アートな夜に口づけを
夕暮れの六本木の片隅で、ウサギとカメは街の喧騒に身を任せていた。ふと視線を上げると、見たこともない生き物が、ウサギの澄んだ瞳に飛び込んできた。
「あれは何?」ウサギは思わず声を上げた。道行く人は、その不思議な存在に足を止め、まるでそこだけ時間がゆっくりと流れているかのようだった。
「今夜は六本木アートナイトなんだ。だから、街中にアートが散らばっているんだよ」カメはいつもと変わらぬ声で答えた。
「これ、何なの? ハートにも見えるし…お花にも見える。鮮やかな色から目が離せないわ」ウサギは目を輝かせながら、そのオブジェに近づいた。
「この花は蛍光塗料が塗られたアルミでできてるんだね。昼間は太陽の光を浴びて輝くらしいよ」カメは彼女の背中に声をかけた。
「この泡を見てると、下北沢で見た『至福のアーチ』を思い出すわね。あのアーチも、光の具合でどんどん色が変わる不思議なものだったわ」
「これも、アトリエ シスっていう同じアーティストの作品だね。この泡は、儚さや無常を表現してるらしい。昼と夜で違う表情を見せる作品みたいだよ」
「これ、レーザーなの? なんだか遠くの知らない世界で、何か不思議なものに出会ったような気分だわ」ウサギは光の輪に見入ったまま、ぽつりと言葉を漏らした。
「レーザーの光を大きな円に当てて、その反射を拡散させてるんだね。光と円が、完全と不完全が交互に巡る時間の流れを表してるらしいんだけど…自分で言ってて、なんだかよくわからない」カメは照れながら笑った。
「こうして眺めていると、アートには不思議と心を動かす力があると感じるわ。このあたり、美術館も多いし、やっぱり六本木の魅力はアートよね」
オブジェの周りに、人々が引き寄せられるように集まってくる。六本木の夜は、そのアートの光に包まれ、深夜まで静かに揺らめいていた。
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