碧い海を未来へ
その日、ウサギは図書館の片隅で静かにページをめくっていた。視線の先には、天使が落とした涙のような海が、限りなく透き通り、果てしなく遠くへと続いていた。
「もう一度、この海を見たいわ…」
ウサギの言葉は小さな波の音となり、静かな空気をそっと揺らした。
「その海がいつまで見られるかな…」
カメの静かな声が、微かなざわめきとなって空気に溶けた。ウサギは隣の席に、不思議そうな眼差しを向けた。
科学館の扉をくぐると、ウサギの瞳は青く輝く球体に吸い寄せられた。「地球って、こんなにも水に包まれた星なのね。ほかの星たちからはこんな風に見えるんだわ」
「その青い恵みの海が、大きな危機の中にあるんだよ」カメの声が静かに響いた。
「ねえ、これは何?」
ウサギの指の先には、不気味さと切なさが同居するような人形があった。
「これは、海に捨てられたゴミから生まれた人形なんだ。信じられる?」
「こんな人形が海を漂っていたら、きっと逃げ出したくなるわね」
「冬の沖縄には北から季節風が吹きつける。その風が、東南アジアや中国からのゴミを宮古諸島や八重山諸島へ運んでくるんだよ」
カメは穏やかな声で語り始めた。
「その一方で、日本から流れ出たゴミは太平洋を彷徨い、ハワイやアメリカ西海岸に辿り着くんだ」
「綺麗な海を見ているときは、ゴミのことなんて全然考えなかったわ。でも、これはどうにかしなくちゃね…」 ウサギは、軽く息をつきながらカメの方を振り返った。
「私、決めたわ。沖縄とハワイ、それから西海岸に行ってゴミを拾うの。それが、今の私にできることだから」 彼女の声には、不思議な力が宿っていた。
「だから、私を海へ連れてって。遊びに行くんじゃないのよ? 青い海が輝きを失う前に救いに行くの!」
「そうと決まれば、何を着ていこうかしら?ゴミ拾いだって、可愛い服がいいに決まっているわ…」
カメが言葉を失っている間にも、ウサギの心の中ではバラ色の空想がふわふわと広がり、その顔には、どんなゴミ消し去ってしまいそうな、無邪気な笑みが浮かんでいた。