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小さな富士にそっと願いを

その日、ウサギは図書館の分類番号786.1の書架の前で、日本一の山の写真に心を奪われていた。「富士山なら、きっと私の願いも叶えてくれるはず…」

「でも、行くとなると遠いのよね。もっと手軽な方法があればいいのに…」ウサギがポツリとつぶやいていると、ちょうどカメが通りかかった。

「富士山なら、わりと近くにもあるんだよ。」カメは、まるで秘密を打ち明けるように、そっとウサギに囁いた。

「近くにもあるって、本当なの?」
ウサギが首をかしげると、カメは静かに彼女の手を取った。駅へ向かう二人の足音が、小さな冒険の始まりを祝福するように、リズミカルに響いていた。

「ここだね」とカメが品川神社を指さすと、隣でウサギが視線を上げた。「ここだよって…ここ、神社だよね?」ウサギの頭には、大きな疑問符が浮かんでいた。

「ここから富士山に行けるんだよ。」
カメはウサギの手をしっかりと引き、ためらうことなく一歩を踏み出した。

「本当だわ。登山道がある!思ったより登りやすそう。これなら私でも大丈夫かも。一歩進めば1合目があって、その先には2合目も3合目も、すぐそこに見えるわ」ウサギ小さく声を上げた。

「七合目からは急斜面だよ。鎖があるから、ちゃんと掴まってね」とカメが優しく声をかける。ゴツゴツとしたマグマが固まった山肌に沿う急な道は、人がすれ違うことも難しいほど細かった。

「どんなに険しい道だって、私、負けないんだから」ウサギの声には、不思議と強い意志がこもっていた。

頂上に辿り着くと、品川の街並みを見下ろしながら、カメが静かに話し始めた。
「江戸時代は、今ほど簡単に富士山まで行くことは出来なかったんだ」

高さ15メートルは都内最大

「だから、そんな人々のために、江戸市中に多くの富士塚が作られた。ここ品川富士も、そのうちの一つだね」

「私、富士山にお願いしたかったの。大切な人と、これからも笑顔でいられますようにって。誰のことかは…ヒミツ。でも、いつかきっと分かる日が来るわ」ウサギの笑顔は、夕日の中でキラキラと輝いていた。

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