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大きな月へ小さな祈り

その日、ウサギは渋谷スカイのカフェで、オーロラドッグを小さな口いっぱいに頬張っていた。「お腹が空いてたら、お月見なんて出来ないわ」もぐもぐしながら言う声は、少し聞き取りづらかったけれど、カメは静かにうなずいた。

「お友だちが教えてくれたの。今日のお月様はすごく力をくれるんだって。だから、どうしても近くで見たかったの」

お腹を満たしたウサギは、軽やかにルーフトップへ辿り着いた。「とは言ったものの…雲が厚くて全然見えないわね」彼女は空を見上げて、大きくため息をついた。

「東京タワーの上あたりに月がいるはずなんですけど…」 スタッフの声は、どんより落ち込んだウサギの耳には届かなかった。

「きっと、全ては日頃の行いのおかげだよ。ほら、見えてきたよ」 カメの言葉に、ウサギははっとして顔を上げた。あんなに厚かった雲の合間から、その光がまるで照れたみたいに、そっと顔を出してきた。

「信じてたの、絶対にお月様に会えるって」 ウサギはふわっと笑いながら、熱い眼差しで月を見あげた。「雲の合間から見る光も、なんだか風情があって素敵ね」

「あの雲は彩雲って言ってね、とても珍しいんだ。昔から縁起がいい吉兆とされていて、幸せを呼ぶ雲なんだよ」 カメは静かにウサギに語りかけた。

「じゃあ!私も幸せになれるのね」
ウサギは胸の前でそっと指を絡め、夜空に浮かぶその光を、潤んだ瞳でじっと見つめた。

ウサギは、幸せな気持ちを抱えながら、一人で家路についた。マンションの前でふと立ち止まり、もう一度その光を見上げた。雲はすっかり消えて、月は夜空にひとりぽつんと輝いていた。

「こうして見ると、雲が消えて一人ぼっちになったお月様、なんだか寂しそう」 気がつけば、さっきまでカメと一緒にいた余韻が、胸に儚く切ない気持ちを残していた。

「カメくん、今日もありがとう」
ウサギはそっと月に背を向けた。スーパームーンにも、彼にも、また会えますようにと、そっと祈りを捧げながら。

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