忘れかけてた宝もの
ある朝、ウサギは世界を見てみたくなりカメのもとを後にした。空港へ急ぐ道の途中で、彼女は自分が押すスーツケースの車輪の音に耳を澄ました。その音は旅立ちを祝福するファンファーレのはずだったのに、カメの不在を思い出させるように、どこか重く響き始めたのに気づいた。
思えばカメはいつもそばにいた。彼の存在は彼女の生活の一部のように自然で、彼女の安全のために車道側を歩く彼の姿がふと心に浮かぶ。トラブルがあるといつもカメはウサギを守るためにその背にかばった。ウサギはそんなカメのことを思い出すと、急いでいた足が止まってしまった。彼女は自分は自由だと思っていた。けれどその自由の中にぽっかりと空いた孤独があった。
「カメくんがいないと、私の心は凍えてしまうのね」とウサギは小さくつぶやく。そしてゆっくりとスーツケースの向きを変えた。
そして、心の中でカメが待っている公園のベンチを思い浮かべた。彼女が戻るべき静かで安心できる世界がそこにあった。