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自己紹介 / ADHDと私
「時間が守れない」
「勉強に集中できない」
「自分との約束が守れない」
大学生2年生の頃から、遅刻や紛失物が目立ち、“生きづらさ”を感じていた。
大人のADHDについてWEBのセルフチェックを行うと、明らかに共感する項目が多い。
「でも精神科に行って、本当に診断を受けてしまったらどうしよう。」
「逆に診断されなかったら、この“生きづらさ”はただの私の努力不足。」
「私の症状はそこまでひどくない(はず)…。」
こんな悩みを抱きながらも、相談する相手も解決する糸口も見つけられないまま、時間だけが経った。
無事に大学を卒業するも、第一志望で憧れて入った会社では、ケアレスミスを繰り返す日々だった。
どれだけ気を付けようと頑張っても、ミスをしてしまう。
そんな仕事ができない自分を、自分自身が理解できなかった。
もっと理解ができない上司や同僚からの叱責は、さらに私を追い詰めた。
「この会社で自分らしく働いている未来が見えない」
10ヵ月経ったある日、そんな迷いが確信に変わる出来事があった。私は自らの就職活動の失敗を認め、就職活動をやり直すために退職を決意した。
その後、二度目の就職活動とそのあとのインターンシップでの経験を経て、精神が回復した。
そこで、私は、二度目の入社を前に、2019年3月末、自己分析の目的で、精神科を受診する覚悟を決めた。
1社目でボロボロだった自尊心が少し回復したことで、なんとか前向きな気持ちで、精神科の門戸をたたくことができた。
精神科の先生と臨床心理士から、問診を受けた。
母親にも、幼いころの私についての特徴を答えてもらった。
診断の結果、ADHDと診断を受けた。
その特徴の中でも、特に「脳の多動による不注意」の傾向が強いと言われた。(正確には、ASDのこだわりの傾向もある)
精神科に行く前は、どんな結果でも受け止める覚悟を持っていたはずなのに、いざその結果を受けると、ショックが大きかった。
「発達障害」という診断を受け、自分の将来が急に不安になった。
朝起きてから眠りにつくまで、ずっとそのことを考えた。
図書館でADHDに関する本を広げ、「人間関係がうまくいかない」「コミュニケーションが苦手」と書かれた内容に否定することもできなかった。絶望して、本に顔を隠して涙を流した。
そんな絶望の後、二社目の就職を迎えた。
「失敗をしないか?」「周りに迷惑をかけないか?」という緊張感は常にあったが、少しずつ、自分の特性を理解し、うまく付き合っていくことができるようになっていった。
自分の脳の特性がわかっていくと同時に、精神的な成長を感じる場面も多くなった。うまくやれない自分を責める思考の癖が、少しずつ取れていった。
診断されてから3年半が経った今は、完全に、自分のADHD特性を受け入れられるようになった。ADHD特性は「私を構成する大切な要素」だと思っている。
この脳で生まれた自分を肯定している。苦手なことがあったり、不器用なところもあるけど、それも含めて、ありのままの自分を愛せるようになった。
「自分と同じように悩んでいる人の力になりたい」
「脳の特性のせいで生きづらさを感じている人を一人でも笑顔にしたい」
会社員として働きながらも、こんな想いに突き動かされて、当事者向けイベントの開催から始まり、今はとなっては、コミュニティー運営(立ち上げから2年半)・コーチングなど、自分らしく活動を続けている。
「社会や人のために活動してて偉い!」
「なんでそこまで頑張れるの?」
ありがたいことに、こんな風に言ってもらう機会は多い。
けれど、自分としては、ただ自分がやりたいことをやっているだけで、自分のやっていることを全く「偉い」ことだとは思っていない。
むしろ、私は、これまでの人生で、たくさんの愛と恩を受けてきた。きっと、今もこれからも、たくさん受け取っていくと思う。
ただ、それを、自分のためだけに使うのではなく、社会や人に還元したい。
こんなシンプルなモチベーションのおかげで、診断を受けた3年半前から、この活動を続けている。
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