぜひご覧下さいませ。
「あんバター」は韓国発ではない
ここ最近、巷で人気になっている「あんバター」。個人的には「時代がやっと名古屋に追いついてきたか!!」と喜んでおりました。
しかし、その思いは残念ながら私のはかない幻想だったようです。
現在の「あんバター」ブームの源流が韓国にあると知ったのは2022年2月8日に放送された「マツコの知らない世界」でのこと。「え? なんで韓国なん??」と放送当時に衝撃を受けたのは今でも忘れられません
その後地元テレビ局で「あんバター」のことについて取り上げたときにも、名古屋めし料理家としてコメントを寄せさせて頂きました。
私自身は名古屋めし料理家として名古屋めしについては様々に勉強をしておりますが、必ずしも韓国の食文化に詳しいわけではありません。
しかし、POPに書かれているように韓国で「あんバター」が登場して人気となったのはここ数年の出来事です。
一方、名古屋で「小倉トースト」が生まれたのは100年以上前、大正10年頃に誕生したものです。
「小倉トースト」以外にもあんことバターとパンを組み合わせたものは全国に点在しておりますが、古いものでも70年ほど前にスタートしたものであり、その広がりも個店のレベルのものに留まっています。
喫茶店を中心とした様々なお店で「小倉トースト」が広まり、食文化として広まったのは「名古屋の小倉トースト」にしか見られない特徴です。
韓国における「あんバター」ブームと「小倉トースト」の地・名古屋の関係
ではなぜ、韓国で「あんバター」ブームが起こったのか?
私は名古屋めしについては様々に調べていても、韓国の食文化事情は専門外なので本当のところは分かりません。
しかし、名古屋めしの立場からいくつかの「傍証」はあげることが出来ます。
韓国で「あんバターブーム」が行ったのは諸説ありますが2010年代後半であることは間違いがないとのこと。
実はこの時期、名古屋の小倉トースト界隈にとって大きな出来事が起こっています。
それが「コメダ珈琲店の全国展開」です。
今でこそ全国どこでも見かけるようになったコメダ珈琲店ですが、全国へのチェーン展開は意外にも遅く、2003年にようやく関東への進出を果たしました。
その後、2006年に関西、2013年に九州、2016年に北海道と徐々に拡大していき、2019年に青森県へ出店し、ようやく全ての都道府県を制覇する形となりました。
この時期は韓国からの観光客も多く、日本の「コメダ珈琲店」に触れる機会も多かったでしょう。
さらに、もう一つ。実はコメダと韓国には深い関係があります。
コメダ珈琲店を営む株式会社コメダホールディングスは2016年に上場していますが、上場直前に株式を保有していたのが韓国系の投資ファンドである「MBKパートナーズ」なんです。
MBKパートナーズの関係者を通じて韓国にあんバターが伝わった可能性は十分に考えられるんです。
ちなみに、この「MBKパートナーズ」は2019年に「ゴディバジャパン」を買収していいますが、買収して間もない2020年に東海地区で「ゴディバ初のご当地限定商品」を発売しています。
それがこちら。
ただの偶然かもしれませんが、私にはとても偶然とは思えません……。
そしてもう一つ。
いろいろと検索してみると「2018年~2019年にかけて韓国であんバターブームが始まった」という記事がひっかかってきます。
実はこのタイミングでも、小倉トースト界隈を盛り上げるエポックメイキングな出来事がありました。
それがこちら。
2018年の「孤独のグルメ大晦日スペシャル 京都・名古屋出張編」で名古屋喫茶店文化を代表し「小倉トースト」が登場しました!
