19. 片付けの『正解』教えます?
教える、というのは、実はとても難しいことです。
にも関わらず、
絶対的に効果がでるように教えること、
=「正解」の指示を出すことは、
もっと難しい、というよりそもそも不可能だと私は思っています。
「教える」というスタンスならまだしも、
絶対的に効果がでる(はずの)指示を、
「叫んで(威嚇して)伝える」ことは、論外です。
教える立場で大切なのは、
「正解はない」
「絶対的に結果の出る方法=正解はない」
というのが、わかっていることだと思っています。
「10人いれば10通りの片付けがある」にも書きましたが、
誰にでも共通する片付け方法はない、(なかった)です。
家の中は、ある意味、密室です。
片付けで困って苦しんでいるお客様を前に、
正論、正解を振りかざして、
お客様を追い込むことは、したくないという思いもあります。
ただでさえ、溢れる情報に追い込まれて、
「ヘルプ!」を、頑張って勇気を出して、
面倒な事務手続きをへて、申し込んでくださったお客様です。
全力で味方になるのが、正解です。
その辺にある情報を正解として、追い込んだとしても片付きません。
有資格者である以上、
すべての情報を蓄えた状態で、
お客様の状況、部屋の状況、収納の状態、
時には、健康状態もよくみて、
瞬時に必要なお声がけのみさせていただきます。
「捨てましょう!」
「捨てよう!」
と強く言われて、何の躊躇いもなく捨てられたら、
苦労はしないですよね^^;
あくまで例えなので、
そんな人はいないと思いますが、
捨てたくないモノを、
叫んで?までも捨てさせようとするなんて、どうかしてます。
片付けの現場で、感じたことは、
幸せになれないのは、「捨てられない」からで、
部屋が片付かないのは「捨てられない」から、
と思っている方がとても多い、ということです。
誰かに言われた通り、
記事にあった通り、
「捨てられない」から、心の充足を得られない。
「正解」の通りできない。
「教科書通りにできない」私が悪い。
そう思っている方も、本当に多かったです。
そんな訳、ありません。
そもそも、人の身体は、
やみくもに、「誰か」の言われるがまま、「何か」で伝えられるままに、
命令の通りに、何の抵抗もなく、身体を動かせるようにはなっていません。
兵隊ではあるまいし、
奴隷でもあるまいし、
「誰か」の言われるがまま、「記事」にあったまま、
命令の通りに、何の抵抗もなく、身体を動かしてはいけません。
「誰か」の言われるがままに、動かない自分を責めてはいけません。
誰にでも、「自分で考えて自分で行動する」権利があって、
大切に守られるべき権利を、
まずは、自分で全力で守ってください。
まずは、そこからです。
よくよく話を聞かないで、
ただやみくもに「捨てさせる」ことが、
捨てられるようになることが、「正解=正しい片付け」ではありません。
どんなに有名で、有資格者だとしても、
「お客様の行動の有無を判断する」
「お客様の捨てる捨てないの判断をする」
その「心の指示出し領域」には、
決して立ち入ってはいけない領域だと、私は思っています。
それが、どんなに正解だとされている方法でも、
お客様の幸せのためだといっても、です。
結果的には、心を壊す行為だと思っています。
徐々に、自分が何者かわからなくなる、
という表現でピンと来る方がいらっしゃるかもしれません。
おおげさでしょうか^^;
書くのがつらいですが、
何十年前に読んだ記事にもかかわらず、忘れられない話があります。
何でもできて、聞き分けが良くて、成績も優秀で、愛想も良く、
言われたことは何でもそつなくこなす人気者、
絵に描いたような「いい子」がいて、
学校でも習い事でも、
いつも、どこに行っても先生や親から褒められるため、
お母さんは鼻が高かったそうです。
ところが、小学校高学年になった頃のある日、
電池が切れたロボットのように、ぽつりと
「お母さん、私は次は何をしたらいい?」
といって学校に行ったまま、帰らぬ人となったのです。
「お母さんのいうことをよく聞いて」
「あれして、これして、みんなと仲良く、宿題して、習い事に行って…」
子どもの幸せが、
「何でもできて、聞き分けが良くて、成績も優秀で、愛想も良く、言われたことは何でもそつなくこなす人気者」
であることと、信じて疑わなかったのか、
子どもの幸せが、「みんなに愛される人」と思っていたのか、
そもそも「みんなに愛される」とは、
具体的に、みんなとは誰か、愛されるとはどういう状態か、
子どもは理解していたのか…
それとも、「子ども」ではなく、
「自分」の幸せだったのか…
読んだ記事からは、真相はわからないままですが、
子どもをなくしたお母さんの衝撃と絶望、
カウンセリングを受けても受けても決して癒されない苦しみは、
読んでいる方も衝撃的で、
読み進めるのが辛く、胸が締め付けられる思いでした。
この先も、忘れられないと思います。
そうですね…
プロだからって、いつでも家が片付いている訳がありません。
プロだからといって、
絶対的な「正解」をずばり指示できる訳がありません。
「決めるのはお客様」
「最終的に決断するのはお客様」
ここだけは、絶対に守ります。
なぜって、
お客様の家であり、
お客様のモノであり、
決める権利があるのは、お客様にしかないからです。
サポートするのは難しい時もあります。
ですが、そのための「資格」「勉強」「知識」です。
「正解」を振りかざすためではありません。
もし、アドバイスすることや、
立場を利用して、そっと助言することがあるとすれば、
それは、
「お客様が自分で出した答えに自信がないとき」
に、「自信を持って大丈夫」ということを、伝える時だけです。
具体的には、
お客様の目を見て(厳密には眉毛と眉毛の間)、
お客様の外見を通過して、過去や過去の心の状態、
揺らいでいる自信にフォーカスしながら、
「自信を持って大丈夫」と伝えます。
どんなに揺らいでいても、
どんなに自信がなくても、
どんなに小さくて消えてしまいそうな声でも、大丈夫です。
聞き逃すことはありません。
お客様が出した答え、そのものが「正解」です。
そこに全力で味方になるのが、本当のプロです。