マイストーリー1~普通の主婦がパティシエになる
「いつかお菓子屋さんをやりたい」
娘がまだ小さかった頃、漠然と「お菓子屋さんやれたらいいな・・・・・・」
と思っていました。
もともとお菓子を作るのも食べるのも好きでした。
高校生のとき、ダイエットをしよう! と思い、当時は成分表示が商品に
ついていなかったので、自分で作ればカロリー計算もできる! と考えて図書館にいき、本を借りて週1回作っていました。
(今より体重が15kgくらいオーバーしていました(笑))
電子レンジと蒸し器を使ってスポンジらしきものでケーキを作って
家族に振る舞いました。そのとき弟がとても喜んでくれたのは今でも忘れません。
実際は高校卒業してシステム開発の会社に就職。旦那さんと知り合って
結婚し、娘ができて旦那さんの実家がある福島に来ました。
専業主婦の私は子育てに奮闘中。そんなある日、NHKで当時『モンサンクレール』を開業したばかりの辻口シェフのインタビューを拝見しました。その様子がとても眩しくて、
「私もいつかお菓子屋さんできたらいいな・・・・・・」
と思ったのがお店を開業する最初のきっかけでした。
娘の成長とともに、一緒にお菓子を作ったり、幼稚園の懇談会や
小学校のPTAの集まりなどお菓子を作っては差し入れに行ったりしました。
(現在もその当時のママ友がお客様として利用してくださっています)
娘が小学校3年生になったとき、旦那さんの会社の経理の人が辞めることになり、私が引き継ぐことになりました。
当時社長だった舅のサポートとして嫁として会社を支えなくてはいけない
立場でしたが、若かった私には荷が重くて鬱状態に・・・・・・。
仕事の後週1回通うお菓子教室が私の楽しみでした。
2年くらい続けましたが、どうしてもうまくいかず、経理の仕事からは
外れました。
そこからよりお菓子の勉強をすることになります。
SNSでたくさんの方と知り合いお菓子を食べてもらう
お菓子教室で一通りのコースの修了証を取得し、(ケーキ、チョコレート、パン、のちにシュガークラフト、工芸パン、和菓子も取得)講師の資格も取得しましたが、当時は毎日オリジナルケーキを作ってはSNSに投稿するだけでした。投稿しているとプロのパティシエさんがアドバイスくれたり、わざわざご自身のレシピも提供してくださったり・・・・・・。と業界の先輩の知り合いも増えていました。
自分の菓子ってどうなんだろう・・・・・・。売り物になるかな?
そう思うようになり意見をもらいたくなりました。親友に
「募集してみたら?」と意見をもらい、
「食べてもらって感想をもらえませんか?」
という「食べてみ隊」というのを発足。全部自費で意見をもらうシステムを作り、気がついたらかなりの人数になり、後に材料費、送料をいただく
「試食隊」に進化してトータル100人弱の方々とやり取りしていました。
このときのメンバーも今のお客様に繋がってる方もいらっしゃいます。
ベルギー人ショコラティエとの出会い
旦那さんはステンレス板金加工をしているため、お仕事でベルギー人ショコラティエのお店に納品にいくことがあり、私も同行させてもらいました。
そのお店にお客様として通うようになり親しくなっていきました。
そんな中、東日本大震災が起きました。仙台にあったお店は札幌に移転、
メールだけのやり取りになっていましたが、北海道に行くことがあり再会。
「繁忙期だけ手伝いにくる?」
と声をかけていただいて1シーズンだけですがクリスマス、バレンタインと
2度トータル1ヶ月くらい研修させていただきました。
そこで教えてもらったのが「フランダースチョコレートケーキ」
シェフは「お店出すとき、これ使っていいから」とレシピをいただき、
開業当初から今もある看板商品になっています。
スイーツアドバイザーの依頼そして接客経験を学びたい
その後近所の道の駅が新しくできることになり、そのカフェの立ち上げで
スイーツ開発のお手伝いをしてほしいという話が入ってきました。
開発メンバーとしてメニュー開発をし、OPENしてしばらく軌道に乗るまでの1年弱、開発、製造、サポートをしていました。
接客経験を学びたくて、地元のフルーツタルトをメインに扱うカフェへ面接に。20代のスタッフさんばかりのところでしたが、私の動機を組んでくださって雇っていただきました。
慣れない私は失敗ばかりでしたが皆さんとても優しくてとてもいい職場でした。そこでお客様との接客やいろんなノウハウを学ぶことができました。
そのカフェで働いてしばらくして転機が訪れます・・・・・・。
マイストーリー2~引越しのタイミングで開業 はこちら
https://editor.note.com/notes/n9b0b32c09c55/edit/
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?