国芳の粋な団扇たち
しとしとと雨の降る中、ウサギとカメは太田記念美術館を訪れていた。狭いロビーを通り抜け、右手の展示コーナーに入ると、そこは別世界のような団扇の空間だった。
ウサギはじっと展示に見入っていたが、ふと笑顔を浮かべると、「国芳の絵って本当に面白いわね。見て、この猫ちゃんたち!影絵になっているの」と、そっと指差した。
「奈良や平安時代に貴族のものだった団扇は、江戸時代になって庶民の間でも使われるようになったんだ。だから絵師たちは、人を喜ばせるような絵を工夫して描いたんだね」と、カメは静かに口にした。
団扇を眺めていたウサギが振り向いた。
「普段はあまり団扇を使わないけど、ライブには必ず持っていくわ。推しにアピールするために必要なグッズだからね」
「江戸時代も同じだったんだ。ご贔屓の歌舞伎役者を応援するために、みんな団扇を振っていたんだよ」と、カメが静かに答えた。
「それにしても猫ちゃんの絵が多いよね?」と、ウサギが問いかけると、「国芳は、特に猫が好きだったらしいよ。懐に猫を抱えながら浮世絵を描いていたっていう話もあるくらいだから」と、カメは語った。
「それにね、天保の改革の時に役者や遊女を描くのが禁止されると、国芳は猫やスズメなどに擬人化して描いたんだ。それなら誰からも文句は言われないだろうと考えたんだろうね」と、カメは微笑みながら続けた。
「そんな時代にこれを描くなんて、国芳って凄いわね」と、ウサギは目を見張った。
幕府の厳しい統制をものともせず、庶民を楽しませるためにユーモアと粋を込めて描き続けた国芳。その姿は優しく心にしみていく。時代を超えてもその鮮やかな創造力と情熱は、二人の胸の中に確かな敬意として芽生えていた。