放送当時の模様はこちらの記事に書いていますのでぜひご覧下さい。
実はこの時取り上げられた「珈琲処カラス」さんは、日頃から大変お世話になっている喫茶店さん。私の小説家としての別名義である「神凪唐州(かんなぎからす)」の「唐州」は珈琲処カラスさんの先代マスターから頂いたというご縁もありますし、お客さんがいっぱいの日にはたまにお手伝い部隊として出動していたりもします。
で、お手伝い部隊として出動していると、あることに気づくんですよね。
それが「放送後、韓国からのお客さんがものすごく増えた」ということ。
実は韓国では「孤独のグルメ」が大人気で、日本に来て聖地巡礼をされる方も多いとのこと。放送から4年以上たちますが、今でも「珈琲処カラス」さんには韓国からの観光客の方がたくさんいらっしゃっています。
そう、ここにも「小倉トースト≒あんバター」と韓国を結ぶラインがきっちりはっきりあるんです。
韓国の現地事情を詳しく調べたわけではありませんが、これらの傍証を並べるだけでも韓国の「あんバター」には何かしらの名古屋めしの「小倉トースト」が影響を与えていることはおそらく間違いが無いと推察しています。少なくとも「あんバター」は韓国発ではないとは言えるでしょう。
ちなみに韓国の方々の名誉のためにあえて触れますが、韓国でも「あんバター」は日本が発祥であるということは認知されているようです。なので最初のツイートで紹介したPOPはあくまで「このPOPの書き方が悪い」だけであって、決して「韓国が起源を主張している!!」というものではないことはご留意頂ければと存じます。
「名古屋の小倉トーストはマーガリン、韓国のあんバターはバター」というのは真っ赤なウソ
さて、先ほどのツイートの返信や引用リツイートに目を通しているとか気になることを書かれているものをいくつか発見しました。
その中でも特に気になったのは「名古屋の小倉トーストはマーガリンを使っているけど、韓国のあんバターはバターを使っているから違うもの」という話。
……はい?
いや、名古屋の小倉トースト、もちろんバター使ってます。
小倉トーストというのはあんこを挟むトーストサンドタイプやあんこを上に乗せるオープンサンドタイプなど様々なバリエーションがありますが、いずれも「あんこ+バタートースト」の組み合わせです。
もちろんお店によってはマーガリンを使っていることももちろんあります。とはいえ「バターじゃないから/マーガリンじゃないから小倉トーストじゃない」なんてことは一切ありません。
なんでそんな言説が出たんだろう?と考えてみたのですが、一つの仮説が浮かび上がりました。
もしかすると、これの影響かもしれませんね。
名古屋人が愛してやまない「小倉&ネオマーガリン」。当初は中部&関西で販売されたものの瞬くうちに大ヒットとなった名古屋圏に対して、関西圏ではなかなか受け入れられず一時撤退を余儀なくされるという伝説の商品です(現在では関西エリアでも大人気商品となっているとのことです)
これに「小倉」と「マーガリン」とついているのでもしかしたら「名古屋の小倉トーストはマーガリン」という誤った認知のされ方をしてしまった可能性があるのかな?というのがSwindの見立てです。とはいえ、これはあくまで「小倉&ネオマーガリン」という商品名。小倉トーストは「あんこ+バタートースト」が基本であることは変わりがありません。
名古屋人は「天むすが名古屋発祥」なんて言ってない
「あんバター」の話題ではないですが、返信や引用RTで見かけたこのことにも言及しておきましょう。
いくつかの返信や引用RTで「名古屋人も天むすを名古屋発祥って言ってるじゃないか」みたいなものを頂きましたが、名古屋人はそんなこと言ってません。
代表的名古屋めしの一つとして紹介されることが多い「天むす」ですが、その発祥は三重県の津市にある「千寿」さんであることは、名古屋でもよく知られています。
ではどうして「天むす」が名古屋めしとして認知されるようになったのか?
