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こんなに夏の匂いがするのに


こんなに夏の匂いがするのに、君に会うことはできない。
こんなに夏の音がするのに、君と並んで目を閉じることはできない。
「どこまで行くんですか?」って、あの雲に尋ねても返事はない。
動機を騒がしい8月のせいにしながら、そのバスに飛び乗りたい。

海へ続く通りの終わりにある、白い倉庫みたいなカフェの2階席から、陽炎を見つめている。
外気の熱が嘘のように、店内は涼しく、くるくる回る椅子は柔らかく、至って快適としかいいようのない場所にわたしはいる。
ドアの外を潮の香りが漂うくらい海のすぐ側に建つ店だけれど、ここから海は見えない。
そのかわり、目線を少し下へ移すと、海を目指す人々が見える。
あまりの暑さに顔をしかめっぱなしで歩む人がいる。あんなに嫌そうな顔で、楽しむための場所を目指しているとしたら面白い。
その横を、サーフボードを抱えた男の子たちがはしゃぎながら追いこしていく。その様子が、いかにも正しい夏の使い方に見えて焦る。
何度も汗を拭いながら、もう片方の手を幼い子と繋いで、引っ張られるようにして進む人もいる。あの人が立ち止まるとき、その場所はあの人の目的地だろうか。
海に向かう道だからって、みんなが海を見たいわけじゃない。
手を繋いでいる男女がいる。うつむき気味に歩くふたりは、恋人同士だろうか。楽しそうに見えるから、互いに満たされているのかもしれない。
恋をすると人は楽しいのだろうか。
恋そのものは、どうだろうか。恋になってしまうことで、楽しくなりそうだった心が苦しさに飲まれることもあるだろうか。

うつむいたふたりの手と手が、離れて行ってしまわないで欲しい。
もし君たちが、どうしようもない苦しさまで歩いて行くつもりでいるなら、同じだねって言ってわらいたい。
わたしもだよって言って泣きたい。












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