それは津市の千寿本店からのれん分けを受けた「名古屋大須の千寿さん」が天むすを広く知らしめることに大きく関わっているからです。
名古屋大須の千寿さんがのれん分けを受けてお店を開いたことで、天むすの美味しさが名古屋で広まり名古屋人がこぞって買うようになったというがまず一点。
さらに名古屋のテレビ局に仕事で来ていた某タレントさんが千寿さんの天むすをいたく気に入り、「名古屋にこんなうまいものがあるでー」と東京や大阪にたくさんお土産として持って行ったことで、「天むすは名古屋めし」と知られるようになったというのが大きな流れです。
よく考えてみたら「名古屋のエビフリャー」とネタにされるぐらい名古屋ではエビが好まれていましたし、そのイメージも合ったのかも知れませんね。
天むすを個店の料理では無く食文化の一つとして組み入れて広く受け入れ、さらに広めていったのは名古屋人の天むす愛の賜物。名古屋人にとっては天むすは「津生まれ、名古屋育ち」の料理。名古屋めしはそもそも「名古屋育ちの料理」という側面が非常に強いこともあり、発祥である津市の千寿さんをリスペクトしつつも「天むすは名古屋めしである」と答えるのです。
天むすに絡んでもう一つ言及すると、味噌カツについても他地域で元祖を主張されているお店がありますが、屋台料理として「どて煮の味噌に串カツをドボンと突っ込んだ」ことから始まったことを考えると名古屋発祥でほぼ間違い無いです。ちなみに他地域で元祖を主張しているお店よりも古い味噌カツ屋さんは名古屋にいくつもあります。
もう一度「小倉トースト」のことをきちんと考えよう。そして伝えていこう。
実は私自身、「小倉トースト部」というプロジェクトを立ち上げ、名古屋めし・名古屋食文化の代表格の一つとも言える「小倉トースト」をもっと盛り上げていきたいと活動しております。
小倉トースト部:https://nagoyabito.com/category/oguratosuto/
コロナ禍で一時期食べ歩きが難しくなり、正直申し上げて活動が停滞してしまっていた側面は否定できません。しかし、今回のことを通じて、小倉トーストのことをもっときちんと伝えていかなければ、せっかく名古屋で育った食文化がおかしな方向に曲がってしまう可能性があることに気づかされました。
昨今は名古屋駅のお土産物売り場を見ても「小倉トーストもの」のお土産がズラリと並んでおり、昨今のあんバターブームとの相乗効果もありどんどんと売れているようです。せっかくのあんバターブームを追い風として、100年の歴史を持つ「名古屋の小倉トースト」をもっともっと盛り上げていけるよう頑張っていきたいと思います。
念のため申し上げますが、韓国で「あんバター」ブームが起こることも、韓国スタイルの「あんバター」が出来ることも個人的には何ら否定していませんし、韓国に獲られたなんて思っていません。むしろ、様々な料理を柔軟に受け入れ、自分たちに合うようにアレンジしていくことは食文化の発展の中でむしろ大事なことだと思っています。名古屋には名古屋の小倉トーストがありますし、それが韓国に伝わって韓国スタイルの「あんバター」が出来たのならそれは好ましいコトだと思っています。
なので今回のPOPが「韓国で人気沸騰中のグルメ!」とかの表現だったらこんなに強い反応になることは無かったかと思います。
しかし、それを「韓国発のグルメ」といわれると、さすがにムッときてしまいますよね。意図しているかどうか別にして、「発」には「発祥」なり「起点」なりというニュアンスを含みますので、誤解を呼んでしまう表現だと感じます。今回の件に関しては、ドン‣キホーテさんはぜひPOPの表現をもういと見直して頂きたい、それが名古屋めし料理家として活動する私の願いです。
あ、別にドン‣キホーテさんが韓国食品扱うことに関しては何の思いもありません。他の商品と同じように欲しいものがあれば買う、欲しくなければ買わないってだけです。個人的には韓国の梨ジュースは良く買ってますね~。あれは美味いです。
ということで長くなりましたが今日はここまで。
さて、明日はどこで小倉トーストを食べようかな。
追伸
今回の記事タイトルは、まもなく発売となる大竹敏之さんの新著「間違いだらけの名古屋めし」から採らせていただきました。
名古屋ライターの第一人者である大竹敏之さんが、名古屋めしに関する通説をズンバラリンと斬りまくるという名古屋めしに関わる人は必読の一冊です。